成長してもしなくてもいい投資会社と成長すべき事業会社

成長してもしなくてもいい投資会社と成長すべき事業会社

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
<毎週木曜日 11:30更新>

投資会社という業種があってもいいですし、投資会社のための特別な上場市場があってもよく、更には、普通株式だけではなく、優先株式、あるいは劣後負債等のメザニンの上場市場があってもいいでしょう。
 
 投資という言葉は、様々に異なる状況のもとで、少しずつ違う意味で使用されますが、共通する要素は、語源に従って、資金を投じて、既存の何かを取得する、もしくは新規に何かを創出することです。新規に何かを創出することは、まさしく事業活動そのものですから、企業における投資とは、基本的には、設備投資のように、新しいものを創造する企てのために、未来へ向けて資金を投じることなのです。
 しかし、企業は、既存のものを取得するために、投資することがあります。既存のものに新たな価値を付加することも、企業の事業活動だからです。こうした投資の代表例が企業買収なのであって、買収によって、経営権を取得し、事業の構造改革をすることで、その価値を高めれば、新たな価値が創造されるわけです。また、例えば、既存の不動産物件を取得し、改修によって、その価値を高め、再譲渡する、もしくは、保有を継続して賃貸に供することも、不動産事業における投資のあり方です。
 
投資会社とは、既存のものの取得に特化した企業のことでしょうか。
 
 投資会社とは、事業会社との対比において、使われる名称だと考えられます。事業会社は、基本的には、投資によって新規に何かを創出して、新たな価値を創造するのに対して、投資会社は、投資によって既存の何かを取得し、そこに既にある価値を高めることに特化しています。例えば、企業買収において、事業会社は、事業の拡張が目的なので、買収した企業を解体して、自社に合併しますが、投資会社は、買収した企業の原型を保存し、外側から経営支援を行うことで、その価値を高めるのです。
 現在、東京証券取引所には、こうした投資会社として、いくつかの企業が上場していますが、その多くは、食品、印刷、非鉄金属などの特定の業種の範囲内で、同業の企業を買収しています。つまり、事業領域が先にあり、その領域における事業遂行の方法として、投資会社としての経営戦略が採用されているのです。おそらくは、業種特化なのは、領域を狭くすることで、知見を集中させて、経営支援を深く高度化させるためであり、逆に、専門的知見に限界があるので、業種特化になるのでしょう。
 そして、こうした投資会社の戦略には、いわゆる事業承継の問題が深く関係しています。非公開企業の多くは、創業者や、その一族によって、株式の大半が所有されている同族企業ですが、そこでは、株主の高齢化に伴い、事業承継、即ち、保有株式の移転が急務となっているわけです。こうした状況のもとで、投資会社は、上場企業としての資金調達力を活かして、事業承継問題に直面する企業のうち、優良なものを厳選して買収できる絶好の機会を得ているのです。
 
不動産投資法人は、不動産の取得に特化した投資会社なのですか。
 
 東京証券取引所には、いわゆるJ-REIT、即ち、不動産投資法人の上場市場があります。これは、まさしく、不動産の取得と保有を目的とした投資会社ですが、株式会社の形態をとらずに、投資法人、即ち、会社型投資信託の形態をとっているのは、税制の特例措置の適用を得るためです。つまり、投資法人は、一定の条件を充足すれば、支払い配当の損金算入が認められて、事実上、法人税が課されないので、投資家にとっては、法人税と所得税の二重課税が回避されるのです。
 しかし、投資法人は、税制の特例措置の適用を得ていることの反対効果として、非常に多くの制約のもとに置かれます。例えば、法制上は、投資法人は、再生可能エネルギー発電設備と公共施設等運営権にも投資できて、そのための投資法人は、インフラファンドの名のもとで、J-REITとは別の市場に上場されていますが、現実には、多くの制約のもとで、太陽光発電設備だけにしか投資できておらず、ファンドの数も、現状、5本しかないのです。
 
投資法人に課される制約とは、どのようなことなのでしょうか。
 
 技術的な問題点を捨象して、本質的な論点に絞れば、第一は、資産性所得と事業性所得の峻別です。ある資産について、資産性所得とは、それを賃貸に供して得られる賃料であり、事業性所得とは、それを稼働させて得られる事業収入になりますが、投資法人は、資産性所得しか得られないのです。つまり、投資法人は、保有資産を賃貸に供することに付随する業務しか行うことができないわけです。
 通常の不動産であれば、この制約は大きな問題にはなりませんが、例えば、発電設備の場合、賃貸に供することの一環として設備の保守を行うことと、発電事業の一環として設備の運用を行うこととの境界は、不明確なのですから、賃貸であることの要件を厳格に解すれば、投資法人として、取得できる発電設備は限られるのです。
 第二は、不動産と動産の峻別です。不動産投資法人は、不動産を取得できても、原理的に、動産を取得できず、逆に、インフラファンドは、現制度下では、動産を取得できても、不動産を取得できません。故に、例えば、データセンターのように、不動産と動産が一体化した資産は、不動産投資法人にも、インフラファンドにも、取得できないのです。
 
では、制約を回避するために、不動産等に投資する投資会社を株式会社の形態にすればいいのではないでしょうか。
 
 株式会社形態にすれば、無制約になるという利益を得て、税制の特例措置の適用がなくなるという不利益を被りますが、両者を比較したとき、著しく不利益が大きいとはいえないでしょう。また、不動産等を対象とした投資会社の性格上、収益が安定しているので、債務性のある資金調達手段によって、投資家の資金を受け入れれば、課税所得を圧縮することもできるわけです。
 
ところで、東京証券取引所では、市場区分を見直しているようですが。
 
 東京証券取引所においては、現在、市場区分の見直しが極めて重要な課題になっています。背景には様々な論点があるのでしょうが、その一つは、株式市場の主要部分においては、上場企業に明確に企業価値の成長を求めること、逆にいえば、原則として、企業価値を成長させ得る企業だけで、中核となる株式市場を構成することだと考えられます。
 企業にとって、有力な成長戦略は、いわゆるアセットライト、即ち、資産の保有を最小化することです。なぜなら、成長し得るのは事業性所得だけで、資産性所得は、資産に内包されている価値が展開していくだけで、成長し得ないので、成長し得ないものを除けば、上場企業の価値の成長率は高くなる道理だからです。そこで、J-REIT市場は、既に、そうした成長し得ない不動産の受け皿となっていて、更に、多様な資産の受け皿として、インフラファンド市場の拡張が急務になっているわけです。
 
投資会社という業種はあるのでしょうか。
 
 企業買収に特化した投資会社は、現在の東京証券取引所では、投資対象の主たる業種に応じて、業種区分されています。しかし、上場している投資会社の多くが業種特化であることは一つの偶然であって、今後、業種にとらわれない投資会社が登場してくる可能性もあるので、投資会社自体を特殊な業種とすることも検討されるべきでしょう。
 
投資会社の市場の創設はあり得るでしょうか。
 
 株式市場の主要部分から、成長し得ないものを除くために、投資会社の市場を創設することは有益でしょう。なぜなら、例えば、事業承継に重点を置く投資会社の場合、投資目的は、必ずしも価値の成長ではなく、成熟事業としての安定的価値の取得かもしれないからです。新市場が創設されたとしても、投資会社として、投資対象を積極的に入れ替えることで、企業価値の成長を目指すのなら、主たる株式市場に上場すればいいだけのことです。
 また、株式会社の形態で、インフラストラクチャー資産等に投資する投資会社の場合には、税制上、投資家にとって有利となる投資対象として、負債性のある出資証券について、上場市場を創設することも一案でしょう。更には、投資会社に限らず、どの株式会社についても、いわゆるメザニン、即ち、優先株式等の負債性のあるものの上場市場を作ることは、企業の資金調達手段を多様化させるものとして、有益だと考えられます。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
総合商社は投資会社的商社なのか商社的投資会社なのか(2025.8.21掲載)
本コラムでは、投資会社について、「総合商社」を軸に、事業承継を投資機会とする企業やプライベートエクイティなどの複数の企業形態の特徴と機能と比較しつつ解説しています。

投資法人は不動産と動産が一体化したものを取得できるのか(2025.8.28掲載)
不動産と動産の境目、J-REITとインフラファンドの特徴について解説しつつ、「投資法人」にこだわらず、より広い視点で考える必要があることを論じています。

なぜ日本には真のインフラストラクチャー投資がないのか(2025.9.4掲載)
日本では、投資法人による事業性投資が制限されているため、インフラファンドの投資対象は厳しく定められています。こうした背景から、日本においては「真のインフラ投資」の進展は難しい現状にあります。
(文責:林)

次回更新は、10月2日(木)になります。
ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録 
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。