「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」という法律の抽象的な条文は、いかにして具体的な規範になるのか。
証券取引等監視委員会は、3年毎に中期活動方針を公表していて、1月16日に、第12期である2026年から2028年までの3年間のものを公表しています。このなかの「リスクベースアプローチに基づく証券検査」と題された項目には、次のように書かれています。少し長いですが、全文を引用しておきます。
「金融商品取引業者等について、監督部局や財務局等と連携しつつ、リスクベースで検査先を選定し、顧客の最善の利益を勘案した誠実かつ公正な業務が遂行されているかなどの観点に基づく検証や問題点の指摘に努めます。問題が認められた場合、深度ある議論を通じて、事案の全体像を把握し、その根本原因を究明した上で、行政処分勧告等を行うにとどまらず、実効性のある内部管理態勢の構築等を促すことにより、再発防止・未然防止につなげます。」
第11期のものとは、かなり異なりますね。
第11期である2023年から2025年までの中期活動方針では、同じ項目のもとで、次のように書かれていました。
「金融商品取引業者等について、監督部局や財務局等と連携しつつ、リスクベースで検査先を選定し、実質的に意味のある検証や問題点の指摘に努めます。問題が認められた場合、事案の全体像を把握し、その根本原因を究明することにより、自主的な改善の促進を通じて、再発防止・未然防止につなげます。」
ここには、二つの顕著な違いがあります。第一には、「実質的に意味のある検証」から、「顧客の最善の利益を勘案した誠実かつ公正な業務が遂行されているかなどの観点に基づく検証」という記述に変更されたことです。第二には、問題が認められた場合の対応として、「深度ある議論を通じて」との手続きが付加されたうえで、「自主的な改善の促進」は、「行政処分勧告等を行うにとどまらず、実効性のある内部管理態勢の構築等を促すこと」という極めて強力な措置に変更されたことです。
法律改正の影響でしょうか。
第11期の2023年11月20日に、改正法として、「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」が成立し、その第2条において、全ての金融サービス提供事業者に対して、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」との義務が課されたのです。
そして、証券取引等監視委員会は、既に、2025年8月1日に公表した2025事務年度の証券モニタリング基本方針において、検証事項として、「顧客の最善の利益を勘案した誠実公正義務の法制化を受け、金商業者等が顧客に対して誠実かつ公正に業務を遂行しているか、検証を行う」ことを掲げていたわけです。
検証対象とするには、やや抽象度の高い義務のようですが。
法律改正の前には、「金融商品取引法」の第36条に、「金融商品取引業者等並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」との規定があり、同様のものは、「銀行法」等にもあったのですが、改正法は、全ての金融サービス提供事業者を対象とし、かつ、その範囲を拡大して、企業年金等をも含むことにしたうえで、第2条の規定に一元化して、他の法律の類似規定を削除したわけです。
旧来の誠実公正義務は、抽象度が高く、具体的な義務違反行為を認定することが困難なことから、理念的な規定だと考えられてきました。故に、証券取引等監視委員会にとっては、いわば抜かずの刀ともいうべきものだったので、中期活動方針や証券モニタリング基本方針に記述されることはなかったのです。
しかし、今回、誠実公正義務は、中期活動方針のなかで検証対象とされたのですから、もはや抜かずの刀ではなくて、抜かれ得る刀、即ち、行政処分勧告等の根拠として使われ得るものになったと考えるほかありません。そして、この変化のもとになっているのは、いうまでもなく、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ」という文言の付加なのです。
顧客の最善の利益に反することは、証明可能でしょうか。
誠実であるか、不誠実であるか、あるいは、公正であるか、不公正であるかは、良識の働きによって簡単に直観できますが、法律の発動根拠となり得るためには、万人が不誠実、あるいは不公正だと思えるほどに、著しく不誠実、あるいは、一見して明らかに不公正な事態を想定するほかないのです。しかし、そうした事態においては、他の重大な法令違反の事実を容易に指摘できるので、敢えて誠実公正義務違反とする必要がなかったと考えられます。
これに対して、顧客の利益については、良識ではなくて、事実の問題です。まず、顧客の不利益が事実として明らかになれば、誠実公正義務違反を問うことなく、他の法令違反で処理できます。法律が問題にしているのは、顧客に不利益が発生していなければ、顧客の利益に適っているに違いないとしても、最善の利益に適っているとは限らないことです。そして、実は、最善の利益に反しているという事実は、よりよく顧客の利益に適う選択肢の存在を立証することにより、証明されるわけです。
しかし、勘案しなかったことの証明は困難ではないでしょうか。
法律の文言の構成からすれば、問題にされているのは、顧客の最善の利益そのものではなく、顧客の最善の利益を勘案しなかったという事実です。つまり、顧客の最善の利益に反する事実が証明されたとしても、顧客の最善の利益を勘案したうえで、諸般の事情から、結果的に、それに反する事態を招いたということなら、法律違反にはならないわけです。
勘案しなかった事実の証明は、必ずしも困難ではないと思われます。なぜなら、よりよく顧客の利益に適う選択肢の存在を証明し、かつ、それを検討しなかったことの事実を証明すればよく、検討しなかった事実は、検討した証跡の不存在によって、証明できるからです。そして、検討した証跡は、実際に検討しない限り、残せないはずです。
そうしますと、論点は、よりよく顧客の利益に適う選択肢の存在証明に収斂するわけですね。
金融庁は、一物一価の原則が守られていない事例を指摘しています。つまり、同じ運用内容の投資信託について、費用体系の異なるものがあるというのです。この場合、自明のこととして、安いほうを顧客に提示しないと、誠実公正義務違反になるわけです。しかし、こうした単純明快な事案は、むしろ例外でしょうから、よりよく顧客の利益に適う選択肢の存在証明には、多く困難を伴うでしょう。
証券取引等監視委員会の検査を通じて、誠実公正義務違反の事案の類型化が進むのでしょうか。
現在の中期活動方針において、「行政処分勧告等を行うにとどまらず」として、強権発動の可能性が掲げられたことには、大きな意味があるのでしょう。つまり、行政処分勧告においては、事案の詳細が公表されるので、誠実公正義務違反の内容が具体化していく点に、大きな効果があるのだと思われるのです。
この点、参考になるのは、住商リアルティ・マネジメントについて、昨年の11月11日に、証券取引等監視委員会が行政処分勧告を行い、12月5日に、金融庁が行政処分している事案です。ここでは、「金融商品取引法」の第42条第1項に定める忠実義務に違反しているとの認定がなされているのですが、実は、この条文は、「権利者のため忠実に投資運用業を行わなければならない」という著しく抽象的なものなのです。
この行政処分は、忠実義務に違反しているとされる行為、即ち、利益相反に該当する行為について、詳細な記述をなすことで、抽象的な忠実義務の具体化に貢献しています。同様に、今後、顧客の最善の利益を勘案する誠実公正義務についても、行政処分を通じた具体化が進んでいくのでしょう。なお、念のために強調しておきたいのは、証券取引等監視委員会は、行政処分勧告をしたいわけではないことです。あくまでも、事案の詳細の公表が目的なのです。
・売るも親切、売らぬも親切の誠実公正義務(2024.1.25掲載)
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(文責:城)
次回更新は、4月16日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
