厚生年金基金に資産運用の失敗や損失などない

厚生年金基金に資産運用の失敗や損失などない

森本紀行
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表題は、少し極端かな。より丁寧に表現すれば、個々の基金の個々の投資対象には、一定期間を測定したときに、失敗や損失があるかもしれないが、厚生年金基金全体として、また長期の傾向として、実績を測定するならば、構造的に損失が累積するような資産運用状況には断じてなってはいない、ということですね。
 
 厚生年金基金が資産運用の失敗によって厳しい財政状況に陥っている、というような報道をみると、新聞ならば引き裂いてごみ箱に放り込みたくなるし、テレビならば画面に皿を投げつけたくなる、そういう衝動に駆られるほど、強い怒りを感じます。
 また、厚生年金基金の仕組みも知らないものが、基金は、5.5%という非現実的な収益率を追及することから、知識も経験もないのに危険なものに投資して、結果的に損失を被るのだ、などという出鱈目を偉そうに識者ぶって物知り顔に喋っているのをみると、怒り心頭に発して、思い切り・・・
 
暴力はやめましょうね。無知なものの馬鹿話には、軽蔑か、むしろ憐れみをもって、対処するほうがよろしいかと。
 
 だから、思い切り、軽蔑して無視してやりたいのだけれども、黙っていると非常識な暴論が正論として罷り通りかねないので、ここは、本当の正論をぶち上げてやろうかと思いまして。
 
さて、どこからいきますか。有名な5.5%からいきますか。
 
 制度を説明しようと思うと、何しろ複雑で面倒なものですから、ここは思い切って単純化して、基本構造に絞ってお話いたします。
 基金は、将来の年金給付の支払いに備えて計画的に掛金を徴収し、それを積立金として留保しています。それが年金資産です。年金資産は、当然ですが、将来の年金給付という債務に対応しているわけです。残高についていうと、資産額と債務額は一致していなければならず、また、長期的な資金の出入りの均衡についていうと、掛金収入と運用収益の合計額が給付額に一致しなければなりません。
 厚生年金基金は、二つの部分からできています。国の厚生年金を代行する部分と、基金独自の上乗せ給付(プラスアルファといいます)部分です。総合型の厚生年金基金の場合、上乗せ給付の薄いものが多いので、厚生年金の代行が大部分を占めています。厚生年金の代行部分の債務額を最低責任準備金といい、プラスアルファ部分の債務額を数理債務といいます。その合計が基金の債務総額になるのですが、それを責任準備金といいます。
 最低責任準備金の運用については、厚生年金本体の積立金の運用成果と同等になることが予定されています。厚生年金本体の資産運用は、「年金積立金管理運用独立行政法人」(長い名前なので、英語名称のGovernment Pension Investment Fundの略称のGPIFと呼ばれることが多い)を通じて行われています。要は、最低責任準備金については、GPIFと同じような運用成果を達成すればいいのです。5.5%などは、関係ありません。
 一方、数理債務については、多くの基金で、5.5%という利率を用いて掛金率(率というのは、掛金額が加入員の給与の一定率として算定されるからです)を算出しています。この5.5%は、予定利率と呼ばれるものです。
 予定利率の意味については、多くの誤解があるようです。予定利率を保証利率であるかのように思っている人が多いようですが、それは誤りです。予定利率は、掛金率計算のための単なる仮定です。実際の運用利率が5.5%を下回れば、積立金が不足してくるだけです。不足が発生したときは、掛金率の引き上げで事後的に埋めればよい、という前提になっています。ただ、それだけのことです。
 また、全ての厚生年金基金がプラスアルファ部分に5.5%という予定利率を用いているわけではありません。保守的な考え方で、より低い利率を用いている基金も少なくありません。要は、予定利率を引き下げれば掛金率が上がりますが、それは事前に掛金を徴収しておくということであり、5.5%のような高めの利率を用いれば、不足が発生する可能性が高く、事後的に掛金率を引き上げることになる、というように、予定利率を高くするか低くするかは、積立の計画を遅くするか早くするかを決めるだけのことです。もちろん、事前に掛金をとっておくことのほうが保守的ですから、保守的な基金は低い利率を使うのです。
 さて、以上のことからすると、例えば、基金の責任準備金の内訳を、八割が最低責任準備金、二割が数理債務としますと、八割がGPIFに連動するのだから、基金全体の資産の運用収益率がGPIFの実績を1%程度上回れば、仮に数理債務部分の仮定が5.5%でも、問題はないわけです。これが、厚生年金基金の資産運用の仕組みです。
 
GPIFの運用実績は、どのようになっているのでしょうか。
 
 GPIFのウェブサイトにいけば、運用内容も運用実績も、わかります。さすがに、政府の組織が厚生年金という国民の年金の資産を運用管理しているのだから、情報の開示は、それなりによくなされています。なにしろ、GPIF自身が、「国民の皆様から信頼される組織」を目指して、「事業運営に際しては、情報開示を積極的に行うことを運営理念の柱の一つと位置付け」ているのですから。
 さて、そこには、運用計画の前提として、ずばり「名目運用利回り3.2%」という数字があります。そして、この数字が「確保されるよう」な資産の構成が作られています。具体的には、国内債券67%、国内株式11%、外国債券8%、外国株式9%、短期資産5%となっています。この構成を維持すると、長期的には、3.2%の投資収益率が実現するそうです。この数字なり、この資産構成なりを、どう評価するかは、国民の皆さんが、一人一人、ご自分で考えてください。
 運用実績ですけれども、2003年4月1日から2011年3月31日までの8年間の平均の運用収益率は、2.43%(管理手数料等控除前)だそうです。悪くないか。3.2%の見込みも、そんなに出鱈目ではないか。いや、まぐれか、たまたまか。
 いずれにしても、理論的に厚生年金基金に求められている収益率というのは、プラスアルファ部分に5.5%の予定利率を用いていて、代行部分が八割程度を占めるという前提のもとでは、せいぜいのところ、このGPIFの実績を1%くらい上回っていれば、それで、不足もでずに、うまくいっていたはずだ、ということです。
 つまり、理屈上、基金の資産運用は、GPIFの国内債券67%、国内株式11%、外国債券8%、外国株式9%、短期資産5%という資産構成を基準に、そこに工夫を凝らして、1%くらいGPIFに打ち勝てばいいのです。これって、難しいことですか。この際、傲慢を承知で暴論を放ちますが、お役所仕事のGPIFの資産運用に対して、民間の専門家である投資顧問会社が、勝てないなどといったら、そりゃ、商売になりませんよ。
 
厚生年金基金は、そんな不遜なことを言い放つような民間の投資顧問会社じゃないですよね。
 
 はい。しかしながら、社会保険出身の天下りの素人が適当に資産運用をしているなどという不当極まりない侮辱に曝されている厚生年金基金といえども、基本的な資産管理の枠組みにおいては、GPIFと変わらないのだから、理屈上、GPIFの実績と大きく乖離することなど、あり得ないのです。それは、そうでしょう。
 まず、事実として、厚生年金基金の資産管理の基本的な枠組みが、GPIFのものと、ほぼ同じであること、故に、事実として、運用実績も、厚生年金基金とGPIFとの間に連動性のあることは、認めてもらわないと困ります。ですから、表題にある通り、厚生年金基金に資産運用の失敗や損失などない、ということなのです。
 要は、厚生年金基金の場合、GPIFよりも少し高めの収益率目標をもたざるを得ないのだから、GPIFよりは、少し積極的な運用政策になる。それとても、GPIFは、債券が三分の二という、かなり保守的な政策で運用しているのだから、それとの対比での積極性にすぎず、巷いわれるような、危険なものに手をだす、というような愚かしいことは、原理的には、あり得ないのです。

しかし、にもかかわらず、厚生年金基金の相当数が、代行割れというのですか、資産額が最低責任準備金すら下回っている状況にあるというのは、どういうことでしょうか。
 
 その問題の前に、非常に気になっていることを指摘しておきましょう。政府は、そもそも、厚生年金基金のことを真剣に考えているのか、そうではなくて、自らの責任を回避しようとしているだけではないのか。
 代行割れしている基金が解散したら、どうなるのか。そのときは、政府の立場としては、何が何でも最低責任準備金だけは回収しないと、厚生年金本体の原資が不足してしまう。政府の立場から一番安全なのは、資産額が最低責任準備金と同じ程度になったら、基金側が、掛金負担を増やすなどして、有効な回復措置を講じない限り、解散を命令することです。そうすれば、政府としての原資の回収不能という事態は起き得なくなる。しかし、そのような強権発動は、基金制度の本来の趣旨に反した、政府の自己利益確保の行為になってしまう。かといって、代行割れの基金を放置しておくことは、将来的に、最低責任準備金の回収不能を多発させかねず、厚生年金の保険料負担の公平性を損なってしまう。
 代行割れの基金を放置というのは、建前としては、あり得ず、政府は、基金側に積立水準回復計画を作らせて、その履行を監督しているのですけれども、事実としては、十分に改善が進捗していないという現実がある。ですから、改善できていない基金には、解散命令を出すべきか、税金の投入で最低責任準備金の欠損を埋めるべきか、いや、それでは、負担の不公平になるとか、そういう答えのない議論が延々続いてきて、今日、もう先送りができないような状況に立ち至った、ということです。
 つまり、厚生年金基金を巡る議論の中心には、常に、最低責任準備金の欠損についての行政責任の問題、要は、政府の利害があるのです。でも、それは、おかしくないでしょうか。厚生年金基金の問題は、事実上、総合型厚生年金基金の問題です。膨大な数の中小企業、零細企業の従業員のための福利制度の問題なのです。政策的には、中小企業対策の問題として、雇用対策の問題として、企業と従業員の視点で、総合的検討がなされるべきです。それなのに、政府は、自分の利益のことしか考えていないかのようです。そこが、どうしても納得できない。おかしい。理不尽です。
 
そうかもしれませんが、そもそも、代行割れという不健全な状況になっていること自体が、究極の原因ですよね。なぜ、そのようなことになったのでしょうか。やはり、運用の失敗ではないのですか。
 
 運用の失敗では、断じてない。これは、以上述べたとおり。そうではなくて、多数の複合要因が作用した結果です。なかでも一番大きな要因は、積立不足が積立不足を一段と悪化させていくという負の連鎖、一旦、転落すると、這い上がれなくなる蟻地獄だと思われます。
 本来あるべき資産額を100としましょう。そして、資産が、何らかの理由で、80に減少してしまったとしましょうか。100の2%は2ですが、80の2%は1.6です。0.4だけ、不足が拡大するでしょう。単純化して、基金の責任準備金が全て最低責任準備金だとし、資産額が責任準備金に一致していれば、基金がGPIFと同じ収益率を実現(至極簡単なことで、GPIFと同じ運用内容にすればいい)すれば、どこまでいっても、過不足は発生し得ない。しかし、出発点において資産額が不足していたら、その不足は、GPIFと同じ収益をあげていても、時間の経過とともに累積的に拡大していきます。
 100の2%は2、80の2%は1.6、ということを逆に考えると、80でも2の収益をあげるためには、2.5%の収益率が必要だ、という解もあり得ます。これだと、不足は、改善しませんが拡大もしません。では、さらに積極的に志向して、不足の解消を数年かけて目指すとなったら、例えば、5%の目標というふうになっていきます。
 これが、問題の深層です。積立不足が積立不足の原因であること、その不足を資産運用で解消しようとすれば、厚生年金基金制度が全く想定していないような高い収益率の期待値をもたざるを得ないということ、これが、根源の問題です。
 
難しい問題ですね。どうしたら解決できるでしょうか。
 
 その前に、積立不足の背景を、もう少し検討する必要があります。しかし、時間切れですね、今回は。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。