浅はかな厚生年金基金廃止論を撃つ

浅はかな厚生年金基金廃止論を撃つ

森本紀行
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厚生年金基金は廃止すべきだ、などという軽率な議論が横行しています。この手の論者は、多くの場合、厚生年金基金の制度の仕組みすら理解しておらず、ましてや歴史的な背景も知らずに、勝手なことをいっているのです。ゆえに、徹底的に撃破する、そういう攻撃的な趣旨ですね、今回は。
 
 もはや言論の力だけでは厚生年金基金を守れないかもしれない、そのような危機感すら覚えます。思いつき程度の浅はかな評論など、とるに足らないのです。しかし、同じ浅はかな評論でも、政権与党の政治家(政治屋のほうがいいか)がいうとなると、話が違う。もちろん言論で戦うのですが、場合によっては、何らかの行動に打って出ることも必要かもしれない。ゆえに、厚生年金基金廃止論を撃つ、です。撃つには、反論以上の強い意味を籠めています。
 
厚生年金基金を守る戦いも、ここまで追い込められてくると、相当に高度な戦略をもってしないと、苦戦が予想されますね。さて、どのように戦うのか、反撃の秘策はあるのでしょうか。

 厚生年金基金をめぐる議論の最大の問題点は、複雑な制度の構造、制度がよって立つ歴史的基盤、環境変化に伴う度重なる制度変更などについて、極めて少数の専門家、しかも歴史的変遷を生き抜いてきた経験をもつ一段と少数の専門家しか、その全体を理解できていない、ということだと思います。ゆえに、基本的知識を欠いた浅薄極まりない議論(というよりも無責任な放言)が横行するのです。
 そこで、まずは、基本的な理解を普及させることから始めるしかないのです。そういう意味で、この戦いに秘策などない。ただし、何ごとも前向きに考えるしかない。というよりも、前向きに考えればいいのです。厚生年金基金のことなど、多くの人の関心を引いてこなかった。誰も関心のないことを勉強したりはしない。今は、良くも悪くも世間の注目を集めているのですから、この機をとらえて、少しでも厚生年金基金への世の中の理解を深めることができれば、それなりの効果があるのでしょう。
 もちろん、それだけでは済まされない。制度の基本的理解のうえに、厚生年金基金の社会的意義についての産業界の支持、もっといえば国民の支持を確立しなければならない。そのためには、今のままの厚生年金基金でいいわけがない。やはり、将来的な存立の基盤を確かなものにするために、改革すべきは改革しなければならない。しかし、どこを改革すべきかについても、その問題点の発生の経路に遡って検討しなければ、正しい解決方法を見いだせない。
 ということで、とにかく最初は、厚生年金基金の仕組みと歴史について、世の人の理解を深めていただく努力から始めましょう。
 
厚生年金基金についての少し長い連載になりそうですね。では、最初に、何から始めますか。
 
 どう説き起こすかは、結構、難しいですね。私は、企業年金という枠組みから、始めたいような気がしています。つまり、かつては厚生年金基金こそが企業年金制度の代表的な受け皿であったという歴史的事実から始める、ということです。ここでは、企業年金の社会的意義、産業金融と雇用の両面における社会的意義を深く論じたい。
 その先の見通しもつけておきましょう。次に論じなければならないことは、いわゆる代行返上が認められた後、多くの企業において厚生年金基金が廃されて、事実上、総合型の厚生年金基金だけが取り残されたという現実です。ここでは、なぜ代行返上が行われたのか、総合型厚生年金基金に固有の問題とは何か、ということです。
 そして、最後に、主として総合型厚生年金基金の将来について、その発足時から変わり得ない社会的意義を再確認し、一方で、環境変化に伴う不整合も明らかにすることで、存立の基盤を再確立する方策の提言に踏み込みたいと考えています。
 
おいおい議論を深めながら、詳細な論点に及んでいくのだとは思いますが、そうはいっても、厚生年金基金とは何か、その最低限の確認はしておいたほうがいいですね。
 
 何しろ、複雑な制度ですから、細かいことに触れていたら、きりがない。そこで、絶対に外せない本質的な事柄だけを押さえておきましょう。
 厚生年金基金は、厚生年金という名前を含んでいるように、国の厚生年金と融合した企業年金制度です。厚生年金基金に加入する企業は、国に納付すべき厚生年金の保険料を、基金のほうへ掛金として納めます。そのかわり、基金は、国が行うべき厚生年金の給付を、国に代行して行います。
 これだけでは何の意味もない。厚生年金基金の役割は、国の給付に上乗せした付加給付を行うことに意味があります。付加給付には二種類あって、一つは厚生年金の代行給付に厚みを付けるもの、もう一つは、代行給付の外枠で基金独自の加算給付を行うものです。これらの付加給付は「プラスアルファ」と呼ばれます。いうまでもないですが、付加給付に対応して、付加掛金が徴収されています。
 厚生年金基金でも、厚生年金の代行給付を廃止することは可能です。つまり、国の厚生年金の給付に必要な原資を国へ返し、その後の掛金を、本来の厚生年金の保険料として、国へ納付することにすればいいのです。このことを代行返上といいます。事実、ほぼ全ての大手企業は、代行返上をしています。
 代行返上をすると、残るのは、付加給付部分、即ち企業独自の企業年金部分だけです。これが確定給付企業年金です。このような企業年金基金には、厚生年金基金から代行返上により移行してきたものと、最初から企業独自の年金制度として運営されてきたものがありますが、現在では、同一の制度に統合されています。
 厚生年金基金には、単独の企業だけで設立したもの(単独型)、特定企業を中核にして子会社等をも含む形で設立されたもの(連合型)、多数の独立した企業により設立されたもの(総合型)があります。現在では、単独型と連合型は、ほとんどが代行返上により企業年金基金に移行していますので、厚生年金基金といえば、事実上、総合型のことです。
 総合型と単独連合型には、一般的にいって、給付水準に大きな差がありました。単独連合型は、企業の退職一時金制度を取り込んだものが多く、給付水準の厚いものが多かったのです。ですから、代行返上によっても、資産の減少こそあれ、存立に大きな障害はなかったのです。一方、総合型は、多くの場合、単独では企業年金制度を作れない中小企業によって設立されているので、退職一時金の移行ということもなく、厚生年金に薄い給付を上乗せる程度のものが多くなっています。ゆえに、代行返上をしてしまうと、資産のほとんどが失われ、存立の基盤がなくなるという事情にあります。ですから、総合型の厚生年金基金だけが残るようなことになったのです。
 なお、総合型の場合、全く無関係の企業群で作ることはできず、業種、地域、産業構造上の連関などの一体性が必要です。より具体的には、設立母体となる団体が必要なのです。多くの場合、業界団体(全国団体か都道府県などの地域ごとの団体)や、同じ業界の中で先行して作られた健康保険組合などが、母体になっています。
 
では、厚生年金基金を守るとは、総合型厚生年金基金を守る、ということですか。これからの議論は総合型に限定していくということでしょうか。
 
 そうです。しかしながら、企業年金基金すら、一部の企業では廃止を検討し、事実、過去においても、それなりの数の企業で廃止されているくらいですから、総合型厚生年金基金を守る、に一区切りをつけたら、今度は、確定給付企業年金を守る、という論陣を張らなければなるまいと思っています。もっとも、確定給付企業年金は各企業の経営判断の問題ですが、総合型厚生年金基金は制度論の問題ですから、次元も違うのですけれども。
 
総合型厚生年金基金の設立母体が業界団体であるということは、基金のよって立つ基盤が、どちらかといえば、業界内の個社の利益にあるというよりも、業界団体としての加盟各社に共通する利益にある、ということを意味しているのですね。
 
 全くその通りです。業界共通の利益を基礎に置いているということは、良くも悪くも、総合型厚生年金基金を理解するうえで、絶対に欠かすことのできない最重要の論点です。また、なぜ歴史的認識が不可欠かということも、制度発足来、半世紀近い時間の流れが産業構造を大きく変えてしまって、業界団体の果たす役割も変えてしまったという点が重要だからなのです。
 
産業構造の変化により業界自体が縮小してしまうという、いわば存立基盤の喪失、あるいは、業界内の利益調整から業界内での各社の自由競争へ、というような社会的条件の変化が、総合型厚生年金基金を直撃してきた、ということですね。
 
 そのような社会変動が与えた影響については、もう少し後で詳しく論じましょう。それよりも前に、もっと大切なことを押さえなくてはならない。つまり、いかなる変化があろうとも、変化し得ない業界共通の利益がある限り、厚生年金基金の存立の基盤は揺るがないはずだ、ということです。
 これは、冷静に考えれば、当たり前のことではないでしょうか。どのような業界にも、その業界が社会に対して提供している機能があって、その機能を果たす社会的責任の拘束のなかで、業界内の各企業の競争があるのです。各社は、もちろん、自社の利益のために活動しているのですが、その結果として業界全体の社会的信用を傷つけるようなことは、厳に慎まねばならないのです。また、業界全体の社会的信用の維持と増大、品質の改善には、業界内の各社が、業界の利益というよりも、社会の利益のために、貢献していかなければならないのです。このことは、経済社会環境とは関係なく、永遠に真実であるはずです。
 業界の信用といい、業界内の各社の信用といい、その基底をなすのは、人材です。その人材の確保こそが、多くの中小企業の重要な経営課題であるのです。総合型厚生年金基金は、多くの場合、多数の中小企業で構成する業界に設立されています。あるいは大企業が入っている業界でも、その少数の大企業を除いた(大企業は単独連合型で独自に設立したからでもありますが)中小企業で作られることが多い。
 このことは偶然ではなく、厚生年金基金制度の本質的な社会的機能からする必然であったわけです。人材の採用と確保について、少しでも魅力ある処遇制度を作ろうとして、中小企業が個社単位ではできない年金制度が工夫されたのです。それが、総合型厚生年金基金です。制度発足時における理念は、どうみても正しいものです。現時点でも、理念としては、正しいでしょう。
 理念として正しいものは、やはり、継続すべきです。あるいは、継続可能な条件を工夫すべきです。多少の環境変化があろうとも、そのことを理由に厚生年金基金廃止という結論を導くのは、本末転倒の暴論です。
 
論者は、多少の環境変化ではなく、本質的に存立条件を動かすほどの環境変化があった、というかもしれませんね。
 
 そうでしょうね。しかし、それでも私はいいます。理念の正しさを放棄するようなことは、改革といわず、破壊というのだと。いずれにしても、制度発足時からの環境変化が総合型厚生年金基金に与えた深刻な影響については、次回以降にいたします。

以上


 次回更新は5月24日(木)になります。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。