銀行が普通の会社になるとき誰が一番困るのか

銀行が普通の会社になるとき誰が一番困るのか

森本紀行
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中古車販売会社のビッグモーターの不正が損害保険の需要を創造し、スルガ銀行の不正が融資の需要を創造していたことは、金融における真の成長とは何かについて、深刻な反省を強いるものです。
 
 中古車販売会社のビッグモーターの自動車修理部門においては、故意に車を傷つけて、保険金を過大請求する不正が行われていたとのことです。なるほど、自動車修理業者の立場からすれば、事業の成長とは、事故による損害の増加拡大なのであって、しかも、損害保険契約が付されているので、修理代金は、保険会社に請求することで、確実に回収できるというわけです。
 また、損害保険会社の立場からすれば、保険金支払いの増加は損失であるようにみえて、実は、その損失は、保険料が事故率の上昇によって引上げられて、保険契約者に転嫁されるので、損害の増加拡大は、損害保険事業の成長になるわけです。つまり、損害保険会社側に悪意がなかったとしても、結果的には、顧客の犠牲のもとで、自動車修理業と損害保険業が共存共栄する構図が成立していたのです。
 
スルガ銀行の不正融資事件と全く同じ構図ですね。
 
 かつては、スルガ銀行の経営理念は、顧客の夢に日付を入れることでした。確かに、夢の実現のための原資を銀行が融資すれば、顧客の将来の夢に今日の日付が入るわけですから、この経営理念は、金融の本質が時間であることを正当にとらえたものであり、かつ顧客本位なものであったのです。
 しかし、その後、スルガ銀行は、夢先案内人を標榜し、顧客の夢を大きく膨らますことで、融資量の増大を図るようになります。その挙句の果てに、投資用不動産の取得のための融資を積極的に拡大するなかで、不動産事業者との間で、不正な連携に陥っていき、ついに、2018年10月5日に、金融庁から行政処分を受けるに至るのです。
 このように、スルガ銀行において、融資の量を成長させるために、資金需要を創造しようとし、不動産事業者と結託して、不良な不動産投資案件を濫造したことは、損害保険業の成長の背後に、ビッグモーターの不正があるのと全く同じ構図なのです。
 
そもそも、成熟経済において、量における成長を経営目的となし得るのでしょうか。
 
 医療産業において、いかなる意味において、成長があり得るのかは大きな問題です。まさか、ビッグモーターのように、病気や傷害を増やして、医療行為や医薬の消費量の量的な増加につなげることはできないのであって、医療の高度化による単価の上昇という質的な成長はあり得るとしても、より本質的には、治療から予防へという脱医療の先に、新たなる健康産業のあり方を模索することになるのでしょう。
 同様のことは、損害保険業界にも当てはまります。実際に、自動車保険の分野では、金銭的な実損の填補という金融的な側面での成長が限界に達するなか、事故の処理と解決という非金融の顧客支援へと、保険を超えて、機能の高度化をさせてきたはずで、更に、その先には、事故の予防に向かう道筋があるのです。
 銀行業においても、融資の量的な成長を図るために資金需要を創造することは、不健全の極みであって、成長機会があるとしたら、融資に付随した顧客支援の諸機能を強化することで、質的な成長、即ち、金利の引き上げや役務収入の拡大を目指していきながら、顧客の資金使途そのものの直接的な実現という非金融の領域へ展開していくしかないわけです。
 要は、成熟経済のもとでは、自然な量的拡大の生じる領域が限られるなか、損害保険にしても、融資にしても、伝統的な量的な成長志向が追求されれば、不健全な帰結の生じることは避け得ないわけですが、逆に、多方面において、構造変革による質的な成長機会が生じるのですから、成長戦略の抜本的な転換が必要だということです。
 
銀行は非金融の領域へ展開できるのでしょうか。
 
 シェアリングの進展は、一方で、物品を取得するための融資需要を減退させますが、他方で、非金融分野であるリースとレンタルに大きな成長機会を提供します。また、住宅についていえば、住宅ローン市場の拡大はないとしても、住宅仲介の事業には成長機会が残りますから、金融の住宅ローンと非金融の住宅仲介を統合させたノンバンクによって、住宅の購入と賃貸について、顧客の利益の視点で、選択的に提供できることになり、顧客本位な新しい事業機会が創造されます。
 実は、リース会社やノンバンクは、既に、銀行の子会社として、あるいは銀行持株会社の傘下の銀行の兄弟会社として、設立されています。しかし、これらの銀行系のリース会社やノンバンクについては、銀行が高度に規制されていることの影響を受けて、業務範囲が厳しく制限されていて、レンタルや住宅仲介に参入できなくなっているのです。
 
そこで、銀行持株会社の業務範囲の見直しという金融行政の課題が生じるわけですか。
 
 スルガ銀行の問題には、銀行規制の狭い枠組みのなかで成長を志向したことの帰結という側面があって、最深の根底においては、経済の成熟のもとで、銀行機能への需要に構造変化が起きたために、旧来の銀行規制に制度疲労が生じている事実があるわけです。しかし、銀行自体の規制には変え得ない要素が多いので、金融行政にとっては、銀行持株会社の業務範囲の拡大が重要な課題になるわけです。
 ここでの大きな問題は、銀行が兄弟会社のリース会社とノンバンクに集中融資していることです。銀行持株会社に対する高度な規制のもとで、傘下のリース会社とノンバンクは、一方では、業務範囲が厳しく制限されますが、実は、他方では、兄弟会社の銀行からの集中融資が許容されているのです。業務範囲規制が撤廃されれば、当然に、集中融資は禁止されざるを得ないわけです。
 しかし、そもそも、銀行にとって、特定企業への集中融資は許されないことであって、銀行子会社および銀行持株会社傘下の兄弟会社に対する集中融資は、特殊な例外にすぎないのであって、それが禁止されても、銀行にとっては、原理原則に回帰するだけですから、大きな不都合はないはずです。
 
リース会社とノンバンクの資金調達にとっては、大きな不都合ではないでしょうか。
 
 リース会社とノンバンクの資金調達は、本来は、株式、普通社債、資産担保証券などの発行を通じて、資本市場において、なされるべきであって、銀行からの融資は、その補完にすぎないのであり、借入先の銀行は複数に分散されるべきものですから、ここでも、原理原則に回帰するだけのことです。
 また、資本市場での調達の拡大は、金融行政の別の側面とも平仄があっています。即ち、金融庁は、個人貯蓄のあり方について、預金から資本市場での資産形成に重点を移そうとしているのですが、このことは、個人貯蓄の反対勘定である企業の資金調達のあり方において、銀行の融資から資本市場調達に移行することに一致するのです。
 
要は、銀行持株会社という特殊な存在がなくなるわけですか。
 
 銀行から発足した銀行持株会社の場合は、業務範囲が制限されているのに対し、普通の持株会社においては、銀行を傘下に入れたとしても、業務範囲が制限されることはありません。金融庁の進める銀行持株会社の業務範囲の見直しとは、究極的には、この矛盾を解消するために、銀行持株会社を普通の持株会社に転換することになるはずです。
 
非銀行系のリース会社とノンバンクは、非常に大きな影響を受けるのではないでしょうか。
 
 非銀行系のリース会社とノンバンクは、銀行系のリース会社とノンバンクの業務範囲が厳しく規制されてきたことにより、特権的に大きな事業機会を確保してきましたから、非銀行系と銀行系の境界がなくなれば、厳しい競争に晒されますが、顧客の利益の視点での真の競争こそ、金融機能を高度化させるというのが金融庁の基本的考えですから、それでいいのです。
 
銀行業の比重の圧倒的に大きい地方銀行は、普通の持株会社に転換できませんね。
 
 銀行持株会社を普通の持株会社にするには、銀行業の比重を低下させる必要がありますが、地方銀行にとっては、条件の充足が困難です。そうしたことから、地方銀行のスルガ銀行と非銀行系のノンバンクのクレディセゾンのように、弱者同士の資本業務提携が企画されるわけです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
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規制業としての銀行の改革について、ノンバンクと非金融の結合の観点で新たな価値を生み出す方法を提言しています。

バンクとノンバンクとの間の越え難き壁を越えるには (2023.7.20掲載)
金融制度の視点からバンクとノンバンクは、明確に棲み分けてこそ、それぞれの存在意義が光るのであって、両者の厳格な規律のもとでの連携はあり得ても、安易な提携や統合はあり得ないことを述べています。

どう銀行が変わると銀行持株会社が普通の持株会社になるのか (2023.8.3掲載)
銀行持株会社の業務範囲の見直しは、金融行政の重点課題となっており、銀行持株会社の問題点と普通の持株会社に転換するための条件について解説しています。
(文責:林)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。