企業の現金創造の持続的成長は、最適資本構成の動態的変化のなかで実現され、故に、投資収益の持続的成長は、最適資産配分の動態的変化のなかで、実現されるのです。
企業の経営が常態にあって、平時の事業活動から安定的に現金が創造されており、運転資金は自己資本によって調達できていて、減価償却費を内部留保することで、設備の更新が計画的になされているとしたら、外部の金融機能を使った負債による資金調達は不要になります。
これが無借金経営と呼ばれる状態で、こうした無借金経営の企業は、非公開企業には少なくないとしても、上場企業のなかでは、稀だと思われます。なぜなら、適度な金融債務の存在は、資本の運用効率、即ち、創造される現金の資本額に対する比率を改善させるからであり、資本の運用効率の絶えざる改善は、上場企業にとって、株主に対する責務だからです。
最適資本構成の問題ですか。
事業活動は、常態のもとで安定的になされているとしても、必ず不確実性を伴います。事業活動による現金創造は、安定しているとはいっても、それは長い期間における平均値についていわれることで、短期的には、常に変動しているのであって、その変動の程度を不確実性というのです。不確実性は、事業の性格によって大きく異なっていて、なかには、頻繁に現金流出、即ち損失の発生が起きる事業もあり得るわけです。
資本とは、不確実性による一時的な損失を吸収するものであり、資本構成とは、資本と負債の合計値における両者の構成比のことです。資本構成上の資本の比率は、理屈上、不確実性の大きな事業ほど、大きくなるのですが、他方で、資本の比率を大きくすれば、その運用効率が低下します。そこで、この二律背反のもとでは、理論的に、資本構成の最適値があり得ることになります。
最適資本構成においては、事業の不確実性の大きさに対して、資本額は、最大期待損失を吸収するに足るものとして、過小ではなく、資本の運用効率を最大化するものとして、過大でもなく、まさに最適な金額となります。そこで、この視点から無借金経営を評価するとき、極端に事業の不確実性が大きい場合にしか妥当し得ない特殊な事態であると理解されるのです。
最適資本構成は常に変動するのでしょうか。
企業の事業活動の常態について、事業活動から安定的に現金が創造されていて、創造される現金が成長するでもなく、衰退するでもない状態として、改めて定義すれば、事業活動は、むしろ、非常態にあるときが多くなると考えられます。そして、実は、金融機能の利用が問題となるのは、事業活動が非常態にあるときなのです。なぜなら、事業活動が常態にあるのならば、株式の上場による資本の調達はあり得ませんし、多くの場合、内部留保だけで事業活動が営まれるので、外部から資金を調達する必要性自体、極めて限られるからです。
非常態には、様々に異なるものがあって、その非常態の様態の異なるのに応じて、金融機能の利用方法も異なってきます。より具体的にいえば、非常態の異なるのに応じて、それに最適な資本構成があるということです。例えば、どの企業も、創業という非常態を経ていますが、創業の初期においては、現金は流出していくのですから、当然に、資本比率の高い資本構成になりますが、現金創造が軌道に乗ってくるにつれて、負債比率の引き上げが可能になるわけです。
株式の上場とは、成長戦略のための資本の調達でしょうか。
起業は、一旦、常態に達すれば、それで目的を達するはずですが、どの起業家も、現金創造の成長を目指します。より正確にいえば、資本主義経済においては、主役は資本なのであって、資本は、自己増殖のために、起業家を使役して、現金創造の成長に駆り立てるのです。なぜなら、現金創造が成長しない限り、資本は増殖し得ないからです。
この成長戦略の展開という非常態のなかに、株式の上場による資本の調達があります。企業は、上場してしまうと、常態に留まることは許されずに、常に新たな成長戦略が要求され、戦略が頓挫すれば、再起が必須となるなかで、様々に異なる非常態の連続のもとで、経営されることになります。そして、様々に異なる非常態が連続して生起すれば、資本構成は、その最適性を維持するために、連続的に変化していくことになるわけです。
株式の上場には、資本構成の変更を可能にする意味もあるのでしょうか。
企業にとって、資金を調達する最も簡単な方法は、銀行等の預金取扱金融機関、またはノンバンク、即ち、預金取扱金融機関以外の貸金業者等から融資を受けることですが、負債の調達だけでは、資本構成の弾力的な変更はできません。そこで、もう一つの資金調達の方法として、資本市場の利用が重要な意味をもつのであって、その第一歩として、株式の上場があるのです。なぜなら、株式市場こそ、資本市場の代表だからであり、資本市場が提供する多様な調達手段に対して、非上場企業よりも、上場企業のほうが接近しやすいからです。
資本市場機能にとって、決定的に重要なのは、資金調達をする企業に対して、不動産等の資産の売却、負債となる社債の発行、資本となる株式の発行、負債と資本の中間的性格をもつメザニンの発行など、多種多様な手段を提供できることです。なぜなら、資本市場は、企業にとって、資金を調達する場であるだけではなく、資本構成を最適なものへと調整する場でもあるからです。
例えば、株式市場は、資本構成上、資本が不足している企業にとっては、資本を調達する場として機能しますが、逆に、資本が過大となっている企業にとっては、自社株買いによって、資本を減少させる場として機能します。また、一時的に資本不足に陥った企業にとって、資本市場で資本性のあるメザニンを発行して、資本不足が解消した段階で、それを償還することは、株式価値の希薄化を避けつつ、資本構成の最適性を維持するものとして、有効に機能するわけです。
上場の逆方向として、プライベートエクイティの機能を使って、非公開化することについて、その目的は何でしょうか。
企業は、上場している限り、静かな常態に留まることが許されず、常に非常態のもとで、休む間もなく、成長に駆り立てられます。そこで、長期的な事業戦略を構想するために、あるいは事業構造を大胆に改革するために、一旦は立ち止まること、即ち、常態に回帰することも必要になります。プライベートエクイティの機能を使って、上場企業が非公開化することの目的は、常態への回帰によって、時間の猶予を得ることにあると考えられるのです。
資本市場において、資金調達する企業に対して、資金供給することが投資だとしたら、投資とは最適資本構成の提供になるのでしょうか。
投資とは、企業の資金調達の反対側にあって、企業に資金を供給することであり、更に一歩を進めて考察すれば、企業に資金を供給することで、企業の現金創造活動に参画し、創造された現金の配分を受けることであると理解されます。つまり、投資においては、本質的な投資対象は、企業の現金創造活動なのであって、株式や社債等の形式的な投資対象は、創造された現金の分配を受けるための通路の種類にすぎないのです。
そして、企業は、現金創造活動の変転する動態のなかで、資本構成、即ち、現金を分配する通路の構成を常に変化させるのですから、それに応じて、投資においても、通路の選択、即ち、形式的な投資対象の選択を常に変化させるべきなのです。普通の言葉でいえば、これが資産配分の問題となるわけです。
つまり、資金調達する企業にとっての最適資本構成と、資金供給する投資にとっての最適資産配分とは、理論的な対応関係にあるのであって、企業の現金創造の持続的な成長は、最適資本構成の動態的な変化のなかで実現しているのですから、投資収益の持続的な成長も、最適資産配分の動態的な変化のなかで、実現されるということです。
・最適資本構成において何が何に対して最適となるのか(2024.7.11掲載)
本コラムでは最適資本構成について詳しく解説しています。
・そもそも何のために株式を上場しているのか(2020.10.22掲載)
本コラムでは株式市場の本来の機能に遡って、資本市場のあるべき姿について考察しています。
・企業金融はパブリックがいいのかプライベートがいいのか(2022.5.12掲載)
本コラムでは資本市場でのパブリックな資金調達とプライベートエクイティなどのプライベートな資金調達とを比較しながら、それぞれの役割の違いについて解説しています。
(文責:城)
次回更新は、7月2日(木)になります。
ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
