コスト削減からリスク削減へ

コスト削減からリスク削減へ

森本紀行
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事業経営において、コストは事実としての現在の費用、リスクは可能性としての将来の費用ですから、長期の広い視野のもとで経営がなされる限り、当然にリスク重視のはずですが、実際には、短期的なコスト削減のもとで、リスクを増加させる、即ち長期的なコストを増加させることも多いはずです。では、リスク削減は真のコスト削減になるのか。
 
 事業経営において、リスクは二つの階層をもちます。第一は、事業の目的として明確な意図をもって積極的にとる本源的リスクであり、第二は、そのリスクをとったことによって、意図しないにもかかわらず受動的にとらざるを得なくなる様々な付随的リスクです。例えば、あるものを製造販売すれば、製品に対する需要変動という本源的リスクをとるだけではなく、製造工場の火災等の付随リスクもとらざるを得ないのです。
 また、金融は、事業活動に資金供給することであり、融資、社債や株式の引き受けなどの資金供給形態の差に応じた異なる程度において、その事業のもつ本源的リスクへ参画するわけですが、同時に金融に固有に付随する諸リスクをとることでもあります。例えば、投融資先の事業のリスクに加えて、融資には金利リスクが伴い、株式には大きな価格変動リスクが伴うのです。
 
リスク管理の対象となるのは、どのリスクでしょうか。
 
 リスクの二階層に応じて、本源的リスクをとることは、能動的な意味をこめてリスクテイクと呼ばれるべきですが、付随的リスクについては、能動的にとられるものではないので、テイクという用語は不適当であり、マネッジ、もしくはコントロールという用語が使われていて、それを日本語ではリスク管理と呼んでいます。
 リスク管理の対象となるリスクは、意図しないリスクですから、当然に最小化されるべきもので、望ましくはゼロにされるべきものです。しかし、リスクを最小化する努力は必ずコストを発生させ、また、いかに努力を徹底したとしても、リスクは完全にはゼロになりませんから、残余リスクは自己資本の充実によって吸収させるほかなく、そこに資本コストを発生させます。
 そこで、リスク管理という機能は、リスク削減とコスト削減との相反しがちな関係について最適な状態を維持し、また残余リスクに対して適切な資本配賦を行うものとして、経営上の重要な役割を演じているのです。
 
リスクテイクの対象となる本源的リスクについては、リスク管理はあり得ないのでしょうか。
 
 ある事業のリスクテイクをすることは、その事業を営むことと同義ですから、そこにリスク管理が働くはずもありません。本源的リスクについては、テイクするか、テイクしないかの両極の決断しかなく、リスクテイクしない決断をするときは、そもそも起業しないか、廃業するか、事業構造を変えるかしかありません。
 いうまでもなく、リスクテイクには、そのリスクを吸収できるだけの資本の厚みが不可欠であって、逆にいえば、資本とは本源的リスクと残余の付随リスクを吸収するものとして必要額が算定されるものであり、その必要額に対して要求される期待資本利潤を達成できなくなったとき、リスクテイクは放棄されるほかないということです。
 従って、リスクテイクの対象である本源的リスクについては、その管理は資本政策と呼ばれるべきであって、リスク管理というときは、そのリスクは本源的リスクテイクに付随する諸リスクに限定されることになるのです。
 
リスク管理において、保険を使って保険料というコストを払えば、リスクをゼロにできるのではないでしょうか。
 
 保険とは、不確実なリスクについて、確定したコストとしての保険料を対価にして、それをゼロにする仕組みです。つまり、保険においては、将来に発生し得る不確実なコストとの等価交換として、現在の確実なコストとしての保険料が算定されているわけですから、将来の不確実なコストの現在価値としてのリスクの意味が明瞭に示されているわけです。この将来の不確実なコストとしてのリスク認識こそ、経営におけるリスク管理の要諦です。
 しかし、保険は、確率統計的にリスクと保険料の等価性が計算可能なものにしか適用できないので、天災等に関するリスク、火災や運送途上の事故に関するリスクなど、産業一般に共通するリスクに範囲が限られます。各事業の特性に固有のリスクについては、付保できないのですから、経営の重要な課題として残るのです。
 
保険の使い方にも、工夫の余地がありませんか。
 
 規模の大きな企業では、広い領域にわたって多様なリスクについて保険を利用しているわけですが、それらのリスクのなかには、相互に自然に打ち消しあって、同時にはコストとして顕在化しないものもあるはずですから、保険が過剰になる可能性があります。この可能性は事業規模が大きいほど高く、合理化による保険料削減の余地は小さくないのでしょう。
 また、損害保険会社が提供する保険以外にも、保険の代替的な手法があり得ます。例えば、ある自然の事象が生起するとき、ある企業には損失となり、別の企業には利益になるのならば、両社間でリスクの交換契約をすることで、保険よりも有利にリスク管理できる可能性があります。どの企業でも、リスクを徹底的に精査すれば、保険は使えないが保険以外の方法でなら付保できるリスク、保険よりも低い費用で付保できるリスクを発見できるのでしょう。
 
どうしても付保できないリスクについては、どのように管理されるべきでしょうか。
 
 保険の理論的な枠組みは、事業に固有のリスクで付保できないものも含めた全てのリスクについて、一般的に適用できます。その理論の要諦は、リスクは将来の不確実なコストなので、それを低下させる努力は、必ず何らかの形態において、現在の確実なコストの上昇となって現れるということです。
 当然に逆も真なりですから、表面的には効率化と称してコストの削減が図られている場合にも、その削減されたコストが一見して明らかな冗費でない限りは、必ずどこかで何らかの形で、リスクの上昇、即ち将来の不確実なコストの上昇を招いています。ただし、リスクは、不確実なものとして潜在化していて、コストとして顕在化していないだけなのです。
 そこで、コスト削減が真のコスト削減であるためには、顕在的なコストの削減量よりも潜在的なコストとしてのリスクの増加量が小さくなければならず、逆に、顕在的なコストの削減量よりもリスクの増加量が大きければ、コスト削減は欺瞞になるということです。
 
人間社会の避け難き傾向として、欺瞞が横行するわけですか。
 
 経営者にとって、真のコスト削減は経営技術的に難易度の極めて高いことであるのに対して、見えないリスクを増加させて、見える表面的なコストを削減することほど簡単なことはありませんから、任期中に成果らしきものを出そうとすれば、欺瞞に流れることは避け難いでしょう。しかし、こうした欺瞞を防止することは、おそらくは不可能なのです。それほどに、真のコスト削減は難しいのです。
 
ならば、コスト削減ではなく、リスク削減を経営課題にすべきではないでしょうか。
 
 リスク削減を徹底化させた結果として、コストが上昇しないのならば、必ず真の付加価値が生まれているのです。逆にコストの上昇を伴うリスク削減を行う利益誘因は経営者にはないのですから、経営課題としてリスク削減を掲げれば、コスト削減における弊害を回避できるだけでなく、課題が実現される限り、必ず付加価値が創出されるはずです。しかし、難点は、創造されたはずの付加価値は常態においては潜在化していて見えないことです。
 
危機において、リスク削減の見えなかった効果が一気に顕在化するのではないでしょうか。
 
 我々は、過去12年の間に、リーマンの金融危機、大地震と原子力発電所の事故、新型コロナ感染症という三つもの巨大な危機に遭遇しています。もう少し小さな危機も含めれば、経営者の在任中に何らかの危機が発生すると考えるほうが自然なのですから、リスク削減の効果が危機において顕在化するのならば、多くの場合、リスク削減という経営努力は報われるわけです。
 では、リスク削減の効果が危機において顕在化するのか、これは難しい問題で、おそらくは、リスク管理以前の課題として、危機において発生するコストを最小化できるように事前の備えをしておくこと、即ち危機管理が必須になるわけですから、リスク削減は危機管理のなかに包摂されていくのでしょう。
 そして、危機管理においては、それに要する現在のコストの上昇が当然に許容されるわけですから、危機管理の徹底は、経営者の意識を、欺瞞にすぎないコスト削減から、危機管理の一部としてのリスク削減へ移行させる好機となるのでしょう。新型コロナ感染症は、その好機を提供したものとして、利用されなくてはなりません。
 
以上



次回更新は、7月2日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2020/05/28掲載「コロナの禍を転じて福とするために
2018/11/15掲載「78歳で病院の世話になったことのない麻生太郎先生の立派な見識
2018/01/11掲載「必要な保険と不必要な保険会社
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。