常識的には、事業構想が先にあって、それに応じた資金調達があるのですが、金融の非常識においては、資金調達が先にあって、それに応じた事業構想があり得るのです。
企業とは、有形無形の事業用資産を保有し、それを多様な人の働きによって稼働させて、現金を創造する装置です。そして、企業は、設備投資資金、即ち、事業用資産を取得するための資金、および、運転資金、即ち、事業用資産を稼働させるための資金を調達しています。つまり、企業は、現金を調達して、調達した現金よりも大きな現金を創造することで、純現金、即ち、付加価値を創造するものなのです。
いうまでもなく、企業の事業活動の特質は資産の構成に反映するのであって、企業は、事業構造と、それに基づく資産構成とを与件として、資金調達については、与件に従属するものとして、それに最もよく適合する方法を選択するのです。実際、企業経営においては、先に資金を調達してから、事業を構想することはあり得ないのであって、先に事業の構想があって、それに応じた資金の調達があるわけです。
そして、企業経営の要諦は、より少ない資産の保有によって、より大きな現金を創造することになり、資金調達については、調達費用の安い負債調達を最大化できるように、事業の不確実性を吸収し、負債を維持するに足るだけの最低限の資本調達にとどめて、資本の運転効率を最大化することになります。
では、保険業の場合は、事業の特質は負債の構成に現れるのでしょうか。
保険の引受けとは、保険負債を発生させて、保険料収入を得ることですから、現金の流れからすれば、資金の調達になるわけで、保険会社においては、先に資金の調達があって、その後に、負債に適合した資金の運用の必要性が生じています。つまり、保険業は、他の一般の事業とは逆に、負債の構造に事業の特質が現れるのであって、資産の運用は、負債の構造に規定されて、その不確実性に適合するように、緻密な設計のもとでなされることになるのです。
こうした資金調達が先にある事業構造は、保険業に固有であって、他に例をみないものです。しかし、保険商品の開発設計、および保険料の算定においては、資産運用がなされる現在、および将来の経済環境について、仮定が置かれているのですから、やはり、先に資金の運用に関する計画があって、それに適合した資金の調達がなされている面があるわけです。
では、保険業においても、一般の事業と同じように、保有資産の稼働、即ち、資産の運用によって、付加価値を創造するのでしょうか。
保険業においては、保険料の収入額と保険金の支払額は、基本的には、数学的に均衡するようになっているので、企業として、どのようなビジネスモデルを構築するのか、即ち、何を固有の付加加価値創造の対象とするのか、別のいい方をすれば、何をもって他社と競争するのかという本質的な問いが生じます。理論的には、差別化された付加価値創造は、三つの方向に可能性があると考えられます。資産運用は、間違いなく、その第一であって、第二は顧客対応、第三は事務の効率化です。
保険業が先にあって、そのビジネスモデルを後から問うのは、おかしくはないでしょうか。
そもそも、企業とは、構想されたビジネスモデルを実現するために設立されるものなので、設立後に改めて、起点にあるはずのビジネスモデルを問い返すのは、確かに、少し奇妙です。しかし、保険業に限らず、金融全体において、高度に規制されている結果として、基本的な事業構造が定型化されているので、ビジネスモデルは一様化しやすいのです。故に、金融庁は、金融機関に対して、原点に立ち返って、持続可能なビジネルモデルを構築するように求めているわけです。
この金融庁の施策の背景にあるのは、根本的な環境変化です。経済成長期には、規制が参入障壁として働くので、業界全体が拡大するなかで、ビジネスモデルが一様でも、各社に存立基盤がありました。しかし、現状のように、国内市場が縮小していくときに、ビジネルモデルなき不毛な競争が展開されれば、単に利益が圧迫されるだけなので、一部の、あるいは多くの金融機関において、持続可能性に疑義が生じ得るのです。
そして、より深刻な問題は、顧客の利益に反した行為によって、利益を得ようとする逸脱が容易に生じ得ることです。故に、金融庁は、顧客本位の業務運営の徹底を求めているのですが、このことは、持続可能なビジネスモデルの構築を求めることと、表裏一体をなしているわけです。実際、顧客本位であることと、持続可能であることとは、商業の常識において、同一なのです。
実際に、保険会社のビジネスモデルの多様化は進んでいるのでしょうか。
保険業には、多くの新規参入企業があって、それらは、当然のことながら、業界の主流をなす既存の大手企業の存在を前提にして、それと対抗できるように、例えば、インターネットを通じた利便性と透明性の高い契約方法の提供や、自動車保険に典型的にみられるように、事故処理という非金融の領域における差別化など、ビジネスモデル上の差別優位を競ってきたのです。
しかし、伝統的な主要大手各社においては、成長の源泉を海外に求める顕著な動きはあるにしても、国内事業については、必ずしも、ビジネスモデルの多様化は進んでいないとみられます。また、現実的にも、巨大な既契約の蓄積があり、しかも、長期の契約が多いことからすれば、簡単に事業構造改革できないことも事実でしょう。
資産運用を付加価値源泉とする動きはあるのでしょうか。
現在の大手各社は、遠い過去においては、資産運用を重要な付加価値源泉としていましたが、現在では、自己資本規制が強化されてきた経緯もあって、基本的には、資産運用の中立化、即ち、運用成果における予定と実績との一致度を高める方向へ傾斜化していると考えられます。
しかし、保険契約は解約に対する一定の耐性をもつとみられ、そうであれば、保険負債には粘着性、即ち、資本的性格を認め得るのであって、そこに資産運用による付加価値創造の余地が残されているとも考えられます。実際、金融庁は、保険会社に限らず、自己勘定における資産運用を行う金融機関に対して、資産運用の高度化という問題提起をしているのですが、それは、まさしく、この論点をついたものだと思われます。
では、預金取扱金融機関についても、資産運用が付加価値源泉になるのでしょうか。
銀行や信用金庫等の預金取扱金融機関の本質は、預金取扱という特権的な業務によって、資金を調達して、その資金を融資という方法で運用することにあります。そして、確かに、金融庁は、預金取扱金融機関に対しても、資産運用の高度化といっているのですが、その背景は、保険会社の場合とは全く異なっています。
つまり、経済成長期には、預金が不足するほどに、融資需要が強かったわけですが、現在では、事情が激変していて、多くの預金取扱金融機関において、融資額が預金額の半分にも達していないのであって、故に、金融庁は、この超過している預金について、融資以外の運用方法を工夫すべきではないかと問題提起しているわけです。
預金の過剰が問題なら、その削減に努めるほうが素直ではないでしょうか。
まさしく、その点に、預金取扱金融機関の経営を巡る諸問題の中核があるのです。つまり、預金取扱業務の本質において、保険業のように、預金という資金調達が先にあって、その運用方法として、融資があるのか、逆に、一般の事業のように、融資という資金運用が先にあって、そのための調達手段として、預金があるのかは、簡単に決し得ない難問なのです。
仮に、前者の調達優先の立場をとれば、預金の削減という選択肢はないわけで、故に、金融庁は資産運用の高度化といったはずです。しかし、調達優先に考えるか、運用優先に考えるかは、預金取扱金融機関のビジネスモデルの問題なのであって、運用優先の立場に立てば、当然に、預金削減という選択肢があり得るのです。
・保険理論から金融における顧客の最善の利益を考察すると(2024.12.19掲載)
顧客にとっての真の利益とは何かを起点に、金融機関に求められる役割や価値のあり方について考察しています。
・金利上昇で預金獲得に努力する銀行は愚かなのか(2026.1.15掲載)
預金取扱金融機関にとって重要なテーマである預金の獲得と融資機能のあり方について、金融機関同士の競争や金利上昇の影響を踏まえて考察しています。
・銀行等の持続可能なビジネスモデルとは何か(2021.6.24掲載)
顧客本位の取組みを通じて顧客との共通の利益を生み出すことが、銀行等の持続可能なビジネスモデルの構築につながることを論じています。
(文責:内木)
次回更新は、4月23日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
