投資信託が不味いのは接客が悪いからだ

投資信託が不味いのは接客が悪いからだ

森本紀行
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<毎週水曜日 18:00更新>

商業においては、接客の技術が売上げを決定的に左右します。これは、投資信託の販売についても全く同じであって、投資信託の普及を妨げているのは、品質の悪さもさることながら、接客の稚拙さなのではないか。
 
 商店を訪れる顧客が店員に何らかの助言を求めるのは普通のことで、それに対する店員の反応は顧客の消費行動に大きな影響を与えています。その際、店員は、顧客の求めているものを正確に理解し、顧客の予算の範囲内で、その需要に最もよく適合する商品を提案すべきであって、そうした接客姿勢を顧客本位というのです。
 これに対し、意図的に顧客本位に反した行動とは、顧客の需要とは微妙に不一致ながら、必ずしも遠くないところで、言葉巧みに顧客を誘導して、より価格の高いものや、在庫のなかの処分したいものを押し付けることであり、意図しないまでも、商品知識の不足や接客技術の未熟により、顧客の需要と一致しない商品が販売されても、顧客本位に反するわけです。
 
顧客本位を徹底すれば、他の商店を紹介することもあり得ますか。
 
 自分の店の品揃えでは顧客の需要を適切に充足できないときは、類似のものを販売しようとするのではなく、適当な商品がない旨を顧客に伝えるのが顧客本位な接客態度です。そして、より優れた対応は、顧客の需要を満たし得る別の商店を紹介することです。販売員として顧客本位を徹底するためには、専門家として、適切な商店を紹介できるだけの業界と商品に関する知識をもっていなければならないのです。
 
各商店が顧客本位を徹底して専門性を磨けば、商業全体として、顧客本位が徹底されることになるわけですね。
 
 顧客の需要は極めて多種多様であり、しかも個々の需要は無数の特定領域の狭く深いところに潜むのですから、各商店が高度な専門性を競うことによってのみ、商業全体として、顧客の需要を適切に満たすことができるわけです。つまり、高度な専門性を媒介として、各商店の顧客本位の徹底は、商業全体の顧客本位の徹底になるということです。
 そして、顧客本位の徹底は顧客の需要の最適な充足ですから、それは同時に顧客満足の最大化を実現しているはずで、顧客満足の高さが顧客基盤の強化と安定化につながり、安定的で強固な顧客基盤が事業価値を規定するのですから、高度な専門性のもとでの顧客本位の徹底は、個々の商店としても、商業全体としても、事業価値の最大化を実現することになります。
 
一つの大規模な商店が多数の専門領域を網羅することは、真に顧客本位なものになるでしょうか。
 
 テクノロジーの高度な発展により、従来型の店舗の品揃えの限界が打破されて、インターネット上の超巨大商店においては、多種多様な顧客の需要の総体が網羅的かつ包括的にとり込まれるようになりました。この場合、各領域における高度な専門性が保持されるのならば、顧客の利便性を上昇させるわけですが、実際には効率性が重視されることで、多くの小さな専門領域は捨て去られていかざるを得ないでしょう。
 しかも、より深刻で重大な問題は、需要の集積は顧客の消費行動に関する情報の集積を意味し、その情報を巧みに利用することで顧客の消費行動を操作できる可能性に道を開いてしまうことであって、故に、個人情報の利用に関する規制が強化される方向にありますが、おそらくは、厳格すぎる規制は利便性を低下させ、緩すぎる規制は弊害を生むという矛盾は解消できないでしょう。
 そこで、むしろ、テクノロジーの高度化を顧客本位に利用するのならば、公共的な情報基盤の上で、優越的な地位を濫用する巨大商店を排して、無数の独立した中小商店が専門性を競うことで、無数の顧客の無限に多種多様な需要に対して、無限に多種多様な供給が確実に出会うように、商業全体が構造化されるべきなのです。
 
しかし、そうした理想の実現は、顧客の需要が顧客自身によって明確に定義される場合に限られるのではないでしょうか。
 
 顧客の需要が特定の商品にまで個別具体的に絞り込まれていることは稀で、接客は、それを行うものが生身の人間の店員であろうが、AIを備えたロボットだろうが、顧客の需要を個別の商品の特定にまで具体化させる手続きとして、決定的に重要なのです。この際、なぜ顧客本位が大切かといえば、接客においては、インターネット上での個人情報の不当な利用や、また対面での悪質な話法のように、商店の利益の方向へ顧客が誘導されて、顧客の利益に反する帰結を生む余地が大きいからです。
 他方で、顧客本位を徹底しようとしても、あまりにも顧客の需要が漠然としていれば、それを適切に具体化することは困難であり、逆に、顧客の利益に反した方向への誘導を容易に許してしまいます。そこで、顧客本位の徹底が可能なのは、ある程度は顧客の需要が特定されていて、そこから高度な接客技術によって、より狭く需要が定義されて、最終的に商品の次元にまで個別具体化されたうえで、それに適合した最高の品質の商品が適正な価格のもとで提供される場合に限られます。
 
以上の論点は、投資信託の販売についても、そっくり当て嵌まるでしょうか。
 
 金融庁は、金融機関に対して、顧客本位の徹底を求めているのですが、なかでも投資信託は特に重点分野とされています。なぜなら、資本市場機能を強化させる施策のもとでは、投資信託の普及が決定的に重要であるにもかかわらず、多くの金融機関において、顧客本位が徹底されないために、顧客の利益を損なう事態を招いて、投資信託の普及と発展が著しく妨げられているからです。
 
顧客の特定がなされていないわけですか。
 
 金融機関全体として、顧客の特定という発想は著しく希薄で、特に、銀行等の預金取扱金融機関にとって、預金は同一で、そこに顧客の特定も需要の特定もなく、接客の技術すらありません。ところが、投資信託は多種多様を極めていて、それぞれの投資信託について、特定された顧客の需要を適合させるためには、高度な接客技術を要するわけですが、多くの銀行等においては、接客の本質すら理解されておらず、故に、顧客本位は徹底されず、投資信託は普及しないのです。
 
銀行等に固有の損失回避の行動様式は、投資信託の販売における責任回避につながってはいないでしょうか。
 
 接客においては、顧客に対する何らかの助言は必須です。しかし、投資信託は、元本保証がなく、価格変動の大きなものもあって、顧客が損失を被る可能性があるために、その販売においては、様々な規制のもとで、顧客が自己責任により自らの判断で投資信託を選択するという基本原則が貫徹されていて、助言という言葉の使用さえ厳に回避されるほどに、接客は意味をなしていません。
 しかも、ここには大いなる欺瞞が潜んでいて、銀行等は、法令等の表層的で形式的な遵守によって、顧客の利益を守っているのではなく、顧客から訴訟を提起される、あるいは苦情が寄せられるリスクを回避することで、自己の利益を守っているのであり、更に深刻な問題は、顧客の自己判断という仮構が維持されている限り、顧客の真の利益に反した行為も可能になることです。
 
顧客の自己判断とはいっても、投資信託に対する顧客の需要は特定されているのでしょうか。
 
 一方で、特定の投資信託を欲しい人は、インターネットを通じて、まさに自己判断で、購入しているはずで、その数は、増加傾向にあるとしても、現状、必ずしも多くはなく、他方で、購入すべき投資信託を決められない顧客が圧倒的に多いからこそ、対面における接客が重要なのですが、実際には、接客はなされていない、では、なぜ、曲がりなりにも、対面での投資信託の販売がなされ得ているのか、これが最大の問題です。
 
例えば、テーマ営業ですか。
 
 新聞紙上を賑わすESGなどの流行語を付した投資信託が巷に氾濫するのは、助言や推奨をするまでもなく、その流行語が顧客の関心を引くからであり、同様に、投資信託の販売額のランキングが示されているのも、人気の投資信託を選ぶのが無難だと考える顧客を引き付けるからです。こうしたテーマ営業やランキング営業が横行している現状では、投資信託の質の高度化と健全な発展はあり得ない、これが金融庁の問題意識でしょう。
 
接客なくして投資信託の発展もないとしたとき、どうすれば顧客本位な接客が可能になるのでしょうか。
 
 投資信託は資産形成の道具ですが、道具よりも資産形成の目的が重要であり、目的は顧客の生活に規定されるのですから、顧客の生活にまで遡求できる接客技術は不可欠であって、千差万別な顧客の生活を類型化して、それぞれの類型に応じた接客の専門性を磨くべきなのです。そして、専門性のある接客は、当然に、投資信託の運用の専門性を促すものです。
 そうした努力を放棄して、年収や年齢等の貧しい顧客属性だけで、中身の見えない自称AIのロボットに投資信託を選ばせるようなことをしていたら、いつまでたっても、接客の技術も運用の技術も進歩しません。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
金融はロボットにやらせるべきか (2017.1.26掲載)
販売等の営業の現場においては、顧客本位と顧客満足との間の微妙な関係を適切に処理するところにこそ、ノウハウがあるに違いありません。テクノロジーの進化による人工知能の活用について、医療業界と金融業界を対比しながら、経済や金融のような人間社会の問題は、永遠に未知な未来への賭けであり、決断が必要で、決断は責任と表裏一体であり、それは永遠に人間のものだと論じています。

個人投資家は投資信託に何を求めるのか (2009.8.13掲載)
どのような需要から投資信託が購入されうるのか、投資信託は多種多様を極めていて、それぞれの投資信託について、特定された顧客の需要を適合させるためには、高度な接客技術を要します。本コラムで問題提起している、顧客の特定がなされていない現状についてのヒントになります。

金融機関が顧客に質問して正しい答えを得る方法について (2017.9.14掲載)
金融機関が「資産状況、取引経験、知識及び取引目的・ニーズ」を聞くことは、かなり難易度の高い話法の実践が求められるでしょう。顧客から必要な情報を上手に引き出すには、どうしたらいいのか。第一に、直接に聞くことができなければ、間接的に知る方法を工夫することであり、第二に、顧客の側に情報を提供する利益誘因を作ること、正しい情報を提供すれば、より優れたサービスを受けられるという保証が必要であると論じています。
(文責:飯塚)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。