アセットライトの徹底で経済が成長しインフラ投資が面白くなる

アセットライトの徹底で経済が成長しインフラ投資が面白くなる

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

インフラとは、産業界の共通基盤となる資産のことであって、全ての事業領域において、アセットライト戦略が徹底され、多種多様な資産が外部化されるときに、その全てを含むものです。
 
 航空機の性能は、航空機を製造する企業にとっては、競争力の源泉ですが、空運業者にとっては、与件であるにすぎません。故に、空運業者は、航空機なしには営業できないとしても、その性能に競争力の源泉はないのですから、航空機を所有しなくてもよく、実際、今日では、多くの場合、リース会社から借りて運航しているわけです。
 つまり、ここで重要なのは、どの企業においても、経営の効率化を徹底的に追求していくとき、競争力の源泉とならない資産については、アセットライト戦略、即ち、資産の保有を最小化する経営戦略があり得ることです。例えば、ホテル事業において、競争力の源泉がホスピタリティにあるとすれば、それは内装と家具に体現されるので、ホテルの建物自体については、所有する必要はなく、賃借すれば済むわけで、実際、そうした経営判断を前提として、ホテルの建物を保有して賃貸する不動産投資法人があるわけです。
 
一種の分業ですか。
 
 不動産開発業者の競争力の源泉は、賃料という価値を生み得る建物の創出にあり、ホテル事業者の競争力の源泉は、建物を活用して、滞在におけるホスピタリティという価値を創造することにあり、不動産投資法人の競争力の源泉は、価値のあるホテルの建物を取得して、より価値を高めるようにして、賃貸に供することにあります。アセットライト戦略の前提には、こうした分業体制があるのです。
 分業のもとで、それぞれの段階の専門家として、各事業者が競争することで、ホテル事業は効率化し、成長するわけですが、こうしたホテル事業におけるアセットライト戦略は、物流事業等、広く不動産を利用する事業において、理論的には適用可能です。しかし、当然に、理論的には可能でも、実務上は必ずしも容易ではないわけで、困難なことを可能にしていく過程にこそ、経済の持続的な成長があるのです。
 
リース事業の構造も、分業にあるわけですか。
 
 航空機製造業者の競争力の源泉は、優れた航空機を創出することにあり、空運事業者の競争力の源泉は、移動におけるホスピタリティという価値を創造することにあり、リース会社の競争力の源泉は、航空機を有利な条件で取得する能力と、それを保守管理して賃貸に供する技術にあります。こうして、航空機事業にはホテル事業と同様な分業があるわけです。
 そして、更に、リース会社としての競争力を突き詰めていくと、航空機の所有は本質的な要素ではなくなって、それを投資家等に売却して、賃借し返して、顧客に転貸することになっていくわけです。こうした航空機における事業構造は、原理的には、全ての機材に適用可能であって、リース事業の革新と成長とは、実務的にリース可能となる機材の範囲を拡大させ、同時に、アセットライト戦略を徹底する、即ち、資産流動化等の工夫によって機材の所有を最小化させる方向にあるわけで、こうしたリース事業の成長も、経済の持続的な成長の重要な動因なのです。
 
企業の競争力を規定する資産もありますね。
 
 どの事業でも、常に技術革新が起きていて、それぞれの技術段階に応じて、事業者が競うべき領域が異なってきます。例えば、かつての携帯電話事業では、事業者は通信技術の優位を競っていたので、基地局は競争力を規定する重要な資産でしたが、現在では、通信技術は統一されているので、事業者にとっては、もはや、そこで優位を競う余地はなく、故に、理論的には、基地局という資産はアセットライト戦略の対象になり得るわけです。
 そこで、基地局の保有と運営については、業界の共通基盤とし、各社から分離して統合することが考えられ、実際に、業界の水面下では、そうした検討がなされているはずです。こうして、技術的条件や社会環境が変化していけば、携帯電話事業に限らず、どの事業でも、競争すべきことが協働すべきことに転換し、それに応じて業界に構造改革が起きるわけです。このことは、経済の持続的成長にとって、非常に重要な意味をもつのです。
 
電気事業における送電網も、共通基盤として、分離されるわけですか。
 
 発電、送電、配電は、かつての電気事業においては、不可分の一体の事業でしたが、現在では、異なる事業として分割され、独立しています。発電事業者と配電事業者にとっては、送電事業は協働すべき共通基盤なのですから、将来的には、基幹送電網は、一種の公共財として、統合に向かっていくのでしょう。こうした構造改革は、電気の安定供給のためにも、再生可能エネルギーの普及を目指すうえでも、非常に重要なのです。
 同様に考えれば、鉄道事業においても、これだけ各事業者間の相互乗り入れが拡大している以上は、複数の運行事業者が協調してアセットライト戦略を展開し、軌道保有事業を共通化して分離し、共同の事業基盤にするとしても、少しも驚くべきことではなく、むしろ、自然なことにも思えるわけです。
 
なぜアセットライト戦略が経済成長につながるのでしょうか。
 
 事業者間の競争が経済成長の動因だといっても、不毛な競争、即ち、差別性のないことについての価格競争は、経済の持続的成長に寄与することはありません。事業者は、差別性のない資産の保有については、アセットライト戦略を徹底して、不毛な競争を有益な協調に転換して、各自の差別優位のあるところに経営資源を集中し、真の競争を展開するからこそ、経済の持続的成長に貢献できるわけです。
 また、アセットライト戦略を可能にするためには、どの事業者によっても利用可能なように、対象資産の標準化が必須の要件になります。例えば、携帯電話の基地局を統合するためには、全ての携帯電話事業者が利用できるように、仕様を統一する必要があるわけです。こうした共通基盤における標準化は、それを利用する事業者に対して、費用削減という効果をもたらすことで、社会的価値を創造するわけです。
 
アセットライト戦略は、投資家にとって、魅力ある投資対象を創出するでしょうか。
 
 成長、より具体的にいえば、現金創造能力の成長は、上場企業の社会的使命であって、企業が成長するからこそ、その発行する株式は魅力ある投資対象になるのです。アセットライト戦略とは、差別性がない資産、即ち、現金創造能力の成長に寄与し得ない資産の保有を最小化して、現金創造能力の成長に経営資源を集中することですから、企業の成長戦略そのものなのです。つまり、アセットライト戦略は投資対象としての上場株式の価値を高めるわけです。
 他方で、アセットライト戦略の対象となる資産は、創造する現金が成長しなくとも、安定的に現金を創造するのであって、成長とは異なる投資対象としての魅力を備えています。こうした投資対象の代表こそ、J-REIT、即ち、上場している不動産投資法人なのです。
 
アセットライト戦略の対象となる資産は多種多様なのに、不動産投資法人の取得できる資産は、不動産に限られるのではないでしょうか。
 
 東京証券取引所には、J-REITのほかに、インフラファンドと呼ばれる投資法人が上場されています。しかし、その投資対象は、法令上、および実務上の多数の制約のもとで、現時点では、再生可能エネルギー発電装置のうちの太陽光発電装置に限られています。この現実は、インフラファンドという名称に込められた当初の想定とは、大きく異なっているわけで、その改善が重要な課題となっています。
 インフラとは、その名の通り、産業界の共通基盤となる資産のことであって、産業界の全ての領域において、アセットライト戦略が徹底され、多種多様な資産が外部化されるときに、その全てを含むものでなければならないのです。更には、公共部門においても、国民の生活基盤を支える様々なインフラがあるわけですが、インフラファンドは、そうしたものも含むべきです。
 こうした投資対象拡大の試みは、上場投資法人としてのインフラファンドの枠内において徹底的になされるだけではなく、その限界を超えて、様々な形態において、また、インフラ資産への投資だけではなく、インフラ事業への投資という方式でも、検討されるべきなのです。
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(文責:坂口)

次回更新は、10月16日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。