千葉銀行等の行政処分は新しい法律のもとでは異なっていたのか

千葉銀行等の行政処分は新しい法律のもとでは異なっていたのか

森本紀行
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顧客の不利益にならないときも、顧客の最善の利益には反し得るなかで、金融機関は、法律上の義務として、どのように顧客の最善の利益を勘案するのか。
 
 2023年6月23日に、ちばぎん証券は、「顧客の投資方針や投資経験等の顧客属性を適時適切に把握しないまま、多数の顧客に対し、複雑な仕組債の勧誘を長期的・継続的に行っている状況が認められた」として、また、親会社の千葉銀行は、ちばぎん証券に顧客を紹介して、販売実績に応じた手数料を受領する契約をしていたところ、実際には、ちばぎん証券の販売する個別具体的な仕組債を紹介していたとして、金融庁の行政処分を受けています。
 この事案において、千葉銀行は、ちばぎん証券に仕組債の特性に適合しない顧客を紹介し、そこで仕組債が販売されることを承知していたのですから、適合性原則違反を犯したのは、形式的には、ちばぎん証券ですが、実質的には、千葉銀行です。要は、千葉銀行は、法令上、銀行本体では仕組債の販売ができないために、ちばぎん証券を手数料稼ぎの道具に利用したわけです。
 おそらくは、ちばぎん証券は、自分の単独の社会的信用力と営業能力では、処分対象となっている仕組債の販売事例において、販売自体を成立させ得なかったのであり、故に、行政処分を受けることもなかったのです。そもそも、販売がなされ得たのは、顧客が千葉銀行を信用し、同行の勧めるものなら安心と思ったからであって、行政処分の真の対象は、千葉銀行が自行への顧客の信頼を悪用したことなのです。
 
新しい法律のもとでは、行政処分のあり方は違っていたでしょうか。
 
 2023年11月に、改正法としての「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」が成立していて、金融業態の境界を越えて、全ての金融サービス提供事業者に対して、一元的に、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」との義務が課されました。
 さて、この新しい法律のもとで、千葉銀行の事案が起きていたとしたら、千葉銀行は、顧客の最善の利益を勘案しなかったことにより、誠実公正義務に反したとして、行政処分され得たでしょうか。これは、非常に興味深い問いですが、おそらくは、技術的に解決されるべき課題はあるにしても、原理的には、肯定的に答えられるべきです。なぜなら、そもそも、法律改正の主旨は、金融サービス提供事業者に対する顧客の信頼を保護することにあると考えられるからです。
 
改正法の成立以前にも、誠実公正義務は存在していたのではないでしょうか。
 
 「顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」という誠実公正義務は、従来から「金融商品取引法」等にありましたが、あまりにも抽象的な規定であり、具体的な行為について義務違反を問うのは困難なので、いわば精神論的な規定であったと考えられます。故に、千葉銀行の事案において、誠実公正義務違反を問題にする余地はなかったのです。
 しかし、改正法は、第一に、事実としては、諸法にあった誠実公正義務を一元化し、より広い範囲の金融サービス提供事業者に適用したのですが、第二に、可能性としては、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ」との枕詞を付すことで、義務違反の内容を具体化したのではないかと思われるのです。
 
では、改正法のもとでなら、千葉銀行の事案を誠実公正義務違反に構成できたということでしょうか。
 
 推測するに、千葉銀行から紹介されて仕組債を購入した顧客は、個別具体的な金融商品の購入を検討していたわけではなく、単に、千葉銀行を信頼し、同行の勧めるものならば、少なくとも自己の利益に反することはないと素朴に信じていたはずです。しかし、現実には、その顧客の信頼は裏切られたわけで、金融庁が問題視したのは、端的に、顧客からの信頼を悪用した千葉銀行の不誠実で不公正な態度だと思われます。
 しかし、それを行政処分の対象とするためには、法律の適用を技術的に工夫する必要があり、その結果として、適合性原則違反が利用されたにすぎないと思われます。別のいい方をすれば、この事案は従来からある誠実公正義務に違反しているわけですが、その義務違反の内容を行政処分の根拠として直接に具体化することは不可能なので、適合性原則違反を介在させたのだと考えられるのです。
 これに対して、改正法のもとでなら、適合性原則に反した事態は、明らかに顧客の最善の利益に反しているのですから、そこから直接に誠実公正義務違反を問い得る可能性が浮上してきます。そして、この場合、極めて重要なのは、適合性原則に反していなくとも、顧客の最善の利益に反し得るので、誠実公正義務違反に認定され得る範囲が拡大することです。
 
どうして、適合性原則に反していなくとも、顧客の最善の利益に反し得るのでしょうか。
 
 適合性原則は、仕組債等の金融商品の販売において問題になることで、そこでは販売自体は既に前提とされていますが、販売自体が顧客の最善の利益に反する場合があるということです。この点について、改正法の国会での審議過程で問題となり、金融担当大臣は、顧客が金融商品の購入を求める場合でも、金融機関として、公正中立な立場で客観的に評価して、購入が顧客の最善の利益に反すると判断するときは、販売を辞退すべきである旨の答弁をしています。
 また、適合性原則違反について、行政処分の文書に、「顧客の投資方針や投資経験等の顧客属性を適時適切に把握しないまま」とありますが、顧客属性のうち、「投資経験等」の多くは客観的事実だとしても、「顧客の投資方針」は、顧客の主観的判断であり、多くの場合、独断的判断なのです。
 故に、販売側の金融機関として、公正中立な視点において、顧客の投資方針を客観的に評価したときは、顧客の最善の利益に反していると判断し得るわけで、その場合には、金融機関は、投資方針の改定について、専門的知見を最大限に発動して、顧客に適切な助言をし、顧客と協議のうえで、新たな投資方針を提示し、それに即した金融商品等の提供を行わなければならないのです。
 
顧客の最善の利益を把握することは、金融機関にとって、限りなく不可能に近いのではないでしょうか。
 
 法律は、顧客の最善の利益を把握しろとはいっていなくて、単に勘案しろといっているだけですから、勘案した結果が真に顧客の最善の利益に適うかどうかは、法律の埒外の問題です。そこで、改正法への金融機関の対応として簡単に予測できるのは、顧客の最善の利益を真剣に勘案することではなくて、勘案した事実が確認できる証跡を整えることです。
 こうした法律の文言に表層的に準拠することは、法律の主旨に著しく反するわけですが、金融庁として、そこに介入する余地はありません。しかし、近時の金融庁の一貫した考え方は、金融機関の経営を変えるのは、金融庁の規制ではなく、顧客の評価だというものです。つまり、顧客の目からは、自分の最善の利益について、真剣に考えてくれることと、表層的に考えた振りをされることとは、明瞭に異なるはずだということです。
 
それでは、やはり、新しい誠実公正義務も、精神規定を脱却できないのですか。
 
 法律の現実的な機能としては、顧客の最善の利益を勘案したとはいえない事態について、法令違反の認定がなされて、金融庁の行政処分が発動され、あるいは損害賠償を求める民事訴訟が提起されて、金融機関の行動が是正されることです。そして、行政処分や民事訴訟の事例が蓄積されていくことで、顧客の最善の利益を勘案したとはいえない事態が次第に明確に定義されていくのです。
 
勘案しないことが明確になることで、勘案することが明確になるでしょうか。
 
 それは、セーフハーバー(safe harbor)、直訳すれば「安全な港」をめぐる難問です。セーフハーバーとは、一定の要件の充足をもって、安全圏を確保し、そのなかにいる限りは、規制に抵触しないことが保証される仕組みです。この問題点は、形式的に規制に準拠しても、実質的に規制の主旨に反し得ることですが、金融庁としては、セーフハーバーに安住して、顧客の信頼を裏切る金融機関は、顧客の選択で淘汰されると信じるほかないでしょう。
  ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
前原誠司議員が鋭く突いた「顧客等の最善の利益」の意味(2023.12.21掲載)
2023年6月7日、衆議院財務金融委員会で行われたフィデューシャリー・デューティーの立法化の答弁から金融庁の主張する「顧客等の最善の利益」を解説しています。

前原誠司先生が明らかにした「売らぬも親切」の立法化の意義(2024.1.18掲載)
前編に続き、金商法等改正法の要点を論じています。

こうすれば金融機関は顧客の最善の利益のために働かざるを得なくなる(2023.9.21掲載)
金融庁は、規制によらず健全な競争を促す施策として「見える化」を求め、金融機関に対して、自主自律的かつ積極的に、提供する金融機能の質の差を顧客に開示するよう促しています。高度化された忠実義務を一般化すれば、金融界で利益相反の恐れは一掃しうると考えられます。
(文責:ティ)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。