資産運用立国は投資信託の営業ではなくて経済成長政策だ

資産運用立国は投資信託の営業ではなくて経済成長政策だ

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

インフラストラクチャー資産の投資対象化を推進することで、産業構造の合理化と効率化を実現し、経済の持続的成長に寄与することこそ、資産運用立国の本質なのです。
 
 事業とは、現金を創造する様々な仕組みであり、事業の価値とは、将来に向けて事業が生み出す現金の現在価値です。企業とは、第一に、事業を営む主体であって、第二に、事業運営に必要な資金を調達する主体です。企業は、資金調達手段として、株式や社債等を発行し、調達手段の異なるのに応じて異なる方法で、事業が創造した現金を配分するわけです。
 資産とは、それ自体に備わった能力によって、現金を生み出すもので、例えば、不動産は、賃料という現金を生むから資産なのであり、金融債権は、金利という現金を生むから資産なのであり、株式や社債は、事業が創造した現金の配分を受けることで、それ自体として現金を創造するものになるので、資産なのです。そして、資産の価値とは、時間の経過とともに資産が生み出す現金の現在価値であり、投資とは、資産の価値を取得することです。
 
不動産が資産なのではなく、賃貸契約が資産なのではないでしょうか。
 
 資産は、原理的に、現金を受け取る権利なのですから、不動産は、賃貸に供されることによって、資産になるわけです。故に、確かに、厳密にいえば、不動産が資産なのではなく、賃貸契約が資産なのです。しかし、不動産を所有しているからこそ、それを賃貸に供することができるのですから、不動産は賃貸契約によって現金を受け取る権利の裏付けになるわけです。このように、権利としての資産の裏付けになる資産を実物資産といいます。
 
不動産は特別な実物資産なのでしょうか。
 
 どの事業でも、不動産の利用は不可欠ですから、不動産は、事業活動の基盤という意味では、特別な実物資産だといえます。そこで、不動産を中心にして、産業構造を整理すれば、不動産を創造する事業、不動産を様々な方法で利用する事業、不動産を保有して賃貸する事業に分けられるはずです。例えば、ホテルの建物を中心にして整理すれば、それを建設する不動産開発業、そこでホスピタリティを提供するホテル事業、それを保有して賃貸する投資事業があり、倉庫の建物を中心にして整理すれば、それを建設する不動産開発業、それを利用する物流事業、それを保有して賃貸する投資事業があるわけです。
 ここでの論点は、ホテルの建物は、ホテル事業者を変更しても、ホテルであり続けることであり、倉庫は、どの物流事業者によっても、利用可能であることです。つまり、不動産は、異なる事業者によって利用可能である限り、常に賃貸に供され得るものとして、あるいは、表現を変えて、利用する事業者が変わっても、価値を失わないものとして、投資対象になるわけです。
 
賃貸に供され得るものならば、動産も投資対象になるのでしょうか。
 
 例えば、航空機は動産ですが、どの空運事業者によっても利用され得るのですから、投資対象になるはずです。実際に、航空機を中心にして産業構造を整理すれば、製造する事業、運行する事業、保有して賃貸に供する事業に分けられます。ただし、航空機を保有して賃貸に供する事業は、投資事業ではなくて、リース事業です。そして、リース事業は、航空機だけではなく、どの事業者によっても利用可能な実物資産ならば、動産でも、不動産でも、広く様々なものを対象にし得るわけです。
 さて、リース事業は、対象となる実物資産を中心にして整理すれば、製造する事業、リースする事業、保有してリース事業者に賃貸する投資事業に分解できます。つまり、リース事業者にとっては、対象となる実物資産を自分で保有する必要はなく、投資家に譲渡してから借り返しても不都合はないわけです。こうして、賃貸に供され得るものならば、不動産でも、動産でも、投資対象に構成し得るのです。
 
そうしますと、産業は、基本的には、実物資産を中心にして、製造開発する事業、利用する事業、保有して賃貸する投資事業の三角構造になるわけですね。
 
 政府は、経済政策として、資産運用立国を掲げていて、資産運用、即ち、投資を中心にして、経済の持続的成長を実現しようとしています。このことを製造、利用、保有の三角構造について再構成すると、保有、即ち、投資事業を頂点として、両隅に製造と利用とをもつ三角形が想定されているのだと考えられます。つまり、投資事業を成長させることは、投資対象として構成し得る実物資産の範囲を拡大することになって、それが経済の持続的成長につながるわけです。
 この点について、携帯電話事業を例にして考えてみます。現在では、通信方法の統一化が進んでいるので、理論的には、基地局については、各事業者が自前でもつ必要性はなく、共有化できる、即ち、投資家が保有して、事業者に賃貸できます。つまり、各社の携帯電話事業から、基地局の管理運用事業を分離して統合し、更に、基地局の管理運用事業から、基地局を保有して賃貸する投資事業を分離できるわけです。逆に、投資事業を中心にして表現すれば、基地局を投資対象に構成する努力の過程で、基地局の管理運用事業が各社から分離されて、統合され、携帯電話事業の大幅な合理化が実現して、経済成長に寄与するということです。
 
実物資産の投資対象化は、必然的に、仕様の統一と共有化を伴うので、産業界の合理化に帰結するわけですね。
 
 投資対象化が可能な実物資産は、携帯電話の基地局のように、いわゆるインフラストラクチャー、即ち、産業界の共通基盤なのですから、実際に投資対象化を実現できれば、経済効果は非常に大きいのです。例えば、電気事業について考えると、発電、送電、配電の三要素のうち、インフラストラクチャーになるのは送電部門ですが、基幹送電網を一本化すれば、電気事業全体の費用効率が改善するだけでなく、発電と配電における参入障壁を引き下げて、自由化を一段と加速させることができるわけです。
 そして、基幹送電網を運用管理する事業から、それを保有して事業者に賃貸する投資事業を分離すれば、基幹送電網という非常に魅力的な投資対象を創出できるわけです。つまり、逆にいえば、基幹送電網という非常に魅力的な投資対象を創出する過程で、電気事業の合理化と効率化が進展することこそ、資産運用立国の意味するところなのです。
 
インフラストラクチャーといえば、道路や上下水道など、多くは公的部門によって保有されていますが、これらも投資対象に構成できるのでしょうか。
 
 理論的には、利用料の徴収されているインフラストラクチャー、代表的には、空港施設や上水道などは、現金を創造しているわけですから、投資対象になり得ます。しかし、現在の法律では、インフラストラクチャーの運営権だけが民間事業者に譲渡され得るのであって、公的部門は、その保有を継続することになっています。つまり、民間部門は、インフラストラクチャー運営事業には投資できても、インフラストラクチャー資産には投資できないのです。
 
実物資産の投資対象化には、高度な投資技術が必要ではないでしょうか。
 
 例えば、今の流行り物として、データセンターがあるのですが、これは共有化できる実物資産ですから、理論的には、投資対象に構成できるわけですし、逆に、巨額な建設資金を調達するためには、投資対象に構成しないといけないのです。しかし、世の常として、理論的には可能でも、実務的には困難ということが多いわけで、データセンターの投資対象化にも多くの実務的障害があります。
 障害の一つは、公的インフラストラクチャーの問題にもつながるのですが、事業への投資と資産への投資の峻別です。つまり、データセンター事業への投資は簡単でも、データセンター資産への投資は難しいのです。また、別の障害は、データセンターが不動産と動産の混合物であることです。つまり、不動産への投資は簡単でも、混合物への投資は難しいのです。いずれにしても、こうした障害を除去していく過程で、投資技術の高度化が生じることこそ、資産運用立国の本質なのです。
 
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
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(文責:城)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。