上場企業の使命は、リスクの高い事業創造を行い、それをディリスクして、価値を高めて譲渡し、その譲渡代金で新たにリスクの高い事業創造を行うことにあるのです。
企業とは、有形無形の様々な資産を保有し、それを稼働させて、現金を創造する装置なので、企業の持続可能性とは、現金を創造する能力の持続可能性になります。故に、基本的には、創造される現金をもって、資産を更新していけば、企業の持続可能性は維持されるわけです。
しかし、社会環境は変化していくので、同一の資産構成を維持し、同一の方法で稼働させていても、いずれは、現金創造能力が枯渇してしまいます。そこで、企業は、常に、未来へ向けての投資、即ち、新たな現金創造の仕組みを構成するために、新たな稼働方法のもとで、新たな資産の取得を行うわけです。このとき、未来への投資の原資は、過去の投資が生み出した事業から創造される現金です。こうして、企業は過去の継続と未来の創出との異なる二側面をもつのです。
例えば、不動産業における保有と開発ですか。
不動産業の企業は、既に開発の終わった物件を保有し、それを賃貸に供して現金を創造し、その現金を新規の物件の開発に投じています。一般に、一つの事業を不動産の物件開発とみなせば、どの企業でも構造は同じで、過去に創業され、現金を創造している事業があって、その現金を新規の事業の創業に投じているわけです。
そこで、理論的には、企業価値は、過去から継続する事業の価値と、未来へ向けて構築途上にある事業の価値との合計になりますが、ここでの問題は、過去と未来とでは、価値評価の方法が大きく異なることです。つまり、過去から継続する事業は、現に現金を創造しているのですから、その持続可能性について一定の仮定をおけば、高い精度で事業価値を測定できますが、未来へ向けた新規事業開発については、不確実性が大きくて、価値の測定精度が低くなるわけです。
未来の不確実性を過去の安定性で吸収しているのでしょうか。
企業が不確実性の大きな未来へ賭けていけるのは、不確実性の小さな過去からの事業があるからです。つまり、未来への投資は、現金を生んでいなくとも、現金を創造している過去の事業があるので、その損失が吸収されて継続可能になるのであって、継続されるからこそ、いずれは現金を創造する事業に成長していくわけです。
さて、ここで問題になるのは企業に出資している投資家の期待です。第一に、そもそも、企業は、事業の不確実性を吸収するために、株式の発行によって資本を充実させているのであって、故に、投資家の期待は、基本的には、未来への事業の成長にあるのではないか、ならば、過去の事業は不用ではないかという点、第二に、逆に、投資家の期待は多様であって、事業の安定的な持続可能性を選好する投資家にとっては、未来の事業創出は不用ではないかという点です。
例えば、不動産業においては、開発業と賃貸業を分離するということですか。
不動産開発を行う企業は、多くの場合、開発済みの物件を保有し、賃貸業を併営しています。賃貸業の収益力が開発業を可能にするからです。特に、重要なのは、開発のための資金調達は、賃貸業における保有物件の価値があるからこそ、可能になっている点です。しかし、不動産の開発と賃貸とでは、事業の性格が違っていて、不確実性の程度が大きく異なるのであって、両者を混在させることは、必ずしも投資家の真の利益に適うとはいえないわけです。
そこで、不動産の開発と賃貸とを分離することが考えられます。つまり、開発業者は、開発の終わった物件を売却して、その売却代金で次の開発を行うことにより、開発専業者になり、賃貸業者は、保有物件の価値を利用して資金調達することで、新たな物件を取得して、賃貸専業者になることができるのです。しかも、賃貸専業者の場合は、必ずしも企業である必要はなく、不動産投資信託でもよくて、不動産の安定的な賃料収入に魅力を感じる投資家は、不動産投資信託に投資し、開発による不動産価値の大きな上昇に期待する投資家は、開発業者の株式に投資すればいいわけです。
オリジネーションとディストリビューションの分離ですか。
不動産の開発と保有の分離と同様に、ノンバンク、即ち、預金取扱金融機関ではない貸金業者についても、一方で、貸付債権のオリジネーション(origination)、即ち、融資の実行を行い、他方で、貸付債権のディストリビューション(distribution)、即ち、特定目的会社への売却によって資金を再調達すれば、融資実行の専業者になれるわけです。
特定目的会社は、資産担保証券(asset-backed securities、ABS)、即ち、貸付債権を担保とした特殊な社債を発行して、債権を取得するための資金を調達するので、安定的な金利収入に魅力を感じる投資家は、ABSに投資し、融資実行による価値創造に期待する投資家は、ノンバンクの株式に投資すればいいのです。
一般に、企業は新たなものの創造に特化すべきなのでしょうか。
企業の株式に投資するとき、投資家の期待は、基本的には、事業の成長による株式価値の上昇にあるはずなので、その期待に応えるためには、企業は新たなものの創造に特化すべきだと考えられます。つまり、どの事業でも、成長するにつれて、現金創造能力の安定性は高くなりますが、同時に、成長率は低下していくのですから、低成長となった事業については、他社に譲渡して、その譲渡代金をもって、次の新たなものの創造を行うべきだということです。
ただし、いうまでもなく、こうした議論は、株式を上場している企業についてのみ当て嵌まることです。株式を上場し、投資家を募れば、必然的に、新たなものの創造に賭けていき、常に高い成長率を維持することについて、投資家に責任を負うわけです。それが上場することの意味なのです。
成長率の低下した事業について、譲渡先はあるのでしょうか。
保有を目的とした専用の仕組みは、開発済みの不動産や貸付債権の場合には設計できていますが、一般の事業については、現実的なものとしては、考え得ませんから、安定的に現金を創造していても、成長率が低下している事業は、非公開化されるか、他の企業へ譲渡されるほかありません。実際、現在の株式市場では、創業家や経営陣による非公開化は珍しくなくなりました。
他の企業への譲渡については、最近では、ベストオーナー論のもとで、普及してきています。つまり、ある企業の経営基盤のもとで成長限界に達している事業でも、ベストオーナー、即ち、当該事業にとって最適な経営基盤をもつ別の企業のもとでは、再成長軌道に乗り得るということです。
上場企業の本質は、大きな不確実性のある事業に賭け、不確実性を小さくしてから、その事業を譲渡することにあるのでしょうか。
不確実性は、片仮名でリスクと呼ばれるのが普通ですが、ディリスク(De-risk)という言葉は、未だに普通のものとしては、定着していません。deという接頭辞は、除去するとか、低下させるという意味ですから、ディリスクとは、リスクを低下させるという意味です。つまり、リスクは静態的に一定ではなく、能動的な関与によって、動態的に変化させ得るものなのです。
例えば、銀行は、信用リスク、即ち、融資の元利金の返済が滞ることに関するリスクをとるわけですが、融資先企業の経営改善に深く関与することで、信用リスクをディリスクできるのであって、融資の本質は、静態的な信用リスクをとることではなく、動態的な信用リスクのディリスクにあるわけです。
銀行においては、信用リスクに応じて自己資本が配賦されていますが、ディリスクによって解放された自己資本は、新たな信用リスクをとることに投じられます。つまり、過去の融資をディリスクするからこそ、未来へ向けて、新たなる融資が可能になるのです。
同様に、上場企業の使命は、リスクの大きな事業の将来成長に賭けることなのですが、そこに留まるものではなくて、事業のリスクをディリスクすること、即ち、現金創造能力を安定化させることで、事業の価値評価を合理的にできるようにして、それを高い価格で売却し、その売却代金を新たにリスクの大きな事業に賭けていくことなのです。
・事業の連続的な譲受こそ企業経営の本質だ(2024.5.16掲載)
事業の属性やステージを鑑み、企業は最も成長させることができる事業を選別して所有するべきであるという考え方やベストオーナー論について説明しています。
・レガシーを上手に使わないと未来はないぞ(2020.11.26掲載)
過去に生み出した資産であるレガシーを活用し、資金調達することによって、新しいものの創造に賭けることの重要性について論じています。
・アセット・ファイナンスの社会的意義(2010.4.8掲載)
企業が保有する資産を売却して資金調達を行うアセット・ファイナンスの意義や、それを通じて企業が果たすことのできる役割について論じています。
(文責:酒見)
次回更新は、7月24日(木)になります。
ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録

森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。