資産運用の腕前が上がるのは規律をもって賭けるから

資産運用の腕前が上がるのは規律をもって賭けるから

森本紀行
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金融庁が重点施策として資産運用の高度化を掲げるとき、資産運用の能力について、何をもって高低を判定しようとするのか。そもそも、資産運用の能力とは何か。
 
 資産運用の成果の多くの部分は、市場要因、即ち投資対象が所属する市場全体の価格変動と利息配当金等の平均的水準によって、説明されます。市場要因では説明され得ない部分の多くは、投資戦略、即ち運用者の意図によって説明されます。こうして、市場要因で説明される部分を市場効果、投資戦略で説明される部分を戦略効果と呼べば、運用成果は、市場効果、戦略効果、そのどちらでも説明できない残差の三つに分解されるわけです。
 市場効果は、投資が意味をもつための必然的要請として、中短期的には負の値になり得ても、長期的には正の値になります。戦略効果は、一般的には、短期的には負の値になり得ても、中長期的には正の値になります。中長期的な戦略効果が負の値になれば、戦略としての意味を喪失し、放棄されていくので、残存している投資戦略においては、戦略効果が正の値になるはずだからです。
 説明不能の残差は、それが戦略効果を測定する誤差であるのならば、中長期的にゼロになるはずです。しかし、中長期的にゼロにならず、正もしくは負の値をとるのならば、資産運用の能力によって説明されることになります。
 
資産運用の能力の指標は、戦略効果ではないのですか。
 
 投資戦略は運用者の意図であって、客観的に説明され、記述され得るものです。逆に、客観的に説明されない運用者の意図は、投資戦略とは呼ばれ得ないのです。故に、投資戦略は誰にでも複製可能であって、複製可能なものに運用者の能力を認めることはできません。つまり、意図することは能力ではないのです。
 別のいい方をすれば、投資戦略とは、市場の全体を投資対象とするのではなく、客観的に定められた条件に従って、投資対象を限定することです。そして、資産運用の能力は、その限定された範囲において発揮されるものなのです。
 
投資戦略とは、投資対象の制限ですか。
 
 例えば、債券市場の全体に対して、信用リスクの指標である格付を用いて、トリプルB以上の格付のものを投資適格債とし、ダブルB以下の格付のものをハイイールド債とすれば、投資対象を投資適格債に限定した戦略と、ハイイールド債に限定した戦略ができて、それぞれの戦略効果は市場効果との差分として簡単に計測されますが、そこに資産運用の能力が含まれないことは明らかです。
 実際の運用においては、限定された銘柄の全てに投資するわけではありませんから、運用成果は、市場効果と戦略効果との合計に一致しません。その差が中長期的に正または負の値をとるとき、そこに運用者の銘柄選択の能力が現れるわけです。
 
投資戦略が投資対象の制限だとすると、意図的に戦略効果を負の値にすることもあり得るわけですか。
 
 そもそも、投資適格債という戦略は、信用リスクを制限するために生まれたものです。信用リスクを制限することの意図は、多くの場合、正の値の戦略効果を狙うのではなく、内規等で定められたリスク管理の基準を満たすことですから、戦略効果が中長期的に負の値になったとしても、戦略が放棄されることはありません。
 つまり、理論的には、資産運用の目的は、リスクと運用成果との関係における効率性の実現、即ちリスクに対応した成果の最大化であって、絶対的な成果の最大化ではないので、戦略効果が負の値となって、市場効果よりも低い成果となっても、リスクとの関係において効率性が保たれていれば、少しも問題ではないのです。
 
資産運用の能力は、どのように評価されるのでしょうか。
 
 市場効果は、投資対象とすべき市場の選択と各市場への投資額の配分との関係において、評価されますが、資産の選択と配分は、運用資金の使途等によって規定されることですから、資産運用の技術以前の問題です。戦略効果は、既に述べたように、リスクと成果との関係の効率性によって評価されます。
 資産運用の能力については、実際の運用成果から市場効果と戦略効果を控除したとき、中長期的に正の値になるのならば、その存在が背後に推定されるわけですが、過去の実績の将来における再現性が保証されない限り、存在は、推定されても、確認されません。故に、資産運用の能力は、過去の実績の再現性を保証するものによって、評価されます。
 
では、何が再現性を保証するのでしょうか。
 
 市場は連続的に生成変化していて、過去と未来の間に断絶は生じ得ないのですから、過去の経験は将来に活きるはずです。つまり、運用者は、経験を積み重ねて熟練と呼ばれる境地に至れば、生成の自然な流れを感知して、ある程度は、将来の変化の方向を把握できると考えられるのです。過去の実績の再現性を保証するものは、この熟練です。
 他方で、不断の生成は、連続性のなかに、常に、新奇なもの、不連続なものの発生を含んでいますから、運用者は、経験の活きない未知なことに直面し続け、その都度、適宜適切な判断を求められるわけですが、その判断の正しさを保証するものはないのです。つまり、その判断は賭けなのですが、賭けが可能なのは、基本的には熟練に基づく判断がなされていて、賭けの要素が特定され、局所に限定されているからです。
 
賭けの連続が熟練を生むのでしょうか。
 
 賭けは、熟練によって裏付けられて、管理可能性のもとにおかれることで、投機ではなく、投資の判断になります。逆に、賭けによってのみ未知なるものが既知なるものに転換するのであって、そこに、熟練が生じる契機があるのです。つまり、熟練がなければ賭けは投機となり、賭けがなければ熟練は生じないのです。
 
資産運用の能力とは、熟練を生む賭けの能力でしょうか。
 
 当然のこととして、賭けの勝率が五割以上でなければ、賭けの能力は資産運用の能力とはいえません。勝率が五割以上になるためには、賭けの結果は、その都度、事後的に検証されなくてはならず、検証が可能であるためには、賭けは、厳格な規律のもとで、統制されている必要があります。つまり、賭けの能力とは、賭けを規律で統制する能力なのであって、統制されているからこそ、結果が検証され、反省されて、熟練が生じるのです。
 
賭けは、どのように規律で統制されるとき、資産運用の能力になるのでしょうか。
 
 資産運用において賭けが必要なのは、経験に基づく合理的推論によっては決められない事態が常に生じるからです。決められないから決めないのでは、資産運用にならず、決めたことが決めたとおりに即座に実行されなくても、資産運用になりません。規律とは、決めることであり、決めたことを即座に実行することであり、実行した結果を検証して反省することなのです。
 ここで注意すべきは、何もしないとの決定は、不決定による不作為とは根本的に異なることです。つまり、資産運用とは、何かの行動をするにしろ、しないにしろ、日々新たに決断することなのです。例えば、ある銘柄を保有し続けることは、毎日、その銘柄を売らないと決断することであるわけです。
 
速やかな行動へと促すものは確信でしょうが、何が決断に確信を与えるのでしょうか。
 
 資産運用の基本は、投資対象の価値の分析です。価値とは、投資対象が将来的に生み出す純キャッシュフローの現在価値であって、その算定には、将来の不確実な状況について、多くの仮定を置かなくてはなりません。賭けとは、実は、この仮定の設定のことであって、長い経験に基づいた熟練のうえになされるものです。そして、決断に確信を与えるものは、徹底した分析を行ったという自負です。
 
では、最終的に、資産運用の能力とは、投資対象の価値を分析する能力でしょうか。
 
 資産運用の能力は、投資対象の価値の分析についての熟練を前提にしていますが、熟練が生じるためには、不確実な未来について、分析の都度、賭けを繰り返すことが必要です。賭けは決断であり、決断は、規律のもとで実行されてこそ、熟練を生じます。投資対象の価値の分析は、知的な技術ですが、それが資産運用の能力になるためには、規律ある賭けの連続による熟練を要するということです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
資産運用に携わる君よ、賭けているか (2016.1.28掲載)
日本の資産運用の根本的な欠陥は、合議という誰がやっても同様な結論に達するような常識的な推論によって運用がなされており、賭ける能力が欠如している点にあることを指摘しています。このような日本の現実への解決策として資産運用に携わるもの全てがプロフェッショナルとして賭ける能力を養っていく必要があることを論じています。

経営は賭けだからガバナンスが大事なのだ (2021.5.20掲載)
経営者の仕事は論理的に決められないことについて決断すること、即ち賭けです。立派な経営は論理では裏付けることのできない賭けによってなされていきます。このことを念頭に企業経営におけるガバナンスやリスク管理の在り方について述べています。

資産運用に腕前の良し悪しはあるのか (2010.10.28掲載) 
資産運用に腕前の良し悪しはわずかな部分にしか現れません。これは本コラムでも述べている通り資産運用の能力は運用成果から市場効果と戦略効果を除いた部分に現れるためです。そのため運用成果への影響においては運用会社の運用の良し悪しよりも、運用委託者の委託の良し悪しのほうが、圧倒的に重要であることを論じています。
(文責:長澤)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。