事業とは、リスクテイク、即ち、リスクをとることであり、不確実性に賭けることです。不確実性に賭けるとは、簡単にいえば、事業の遂行において、結果として、利益を得るか、損失を被るかは、事前に知り得ないことであり、知り得ないにもかかわらず、敢えて、利益を得られるとの確信のもとで、事業の遂行を決断することです。つまり、確信があるからこそ、リスクテイクが可能なのであって、実は、事業の本質は、リスクテイクにではなく、確信の形成にあるのです。
確信は、いかにして形成されるのでしょうか。
滑落死の危険を冒して、登山家が岩壁を登攀できるのは、熟練によって、高度な技術を身に着けているからです。技術があるからこそ、滑落しないとの確信が形成されて、登攀に挑めるのです。逆に、登山家は、確信をもって登攀に挑めるまで、技術の熟練を積むというほうが正しいでしょう。同様に、どのような事業においても、事業者には、その道の専門家としての経験に基づく熟練があり、熟練があるからこそ、事業の継続に確信がもてるのです。
熟練によっては、環境変化に対応できないのではありませんか。
熟練からは、革新は生じません。そして、環境が変化し、それに対応した革新が求められるとき、熟練に基づく確信は揺らぎます。故に、科学的で、論理的な調査研究が必要なのです。宇宙開発事業において、ロケットを飛ばせるのは、緻密な計算によって、ロケットが飛ぶように設計されていて、必ず飛ぶとの確信を技術者がもっているからです。要は、最高度の確信は、論理的な必然性に基づくわけです。
確信のもとでは、リスクをとるとの自覚はなくなるのでしょうか。
リスクをとるとの自覚があるからこそ、確信が形成されるまで、リスクを制御するための最大限の努力がなされるわけですから、確信が形成されても、リスクをとるとの自覚はなくなりません。そして、リスクをとるからこそ、決断が必要であり、逆に、決断するためには、確信が必要になるのです。事業の本質は、より厳密には、確信に基づく決断にあるわけです。
なお、あまり普及していない用語ですが、リスクを制御するために努力することは、ディリスク(de-risk)と呼ばれます。deという接頭辞は、減少させる、小さくするという意味です。ディリスクできるからこそ、リスクテイクできるのですから、事業の実態は、リスクテイクであるよりも、リスクテイクを可能にするためのディリスクなのです。
逆に、リスクテイクすることで、ディリスクが可能になるのではないでしょうか。
リスクテイクできるのは、ディリスクできるとの確信があるからですが、実際にディリスクできるのは、リスクテイクすることで、実践的な知見が得られるからです。故に、確かに、事業の原点はリスクテイクなのですが、事業の実態は、実践的な知見の蓄積によって、ディリスクしていく過程にあるわけです。
ここで極めて重要なことは、ディリスクによって、事業価値が高まることです。これは当然で、事業の創造する利益が同じでも、その確実性が大きいほど、逆にいえば、不確実性が小さいほど、事業価値が高いからです。そして、事業価値の上昇をもって、事業の成長というのなら、ディリスクしていく過程は、事業が成長していく過程だということです。
では、ディリスクが限界に達したとき、事業の成長は止まるのでしょうか。
リスクのない事業、即ち、利益の創造が確実である事業はあり得ませんから、徹底的にディリスクしていくと、必ず、それ以上にディリスクできない点に達します。そして、事業の成長がディリスクの過程なのなら、ディリスクが限界に達したとき、事業の成長は止まるわけです。しかし、ここで重要なことは、成長が止まること自体よりも、成長が止まるときに、事業価値が最大化していることです。
成長が止まり、価値が最大化した事業は、譲渡されるべきなのでしょうか。
企業にとって、事業の成長は必須の要件ではなく、成長しなくとも、安定的に利益を創造する事業は魅力的なのです。しかし、上場企業にとっては、事業を成長させることは責務です。なぜなら、上場とは、事業の成長のための資金を調達することであって、事業を成長させ得ないのなら、上場すべきではなく、既に上場していても、事業を成長させ得なくなれば、上場を廃止すべきだからです。
複数の事業をもつ上場企業の場合は、成長の止まった事業を譲渡することになります。なぜなら、第一に、譲渡の時期としては、事業価値の最大化した時点が合理的だからです。つまり、事業譲渡は、資金調達の手段としての意味をもちますから、より高い価格で譲渡することは、有利な資金調達になるのであって、そうして調達された資金は、別の事業の成長のために、有効に活用されるわけです。
第二に、どの事業にも、いわゆるベストオーナー、即ち、最適な所有者があるからです。つまり、事業の成長が止まったのは、自分がベストオーナーではなくなったからであり、自分とは異なるディリスクの技術をもつ他のベストオーナーに譲渡されれば、事業は再成長し得るということです。
事業のなかには、資産を創出するものがありますが、上場企業においては、創出された資産も譲渡されるべきでしょうか。
資産とは、現金を創造するもので、不動産の収益物件、即ち、賃貸に供されて賃料を生むものは、代表的な資産です。不動産開発とは、収益物件を創出し、それを資産として保有する投資家に売却する事業であって、リスクの大きな開発をディリスクすることによって、リスクの小さな収益物件を創出する事業です。つまり、不動産の開発は、ディリスクによる事業の成長過程であり、開発が済めば成長は止まります。
故に、不動産開発を行う上場企業は、開発済みの物件を投資家に譲渡し、その売却代金を使って、次の開発を行うことで、開発に特化すべきなのであって、実際に、開発済みの物件を不動産投資法人に売却するために、傘下に、その運用会社をもっているはずなのです。なにしろ、今や、不動産投資法人は、投資家として最も有力な存在になっているからです。
しかし、現実には、開発済みの物件の継続保有は常態化していて、成長という上場企業の責務に反する事態になっているばかりか、利益相反の可能性も生じています。なぜなら、不動産投資法人に売却する物件と、継続保有する物件との間で、選り好みが可能だからです。
上場企業は、不動産以外にも、様々な資産を創出し、それらを継続保有していませんか。
ディリスクによって資産を創出することは、成長する事業ですが、資産を継続保有しても、事業を成長させることはできません。故に、上場企業は、資産を創出したときは、それを売却し、事業の都合上、資産の利用が必要なときは、それを賃借すべきなのです。
こうして、資産の保有を最小化する経営戦略は、アセットライトと呼ばれます。アセットライトは資産が軽いという意味ですが、資産を保有しないことで、身軽になるというわけです。アセットライト戦略の典型は、ホテル事業や物流事業を営む企業において、不動産を所有しないことであって、これが可能なのは、ホテルの建物や物流施設を取得する不動産投資法人があるからなのです。
しかし、現実には、上場企業においては、アセットライト戦略は少しも徹底されておらず、売却すべき資産や、賃借に変更し得る資産が大量に保有されていると考えられます。現在、上場企業の純資産倍率の低さが問題にされていますが、その原因は、成長し得ない事業の継続に加えて、成長し得ない資産の保有だと考えられます。
資産保有の受け皿として、投資法人の拡充が必要ではありませんか。
投資法人は、民法上の不動産ならば、何でも取得できますが、その他の資産、例えば、発電設備、輸送用機器、通信施設等の動産、データセンター等の不動産と動産が一体化した施設、知的財産等については、法令等の極めて多くの制約があって、一部の例外を除いて、取得できません。この点の改革は急務です。
・アセット・ファイナンスの社会的意義(2010.4.8掲載)
資金調達の一つの重要な方法に、資産の売却があります。必要な資産を売るから、金融の一つの方法論として、意味をもつのです。このような資金調達方法の総称が、アセット・ファイナンスです。
・金融におけるディリスキングとリスクシェアリング(2016.6.23掲載)
金融におけるリスク管理も、リスクの顕在化を前提として、それに防御壁をもって静的に備えるものではなく、リスクの顕在化を動的に阻止する攻撃的な能力の開発なのではないでしょうか。
・不動産投資法人とスポンサーの一体化は利益相反なのか(2025.9.11掲載)
本来、スポンサー企業は事業成長に純化し、事業性所得獲得を目指すべきであり、REITは安定配当という属性をもつスポンサー企業の種類株式に匹敵するものです。事業性所得と資産性所得を明確に分離すれば自ずと、利益相反の可能性もなくなります。
(文責:城)
次回更新は、9月25日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。