特定の厚生年金基金の逸脱行動を一般化するな

特定の厚生年金基金の逸脱行動を一般化するな

森本紀行
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長野県建設業厚生年金基金というところで発生した異常な犯罪的行為を、厚生年金基金の一般的な問題であるかのように報道するのは、さて、いかがなものか。そこまでして、民主党の厚生年金基金廃止論のお先棒を担ぎたいのでしょうか。
 
 さあ、どういうつもりでしょうか。困ったものです。そもそも、厚生年金基金の問題は、高度な専門的知見をもたない一般の人には、簡単には理解できません。残念ながら、報道関係の記者の浅薄な知識と理解能力では、到底、正確な報道などできはしないでしょう。一方で、この長野の基金の事件など、わかりやすい犯罪行為ですから、書きやすいのでしょうね。それで、このようなおかしなことになるのでしょう。
 報道がおかしいだけでなく、民主党や民主党の意向を受けた政府にしても、厚生年金基金廃止について、その背景の事情説明を十分に行っているわけではなく、どうしても廃止以外に手段がないということについての論拠を示しているわけでもありません。そういうなかで、こうした特定基金の異常な事態を一般化して報道されてしまうと、国民の受けとめ方としては、厚生年金基金の構造的な問題を全て捨象して端的に組織としての欠陥だけで、廃止支持のほうへ傾いてしまうのではないでしょうか。実に困ったことです。
 

AIJ詐欺事件にしても、この長野の基金にしても、根底にあるのは特定の人の特定の犯罪行為ですから、そこから、厚生年金基金の問題として一般化できることは、仮にあるとしても、ごく限られているはずですよね。
 
 もしも、このような犯罪事案から厚生年金基金の一般的問題を抽出できるとしたら、基金という組織構造のなかに、犯罪者に機会を与えやすく、かつ犯罪を発覚しにくくさせるような隙といいますか、内部統制欠陥があるかどうか、ということだけでしょうね。そのような欠陥を利用して犯罪に及ぶのは個人の問題ですが、そのような欠陥を放置してきたのは基金制度の問題ですから。
 しかし、仮に組織統制欠陥があったとしても、そこから基金廃止に飛躍することはあり得ない。常識的には、検査なり、規制なり、組織規程の見直しなりで対応するのが普通でしょう。ところが、政府と民主党は、犯罪への誘因を高すぎる予定利率に求めていて、その予定利率を下げることは掛金の大幅な引き上げになるので不可能であるから、廃止以外に対策はないとし、加えて、組織体制の弱さも廃止への傍証に利用としているのです。こうした論理に何ら科学的根拠のないことは、私は既に過去の論考で論じていますので、そちらを参照ください。
 

基金廃止論の本当の理由は、いわゆる代行割れですよね。
 
 間違いなく、そうでしょう。だったら、そうはっきりと説明しろ、と政府と民主党にいいたい。代行割れというのは、厚生年金基金の資産総額が、国の厚生年金を代行している部分の給付原資総額(最低責任準備金といいます)を下回っている状態のことです。現実に、多数の厚生年金基金が代行割れに陥っているのです。
 例外的に少数の基金が代行割れになっているのならば、個々の基金の特殊問題として処理され、一般的な基金廃止論に到達することはなかったでしょう。ところが、あまりにも多数の基金が代行割れなので、強制的な基金廃止が簡便かつ恒久的対策とされたのでしょう。安易といえば安易ですが、今の政権の政治能力からいえば、安易な答えしか思いつかないのも当然です。
 この長野の基金など、事務長の巨額横領、AIJ詐欺事件の損失、そして新たなる詐欺的事件の損害という、いずれも犯罪事案の損失によって、極端な代行割れに陥っていると思われます。こうなると、現行規制に従って財政の回復措置をとらせるにしても、とてつもなく高額な掛金負担を加入企業に課すほかなく、事実上、実行は不可能に近いはずです。かといって、解散の判断を基金の任意な決定に任すとしたら、解散時には代行割れ相当額を国庫に納付しなければならないから、解散に踏み切れないのです。
 政府は、非常に困った立場に陥っています。代行割れ基金を放置しても、財政の回復を見込むことは難しいし、かといって任意解散を促すこともできない。ところが、無策のまま代行割れを放置することもできないので、個別基金の問題ではなくて基金制度の問題として一般化し、制度の清算という手続きのなかで損失処理を図ろうとしているのです。ここに、強引な一般化の理由があるのです。
 確かに、政府の方針も理解できなくはないのです。おそらくは、基金廃止によっても、代行割れの総額を国が回収できるとは限らず、一定の国庫負担は避け得ないと思われます。そのとき、個別基金の事案について税金の投入はなし得ないでしょうが、基金制度の廃止という国策に基づくものとしてならば、税金の投入も可能になるでしょう。ですから、どうしても、制度全体の廃止を国策として決定したいのでしょうね。それはわかりますが、いかにも政府のご都合主義ではないでしょうか。
 

政府と民主党は、基金廃止論の前に、代行割れの生じた理由を明確に国民に説明しなければなりませんね。しかも、それが個別基金の問題ではなく基金制度に内在する本質的構造問題に起因することを論証しなければ、一般的な基金廃止を導くことはできないはずですし。
 
 間違いなくいえることは、代行割れの主たる原因は資産運用の問題ではない、ということです。事実、AIJ詐欺の損失によって代行割れの総額は拡大したでしょうが、もともと大きな代行割れが生じていたのが悪化したにすぎません。また、厚生年金基金の運用収益率が他の企業年金基金等と比較して低いという事実もありません。厚生年金基金には、AIJ詐欺の損失があるでしょうし、この長野の基金には、それに加えて、事務長の横領の損失と新たな詐欺的投資の損失もあるのですが、それ以外に、運用の失敗による損失などというものがあるわけではありません。このことも、過去の論考で詳しく論じました。
 むしろ、厚生年金基金の主たる問題は、現役の加入員と年金受給者の人口動態的な問題であると思われます。産業に栄枯盛衰はつきものですが、衰退産業の年金は財政的には厳しいことになります。そこに、厚生年金基金制度の構造的な欠陥があるのです。ここが、実は、問題の核心です。
 現存している厚生年金基金のほとんどは総合型です。総合型というのは、同一業種に属する多数の中小零細企業で作る制度です。一般には、業界団体や、先行して作られた業界の健康保険組合などを設立母体にしています。この長野の基金も、長野県の建設会社の業界団体が母体です。要は、総合型厚生年金基金というのは、業界の福利制度の充実のための相互扶助的な組織なのです。
 実は、ここの理解が非常に重要で、基金の背景に業界共通利益があるからこそ、基金が今日まで存続してきたのです。政府と民主党の基金廃止論が根本的におかしいのは、基金制度の社会的存在意義への顧慮が全くないことです。そこでの検討の要点は、代行割れ部分の回収不能に伴う国庫負担にかかわる政治責任だけなのです。政治責任回避のために社会的意義を無視して基金廃止をいうなど、いかにも出鱈目だと思います。
 さて、総合型基金は、設立の仕組みからして当然ですが、業界の栄枯盛衰と運命を共にします。しかも、年金制度の特質として、衰退の過程そのものが累積的に効いてくるのです。古い事案ですが、日本紡績業厚生年金基金の解散が象徴的でわかりやすい。この基金、名前から明瞭ですが、全盛期には多数の現役加入員を擁していたものの、産業の衰退とともに加入員が減少する一方で、年金受給者は順次増加していきました。最終的には、少数の加入員に対して大量の受給者という著しく均衡を失した状況になり、解散を余儀なくされたのです。
 つまり、掛金収入は、現役の加入員に対応したものしかありませんので、減少していったのですが、給付支出は、どんどん増加していったので、収支不均衡を生じたのです。理論的には、年金支給開始までの間に、その原資を掛金収入と運用収益で完全に積み立てるのが年金制度の仕組みなのですから、収支不均衡は生じ得ないはずです。ところが、政府は、開放基金方式といって、将来の加入員を見込む財政方式を認めてきたのです。
 この開放基金方式のもとでは、将来的に新規加入してくる従業員からの掛金収入も見込んでいるので、新規加入員の実績が見込みを下回る分だけ予定収入の不足を生じるのです。この仕組みでは、業界の衰退の影響によって非常に深刻な積立不足をもたらす可能性のあることは自明であって、その危険性は、とうの昔から政府も認識しています。事実として、産業構造の変動によって、多くの総合型厚生年金基金で、加入員と受給者の構成が変化してしまって、財政の悪化に帰結していったのです。
 そもそもの制度設計として、業界ごとに基金を作れば業界の浮沈の影響を受けてしまうことは自明であったわけで、にもかかわらず開放基金方式を認めれば影響が増幅して深刻化してでてくることも自明であったのです。そうした制度の矛盾を隠して、目先の掛金負担を小さくして制度の普及を図ったのは、当の政府です。そこに、明瞭な政治責任がある。ですから、政府は、根本的な問題の発生原因への言及を行おうとしません。一切の説明を省略して、AIJ詐欺等への原因の付け替えを行い、極めて乱暴かつ強引に基金廃止という一般的結論だけをもってきているのです。とんでもない責任逃れです。
 

そうだとすると、総合型厚生年金基金の構造欠陥が問題の本質ということになるので、説明の論理はともかくとして、基金廃止自体は止むを得ないのではないでしょうか。
 
 私は、そうは考えていません。第一に、問題の本質を科学的に事実に基づいて説明する義務が政府にはあります。そのうえで、政治の責任を明確にする義務もあります。そのなかでは、基金制度の社会的意義も、再確認されなくてはなりません。第二に、そのような一連の事実の検証と科学的検討の後では、廃止以外にも建設的な基金存続へ向けた施策が見つかるはずだと考えているのです。
 この長野の基金のように、建設業界では、都道府県ごとに設立された基金がたくさんあります。同様に、都道府県ごとの業界団体で基金を作っているのは、トラック運送業、病院、タクシーなど、他業界にも見られます。一方で、全国組織の基金もたくさんあります。
 理論的には、人口動態的な安定性が重要で、規模の経済の大切ですから、小さな地域組織よりも大きな全国組織のほうが望ましい。事実、地域ごとの基金を統合して、全国組織化する努力も続けられてきています。財政方式を改めることもできます。短絡的な廃止論の前に、現実的な検討項目はたくさんあります。その検討を一切省略して一気に廃止というのは、いかにも無責任な手抜き行政といわざるを得ません。
 ましてや、丁寧な説明を省略するだけではなくて、AIJ詐欺であるとか、長野の基金の逸脱行為であるとか、5.5%という予定利率の間違った解釈だとか、そのような欺瞞的な問題の付け替えによって基金廃止を正当化しようとするなど、無責任を通り越した出鱈目なのです。
 しかも、基金には多様な個別時事情があります。当然ですが、全ての基金が衰退産業の基金であるわけはないのであって、成長している産業にも基金はあります。財政状態も千差万別です。それを十把一絡げにして、科学的根拠の全くない強引な言掛り的理由によって、基金制度全体の廃止をいうなどは、誰がどう見ても許し得ない暴挙です。
 基金制度の廃止ではなく、個別基金の実情に丁寧に対応しつつ問題解決の努力を続けていくべき義務と責任が、政府にある。なにしろ、国策によって基金制度の普及を図ったのは、当の政府なのですから。

以上


 次回更新は10月25日(木)になります。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。