すかいらーくは資さんを高く買って、自社カニバリを解消したにしても、外食産業全体でのカニバリを加速させてしまうのではなかろうか。
少し古い話ですが、2024年9月6日、外食産業大手のすかいらーくホールディングスは、「株式会社資さんの株式の取得(子会社化)に関するお知らせ」を公表しています。資さんは、うどんのチェーン店の運営会社であって、北九州方面では、「やみつきになる味・リピートしたくなるサービス」によって、消費者の支持を集めていて、資さんという屋号は著名ブランドとしての地位を確立しているようです。
買収の背景には、「当社では地方ロードサイドの自社カニバリ解消のため、業態転換候補としての新ブランド開発を実施しておりますが、幅広いお客様に支持される高い集客力のあるブランドを必要としております」との事情があったとのことです。カニバリとは、カニバリゼーション(cannibalization)のことで、共食いを意味しますから、自社カニバリとは、新店を出しても、自社の既存店の顧客層を奪うだけで、顧客が純増加しない現象を意味するわけです。
つまり、すかいらーくは、既に多様な外食事業を営んでいるなかで、自社カニバリを回避して更なる成長を実現するために、現に保有していない新しい業態を模索していて、その結果、うどんに到達したのです。そして、うどん事業の新規開発ではなくて、他社の買収という形態をとったのは、大きな上場企業として、戦略展開に時間をかけることなく、速やかに成果を出さなければならないからです。
取得価額は非常に割高ではないでしょうか。
資さんについて、2024年8月期決算の見込みが開示されています。それによると、売上高が15,274百万円、純利益は93百万円、EBITDAは1,406百万円、純資産は2,495百万円となっていますが、すかいらーくは、その普通株式の全てを取得するのに、240億円を投じているのです。この取得価額は、EBITDAの17倍、純資産の10倍ですから、中立的な視点から客観的に評価するときは、著しく割高です。
しかし、すかいらーくの主観的立場からは、現に240億円を支払っている以上は、決して割高ではないのです。つまり、すかいらーくにとって、「幅広いお客様に支持される高い集客力のあるブランド」であること、自社カニバリを起こさないこと、一定の事業規模に到達していること、即座に買収可能であることという難しい条件を全て充足する事案は極めて稀少で、稀少なものを確実に入手するためには、240億円という価額は妥当であり得るわけです。
では、240億円は、事業価値に大きな取引費用を加えたものなのでしょうか。
事業の価値は、事業が将来において創造する現金の現在価値であり、事業の価格は、原理的には、合理的に推計された価値を基準にして、形成されます。そこで、仮に資さんを上場させたとしたら、直近の業績をもとにして、現金創造能力が評価されたはずで、いかに楽観的に評価されたとしても、時価総額は、240億円よりも、はるかに小さかったと考えられます。この差分は、すかいらーくが買収のために支払った一種の取引費用であって、いわばプレミアムです。
すかいらーくは、当然のことながら、買収後に、資さんの事業価値を大幅に高め得ると自負していて、故に、高い取得価額を支払っているのですから、プレミアムは、表現を変えれば、事業価値の上昇分を先取りしたものになります。そこで、実際に事業価値が高まれば、プレミアムは合理的な費用として正当化され、事業価値が高まらなければ、取得価額の減損を通じて、損失になるわけです。
買収は成功しているのでしょうか。
すかいらーくは、買収を公表した文書で、「本件株式取得により、全国への出店拡大を企図している資さんに、当社の既存店・立地開発力やサプライチェーン、人財や資金等を活用して頂くことで、大きなシナジーを発揮でき、双方が Win-Win となる関係を築けるものと判断いたしました」と述べていました。これらの施策は、直近のすかいらーくの業績をみると、非常に速やかに実行に移されていて、資さんの事業は、順調に成長しているようです。しかも、すかいらーく全体としても、事業が拡大しているので、自社カニバリは起きていないのです。
学ぶべき論点の多い事案ですね。
まず、ベストオーナー論の立場からみて、非常に興味深い事案です。どの事業にも、それを所有する企業があって、当然のことながら、事業価値は、所有者である企業の経営能力によって、大きく変化しますから、必ず、事業価値の向上にとって、最適な企業が一社あるわけで、それがベストオーナーと呼ばれるものです。資さんの事業は、まさに、ベストオーナーとして、すかいらーくを得たわけですが、日本経済の持続的成長にとって、全ての事業について、ベストオーナーのもとへの集約再編が進んでいくことは非常に重要であると考えさせるものです。
価格の意味について、再考を促す面がありませんか。
例えば、不動産の取得において、現存の保有地に隣接する狭小地が売りに出て、それを購入して一体化することで、土地全体の価値が大きく上昇するのならば、その狭小地について、周辺の土地単価に比して、著しく高い単価で購入することには合理性があります。すかいらーくにとって、資さんは、まさしく、この狭小地と全く同じように、その唯一無二性において、著しく高い取得価額を投じるに値したのです。
さて、そうであれば、こうした異常な価格は、それ自体に合理性があるのではなくて、大きな全体における合理性のもとで、小さな部分における非合理性にすぎないものとして、許容されているだけなのです。故に、特殊な狭小地の取引価額は、周辺の地価に影響を与えず、資さんの取引価額は、他のうどん店チェーンの価値評価に影響を与えないはずなのです。
しかし、資さんと同様の事案が生じるとの期待のもとで、うどん店チェーン全体の価値評価が上昇するのではないでしょうか。
すかいらーくの抱える成長戦略上の課題は、他の外食産業の大手企業にも共通するはずで、例えば、吉野家ホールディングスは、ラーメン事業を重点戦略分野に掲げていて、買収に意欲的です。こうした状況から推測すると、おそらくは、うどんやラーメンに限らず、外食の様々な領域において、地方でブランドを確立しているチェーン店の中堅非公開企業については、潜在的な被買収価額の上昇が生じているのでしょう。
自社のカニバリゼーションが解消しても、業界全体でカニバリゼーションが起きそうですね。
業界の小さな部分である個社が合理的に行動しても、大きな業界全体においては、不合理な事態が生じ得るわけです。高度に成熟した日本社会において、各社が量的な成長を志向すれば、業界全体では、質的に、即ち、利益の面において、縮小してしまう懸念があります。しかし、上場企業としては、量的成長を志向せざるを得ないわけですから、上場していることの意味についても、再考される必要があるでしょう。
プライベートエクイティという投資戦略の活躍する局面ですね。
資さんは、実は、ユニゾン・キャピタルの運用するプライベートエクイティの投資ファンドによって、所有されていて、故に、すかいらーくは、速やかに、買収することができたのです。この事案は、譲渡価額の高さ、およびベストオーナーへの譲渡であることからして、日本のプライベートエクイティ業界において、非常に優れた成功事例になったのではないでしょうか。
今、プライベートエクイティ業界には、多くの重要な投資機会があると思われます。まずは、創業者一族からの事業承継です。資さんも、創業者からの事業承継として、ユニゾンが取得していたのだと思われます。次に、ベストオーナーでなくなった企業から事業を買収し、新たなベストオーナーへ再譲渡していく産業再編の流れです。そして、最後に、上場企業の非公開化です。成熟経済において、成長の意味が再考されるとき、当然に、成長資本の調達としての上場の意味も再考されるからです。
・成長とはベストオーナーのもとに事業が集積されていくことだ(2023.6.29掲載)
本コラムでは事業の成長のためのベストオーナーのあるべき姿について考察しています。
・事業の連続的な譲受こそ企業経営の本質だ(2024.5.16掲載)
創業時から事業承継時までの事業の各成長段階に応じたベストオーナー論について考察しています。
・速やかな事業再編にプライベートエクイティが不可欠なわけ(2022.4.21掲載)
本コラムでは特殊な状況である事業再編の事業売却を例に挙げ、売り手の時間的制約の解消を提供するプライベートエクイティの機能について論じています。
(文責:林)
次回更新は、4月2日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
