株式投資におけるバリュー、カタリスト、バリュートラップ

株式投資におけるバリュー、カタリスト、バリュートラップ

森本紀行
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バリューのある株式、即ち割安な株式に投資することは基本的戦略ですが、多くの場合、バリュートラップ、即ち万年割安に終わるので、いっそのこと、意図的にバリュートラップを狙ったほうがよくはないか。
 
 投資とは、その名の通り、現金を投じて資産を取得することですが、資産は、将来に向かって時間の経過とともに、現金を創出していくので、投資とは、現在の現金をもって、将来の現金と交換することになります。このとき、将来において回収される現金は、投じられる現在の現金よりも多いと期待されていて、その増分が投資の利益になるわけです。
 
株式も、現金を創造するから、資産なのですか。
 
 企業は事業を営むもので、事業は現金を創造する仕組みです。企業は株式を発行して事業活動に必要な資金を募り、投資家は株式という資産を取得することで、発行体企業の事業に現金を投じます。そして、事業が創造した現金は、配当として投資家に還元されるわけです。要は、企業は、事業活動によって現金を創造する装置であり、株式は、その現金を配当によって投資家に分配するから、資産なのです。
 
配当しない企業もあるようですが。
 
 事業活動によって創造された現金から、原価等、営業諸費用等、金利等の金融費用、法人税等を控除した残余が株主である投資家に帰属し、その残余現金は経営裁量によって処分されます。そして、配当性向とは、残余現金のうち配当として支払われる金額の比率のことで、その決定は重要な経営判断となります。なぜなら、配当性向の決定は、逆にいえば、配当流出させずに内部留保され、事業の成長のために再投資される金額の決定だからです。
 事業が成長すれば、再投資された現金は増加されて企業に戻ってきて、配当可能な原資になりますが、それが更に事業に再投資され続けていき、事業の成長が継続すれば、将来に配当可能となる原資は更に増大していきます。そして、いずれは配当されるわけです。つまり、事業が生んだ現金は、配当されずに内部留保されても、将来において配当されるだけでなく、成長の結果として、増大されて配当されるのです。
 
事業が成長しなければ、内部留保は投資家の利益に反しますね。
 
 投資家と企業経営者との対話においては、配当性向は常に重要な論点です。例えば、事業の成長率が低く、かつ、配当可能な現金が内部留保として滞留しているときには、投資家としては、滞留現金を配当するか、もしくは、買収等の事業投資に振り向けるか、非公開化して現金を投資家に返却するか、いずれかの選択を迫るほかないわけです。しかし、遺憾なことに、こうした投資家の当然の要求を無視する企業経営者も多いのです。
 
株式の価値とは、将来の配当の現在価値になるのでしょうか。
 
 企業が創造する将来の現金を合理的な方法で予測し、一定の配当性向を仮定することで、配当の予測値を得て、それを現在価値に割引いて集計することは、配当割引モデルと呼ばれる株式の投資価値評価の伝統的手法です。これには変種があって、例えば、企業が創造する将来の現金そのものを現在価値に割引いても、結果に大差ありません。
 
株式の価格と価値は概ね一致するでしょうか。
 
 株式の価値は、それを算定する人の個人的な予測にすぎませんが、それらの人々は、投資行動の基準として価値算定をしているわけで、自己の予測値を実際の株価と比較して、安ければ買い、高ければ売ります。こうした多数の売買の結果として、株価は変動していくのですから、株価は、常に、全取引参加者の株式価値についての平均的予測値を反映しているはずです。
 そこで、独自の異なる予測判断をもつ不特定多数の投資が常に活発に取引を行い、誰も特別な情報の優位をもたないと仮定したとき、株価は取引参加者の平均的価値判断と常に一致しているという仮説、即ち効率市場仮説が成立するわけです。
 
効率市場仮説のもとでも、価値と価格の不一致があり得るのではありませんか。
 
 価値と価格との恒常的一致は厳しすぎる理論的条件であって、実務的には、価値と価格とは連動するにしても、常に両者間に乖離があると想定されていて、価値が価格を上回るとき、その差はバリューと呼ばれます。英語のバリューは価値のことですが、投資の世界では、特殊な使われ方をするわけです。日本語では、バリューのある状態は割安、価格が価値を上回っている状態は割高と呼ばれています。
 
株式投資の基本は、割安な株式に投資することでしょうか。
 
 株式投資のバリュー戦略が投資戦略としての意味をもつためには、単に割安な株式に投資するというだけでは不十分です。第一に、真のバリューがあるためには、自分の勝手な価値評価に対して株価が安いのではなく、市場参加者の平均的価値評価との対比において安いといえなくてはなりません。つまり、市場参加者によって広く認知される要因があって、それがバリューを生じさせているということです。
 第二に、バリュー戦略は割安な状態が解消していく過程における相対的な株価上昇率の高さを狙うものですから、いかに割安でも割安さの解消が見込まれないものは、万年割安、あるいはバリュートラップといって、バリュー戦略の投資対象にはなりません。トラップは罠のことで、バリュートラップとは、バリューに見えても、人を騙す見かけのバリューにすぎないという意味です。
 故に、第三に、バリュー戦略においては、バリュー解消を起動させる要因が特定されていなければなりません。この要因はカタリストと呼ばれていますが、英語のカタリストの意味は化学でいう触媒で、触媒は、手元の岩波書店の国語辞典によれば、「化学反応の際に、それ自身は変化せず、他の物質の反応速度に影響する働きをする物質」です。反応速度が重要なのは、バリュー解消に長期間を要するようでは、バリューではなくて、バリュートラップになるからです。
 要は、バリュー戦略においては、広く認知されたバリューの原因があり、その原因が除去されればバリューは解消するのですから、バリューの発見に意味はなく、問題は時間だけです。故に、決定的に重要なのはカタリストの見極めであって、バリュートラップとは、要は、カタリストのないバリューなのです。
 
どのようなときに、バリューは発生するのでしょうか。
 
 先ほどの例のように、事業の成長率が低く、かつ、配当可能な現金が内部留保として滞留している企業があって、経営者が適切な対応をとらないときは、株価は低迷して、多くの場合、バリューを生じます。しかし、こうしたバリューは、バリュートラップである可能性が高いのです。それは当然で、カタリストは経営者の意識改革でしかなく、意識改革できるような経営者なら、バリューになったはずもないからです。
 また、多角化も典型的なバリューの原因です。多角化とは、既存の中核事業がもつ様々な経営資源を利用して、中核事業の周辺に新規事業展開することですが、多角化の失敗、あるいは、多角化が成功したとしても、既存の中核事業の収益性に劣後するときには、本来の中核事業だけを評価したときの企業価値に基づく株価よりも、実際の株価は低くなります。全く同様に、買収の失敗も代表的なバリューの原因です。
 この場合、カタリストは多角化事業、あるいは買収事業からの撤退という経営の決断です。適切な経営判断がなされなければ、低迷している株価は、高収益な中核事業を手に入れようとする外部の買収者に対して、格好の標的を提供しますから、被買収が次のカタリストになります。
 
資産の運用効率が低いこともバリューの原因にならないでしょうか。
 
 先ほどの例のように、過大な現金を留保している企業の場合、バリューの原因を保有資産の利用効率の低さであると説明することもできます。また、不動産等についても、遊休不動産を保有するのは論外の沙汰として、事業に必要な施設や設備等には、売却して賃借し直す等選択肢もありますから、資産保有の効率化が十分でないときは、バリューを生じやすいわけです。この場合も、カタリストは経営者の意識改革ですから、バリュートラップである場合が多いと考えられます。
 
バリューの多くがバリュートラップなら、逆手にとって、バリュートラップ戦略もあり得ませんか。
 
 株価の更なる低下余地が小さく、株価が低い分、配当利回りが高いのなら、バリュートラップでもいいではないか、この大胆な開き直りこそ、日本の現実に最も適合した投資戦略かもしれません。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
バリューとカタリスト (2010.1.28掲載)
バリュー戦略においては、バリュー解消を起動させる要因が特定されていなければなりません。この要因は「カタリスト」と呼ばれていますが、「カタリスト」に焦点をあてた内容です。

日本の株式市場は宝の山だ (2011.9.8掲載)
長期的な低成長定着や将来的な人口減少や経済の縮小が見通される状況により、割安で放置されている日本株が、如何にして「バリュートラップ」から抜け出すかを論じた内容です。当コラムの「バリュートラップ」について焦点を当てております。

キャピタルストラクチャの最下位の株式が投資価値をもつために (2022.6.9掲載) 
投資の本来のあり方としては、投資すべき「事業の選択」が先にあり、投資手段の選択はその次にくるべきものです。投資とは選択した事業の創出する現金の分配に参画することも意味し、資本構成(キャピタルストラクチャ)が重要な意味をもちます。事業リスクの大きな企業に投資するにあたっても、資本構成が最適に維持されていれば、最下位に位置する株式へ投資することは、投資判断として成り立ちます。当コラムは、投資本来のあり方について、株式が投資の王道である所以、そして魅力的な投資対象であるための条件について論じています。
(文責:加藤)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。