資産担保証券の本質の簡単早わかり解説

資産担保証券の本質の簡単早わかり解説

森本紀行
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企業が資産を売却することは、最も基本的な資金調達方法であって、資産担保証券の発行は、普通の社債の発行とは異なり、投資家に資産売却するための手法の一種なのです。
 
 資産担保証券は、英語のAsset Backed Securities、略してABSの翻訳語ですが、証券とはいっても、債券として投資されるものが主流であり、資産担保とはいっても、発行体の負債に対して資産が担保に供されているのではなく、裏付けになっている資産から創出される現金によって、証券の利金の支払いと元本償還がなされるわけです。
 資産担保証券の仕組みを抽象的に表現すれば、ある資産の集合を一つの束にし、それを何らかの法律上の器に収めて、その器から、そこに収納されている資産の収益力を裏付けとして、証券を発行することになります。つまり、概念的には、資産担保証券の発行体は資産の塊そのものなのです。

資産の流動化によって発行される証券のことでしょうか。
 
 企業は、資金調達の方法として、保有する資産を担保に供して、社債を発行したり、融資を受けたりできますが、その担保にすべき資産を売却することもできて、当然のことながら、どちらか有利なほうを選択します。その際、資産売却には、貸借対照表を小さくして、経営諸効率を改善する効果のある点も考慮されます。こうした資金調達を目的とした資産の売却は、流動化と呼ばれ、なかでも、資産担保証券の発行を目的として、その発行のための器に売却することは、証券化と呼ばれます。
 
流動化は法律で規制されているのでしょうか。
 
 日本では、「資産の流動化に関する法律」が流動化を規制していて、諸外国でも、同様の法制度があるのだと考えられます。この法律は、広義の資産担保証券の発行手続きを規制するものですから、法律のいう流動化とは証券化のことであって、証券化のための法律上の器として、特定目的会社と特定目的信託との二種類が規定されているわけです。
 
問題は、債券としての特性をもった資産担保証券の備えるべき属性ですね。
 
 「資産の流動化に関する法律」では、流動化の対象となる原資産として、広範なものが想定されています。しかし、資産担保証券を債券の一種として考えるときは、広義の資産担保証券の全てが投資対象になるわけではなく、流動化される原資産が備えるべき属性と、流動化の手法について、一定の要件が充足されるべきです。
 ここで、自明ながら、それでも極めて重要なのは、資産担保証券の基本属性は原資産の基本属性に規定されることであって、故に、債券としての資産担保証券については、原資産は、債券的な属性を備えているもの、即ち、利息の支払いと弁済期の約定されている貸付債権になるわけです。つまり、この種の資産担保証券は、いわゆるノンバンクなどの貸金業を営む企業の資金調達手段として、発行されているのです。
 
オリジネーション・アンド・ディストリビューションですか。
 
 オリジネーション・アンド・ディストリビューション(origination and distribution)とは、資金を投じて資産をオリジネートする、即ち、創造したら、それをディストリビュートする、即ち、売却することで投資資金を回収し、回収された資金を次の資産創造に再投資することであって、ディストリビューションは、次のオリジネーションのための資金調達になっているわけです。
 この手法は、企業にとっては、資金調達額の圧縮、調達手段の多様化、経営諸指標の改善などの重要な意味をもち、投資家にとっては、投資対象の拡大という重要な意味をもちます。例えば、不動産業において、開発業者は、開発の終了した物件を投資家にディストリビュートすれば、オリジネーションに特化できて、資金調達の必要性を最小化して、貸借対照表を圧縮し、経営効率を高めることができ、投資家は、新たな投資対象としての不動産を得るわけです。
 同様にして、資産担保証券は、貸金業にオリジネーション・アンド・ディストリビューションが適用されるときに発行されるもので、貸金業の経営効率を高めて、投資家に対しては、債券の形態において、実質的に貸付債権の集合への投資機会を提供するものなのです。
 
オリジネーションする側と、ディストリビューションを受ける側との間に、情報の非対称性があるのではないでしょうか。
 
 不動産の流動化においては、買い手が実物の状況を調査確認できるので、売り手と買い手との間に情報の対称性があり、また、買い手側に資産価値維持のための管理能力を備えることができますが、貸付債権の証券化の場合には、融資を実行した売り手側に情報の圧倒的な優越があって、買い手との間に情報の対称性が成立しませんし、買い手が債務者の状況変化に応じた債権管理をすることは不可能です。
 そこで、貸付債権の証券化においては、小口債権を大量に集積して大きな塊を形成することで、原資産の属性を統計的に安定させて、情報の非対称性と債権管理不能という難問を回避しているわけです。証券化の対象の主流が主として個人向けの貸付債権であるのは、このようにして、小口債権の大量集積という要請に適合させるためなのです。
 
住宅ローンが最適ですね。
 
 資産担保証券の代表例は、住宅ローンの証券化によって発行されるもので、英語でMortgage Backed Securities、略してMBSと呼ばれる類型です。しかし、住宅ローンは元利均等もしくは元本均等の返済になっているため、MBSには、元本の部分償還が月次で発生するばかりか、繰上返済による不確実な部分償還もあります。このことは、MBSを非常に特殊な債券にするわけです。
 
不動産向けの貸付債権のように、属性が安定しているものは、小口でなくとも流動化できるのではないでしょうか。
 
 資産担保証券のなかには、英語でCommercial Mortgage Backed Securities、略してCMBSと呼ばれる類型がありますが、その原資産となっているのは、不動産向けの貸付債権です。この貸付債権は、ノンリコースローン(non-recourse loan)で、融資対象の不動産が創造する賃料収入だけが元利金の支払い原資になっていて、既に原資産の段階において、資産の収益力だけに依存する資産担保証券の特性を備えています。
 つまり、不動産向けノンリコースローンは、小口債権ではないにしても、それが実行可能であるためには、対象不動産の創造する賃料収入の安定が前提になっていますから、多数のノンリコースローンを束にすれば、証券化の条件を充足できるわけです。こうして、投資家にとって、CMBSは、債券の属性を備えつつも、不動産の賃料収入を淵源にもつ投資対象になるのです。
 
企業融資も資産担保証券の対象になるでしょうか。
 
 英語でCollateralized Loan Obligation、略してCLOと呼ばれる類型の資産担保証券があります。ここでいうLoanは、中小企業向けの貸付債権であって、原資産の収益力の安定性は資産担保証券の絶対的な要件ですから、対象資産としての適格性を明らかに欠いています。そこで、CLOでは、多数の貸付債権を束にすることで、要件充足を目指しているのです。
 しかし、貸付先の分散だけでは、債券としての属性を備えた資産担保証券は作れないので、CLOでは、トランチングtranching)が使われます。トランチングは、フランス語で一切れを意味するトランシェ(tranche)に語源があって、多数の貸付債権の集合について、優先権の異なる複数のトランシェを切り分ける技術を意味していて、最も優先順位の高いトランシェに債券的な性格を与えるものです。
 
トランチングは、2008年のアメリカに端を発した金融危機の原因とされるものですね。
 
 かつて、アメリカにおいては、サブプライムと呼ばれる住宅ローンのMBSが大量に発行されていました。サブプライムは、その債務者の信用状況が通常の住宅ローンよりも劣位にあるので、MBSの対象資産にはなり得ませんが、サブプライムMBSでは、トランチングにより、最下層のトランシェに巨大な信用リスクを濃縮して、高い信用格付をもつ上層のトランシェを大量に創出していました。故に、下層の基礎が崩れた瞬間に、一気に上層のトランシェを倒壊させて、金融危機を引き起こしたわけです。
 この経験を踏まえて、さすがに現在では、節度のあるトランチングによって、資産担保証券の発行がなされているはずですが、トランチングのある資産担保証券については、信用格付を妄信することなく、仕組みを十分に理解したうえで、慎重に投資しなければなりません。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
住宅ローンが欲しいのではない、住宅が欲しいのだ (2015.12.17掲載)
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無用になった銀行が消えた後に残る必要なもの (2018.5.10掲載)
銀行の果たしてきた社会的機能は銀行でなくとも供給できる、むしろ銀行でないほうが効率的に提供され得る。そういう可能性が急速に現実味を帯びてきて、銀行の存在意義が揺らぐなか、改めて銀行とは何か、銀行でなくてはならない必然性はどこにあるのかを問うています。

モーゲージ債が難しいのは金利変動が繰上返済を左右するから (2023.3.23掲載)
モーゲージ債は住宅ローンの証券化によって発行されるものです。住宅ローンは元利均等もしくは元本均等の返済になっているため、モーゲージ債には、繰上返済による不確実な部分償還が発生します。金利が繰上返済に与える影響について解説しています。
(文責:林)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。