コロナの禍を転じて福とするために

コロナの禍を転じて福とするために

森本紀行
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新型コロナ感染症による損失、より正確には、その拡大防止措置がもたらした巨大な経済的損失は、そのままでは永久に失われたものとして、社会生活の正常化によっても自然回復されることはなく、それを取り返し、奇禍を転じて成長機会とするためには、社会構造の抜本的変革が必要なのですが、事実、既に舵は切られたといえます。
 
 新型コロナ感染症の拡大防止措置によって、企業の経営行動は大きな変更を余儀なくされ、様々な対策が緊急にとられるに至ったわけですが、それらの対応が一時的なものに終わることはあり得ません。なぜなら、こうした事態は、甚大な被害をもたらす未曾有の天災と同じことで、起きたときには人類の経験したことのないものに違いなくとも、ひとたび事実として経験されてしまえば、類似の事態の再来を想定した経営態勢への移行が不可避になるからです。
 そして、ひとたび新しい経営態勢の確立を目指せば、その取り組みは、環境変化に対する受動的で防衛的なものにとどまることなく、新たな経営環境の創造へ向けた能動的で攻撃的なものになるべきです。なぜなら、企業とは、常に成長機会を的確に捉えるべきものであり、今回の新型コロナ感染症は、その特段に強い破壊力によって旧いものを揺るがし、新たな創造の可能性を大きく切り開いたからです。
 しかも、新型コロナ感染症は日本だけではなく全世界を襲ったのですから、これを機とした変革は地球上の全ての場所で起こるわけで、日本の内の変革は外の変革と呼応し、相乗的に発展して拡大進化し、その規模の大きさは質にも決定的な影響を与えて、革命的なものになるでしょう。
 
思いがけずに問答無用の強制力が働いたことを好機として利用するわけですね。
 
 普通は、これだけの強制力をもって企業と人の行動を変更させることはあり得ないのに、現に、それがあり得た以上は、この機会を利用しない手はありません。これは明らかに新型コロナ感染症という不幸な事態に便乗することですが、悪用するのではなく、社会の進化に利用するのですから、少しも問題ないどころか、そうしない限り、単に不幸を受容するだけで、それを福に転じることはできないのです。
 例えば、医療におけるオンライン診療の普及、在宅勤務の拡大と定着、学校の学期始の9月への変更、株主総会等の諸会議のウェブ化など、様々な障害があって進捗しなかったことが一気に進展することは、非常に喜ばしいことです。新型コロナ感染症が社会を進化させる、それで何かいけないでしょうか。
 
あらゆる機会を捉えて攻めることこそ、企業経営の本質ですか。
 
 企業経営は、受け身の姿勢ではなく、常に攻めの態勢になくてはいけません。新型コロナ感染症によって変わらざるを得ないのではなく、これを機に、敢えて能動的に、自覚的に、意図的に自己を変えることが必要なのです。それが企業の成長戦略であり、それのできない企業が淘汰されることこそ、市場原理の適正な働きです。
 
在宅勤務が基本になるだけで、人の働き方は激変しますね。
 
 企業経営の立場からいえば、事務所に人を集める常態としての勤務形態と、出勤が困難になった場合に備える非常態としての在宅勤務形態を両立させることは、著しく非効率です。つまり、事務所への出勤を原則としながら、同時に、リスク対策として、常時、在宅勤務への即時の転換が可能な態勢を維持しておくことは無駄であるわけです。
 故に、一定割合の職員の在宅勤務を常態化し、効率的な在宅勤務を可能にする通信情報環境の整備を行い、その安全性と安定性を確保し、事務所の面積を削減し、個人別の座席を廃止して事務所の構造と機能を変えるなど、様々な恒久的対応を実行することになります。
 
費用を削減し、同時に生産性も高める工夫ですね。
 
 在宅勤務のための最高度の情報環境を整備したとしても、それに要する費用の増加は不動産賃料の減少より小さいでしょうから、全体として費用削減が見込まれるわけですが、働き方改革によって真の価値創造を行うためには、それだけでは不十分で、同時に生産性の向上も実現しなくてはなりません。
 つまり、在宅勤務の常態化は、出社することが仕事をすることではなく、仕事の価値は事務所で過ごす時間で計られるものではないという自明のこと、この自明にもかかわらず正面から直視されにくいことを白日のもとにさらすが故に、生産性改革を必然的に惹起する、ここに企業の逃してはならない好機があるのです。
 要は、在宅勤務においては、仕事が成果で測定されねばならないため、企業としては、逆に、成果の測定が可能になるように仕事を明瞭に再定義し、成果との関連の薄さに気付かれつつも、整理する決断ができないでいた多くの無駄な作業、代表的には押印のような儀式的な慣習的行為を最終的に廃棄する必要に迫られるということです。
 
無駄な時間を有益な時間に転換できるわけですか。
 
 通勤という無駄な時間が無くなるだけで、それが趣味等の消費活動に充てられようが、副業等の生産活動に利用されようが、いずれにしても、経済の大きな刺激材料になります。もともと、働き方改革というのは成長戦略の一翼を担う経済政策なのですから、期待通りのことが実現するだけです。
 
人材の多様化も簡単になりますね。
 
 在宅勤務が基本となれば、企業の所在地と関係なく誰でも勤務できます。日本の地方に在住したままで海外の企業に勤務でき、逆に、地球上のどこに在住している人でも、日本の企業に勤務できます。企業の立場からいえば、居住地や国籍に関係なく、身体の都合で移動しにくい人も、仕事以外の目的を重視する生き方の人も、要は、ありとあらゆる多様な人材を活用でき、その多様な人材を適切に使いこなせる企業にとって、未来は大きく切り開かれるということです。

激減した出張や外訪は元に戻りませんか。
 
 出張や外訪のできない状況が継続したことは、おそらくは、いかに無駄な出張や外訪が多かったかを証明したに違いありません。出張せずに、直接に面会せずに済ます方法が定着してしまえば、費用効率は圧倒的によくなり、その解放された時間は有効に活用され得るのですから、企業として元の姿に戻す実益は全くありません。
 また、出張や面会に替えて、様々な機能を備えた情報通信機器を利用することは、多数の異なる地点にいる人を同時につなぐなど、逆に利便性を向上させ、更に在宅勤務と結びつくことで、国際的なウェブ会議の弾力的な時間設定を可能にしたのですから、海外出張の必要性も大幅に減少したに違いないのです。
 
交通も観光も変わりますか。
 
 映像技術の劇的な進化によって、観光は、人が観光地へ行くことから、人のいるところに観光地にあるものが映像として来ることに変わるかもしれません。家族のもとへの帰省や往訪ですらウェブの利用が推奨される時勢ですから、出張や観光による人の移動の激減にともなって、交通も激変せざるを得ません。いずれ、JR東海のリニア構想とは何だったのかという疑念もでそうです。
 
ならば、不動産市場の構造も激変するわけですか。
 
 勤務地と勤務先の関係がなくなれば、事務所と住宅との二極構造をもつ現在の不動産市場の構造は根底が覆るのに加えて、人の移動が減少すれば宿泊や交通関係の施設の需要は減退し、住宅は情報環境の整備した快適な勤務室を備えた高機能なものへ転換が進むなど、不動産市場には、多くの危機と多くの機会が混在することになるでしょう。まさに市場の活性化であり、成長の可能性をはらんだ動態化です。
 
教育も大きく変わりますね。
 
 教育の方法もウェブ化が急速に進行し、特に大学の場合、大学とは何かという根源に遡る変革になる可能性が高いでしょう。物理空間としての大学の意味が後退すればするほど、情報空間に開かれて、全世界に開かれて、社会と結合した新しい大学像、全く新しい創造の場としての大学像が明瞭になってきます。
 
企業経営も長期的視点に立脚したものへと変化しますね。
 
 企業経営においては、コストは事実としての現在の費用、リスクは可能性としての未来の潜在的な費用なのですから、将来を見据えた経営がなされる限り、当然にリスク重視のはずですが、短視眼的な経営ではコスト重視になってしまいます。ところが、今回、これほどの巨大な潜在的リスクが顕在化したからには、改めてコスト重視からリスク重視への本質的転換が起きることは不可避です。
 例えば、コスト重視のサプライチェーン構築によって生産拠点が世界に散らばっていると、今回のような事態においては、それが簡単に切れてしまい、結局は売上げ減少、コスト増加になることが示されているわけですから、サプライチェーンはリスク重視で再構築されることになるでしょう。
 そこへ更に、貿易停止という可能性の考慮、安全保障上の懸念も働いて、政策的に必需品の国内生産が促されれば、日本産業全体として、国内生産、一貫生産への回帰が起きる可能性もあり、その結果として、日本固有の下請け重層構造の改革が起きるかもしれません。
 もはや、これは完全に経済政策の領域ですが、事実として、新型コロナ感染症は、働き方改革にしろ、学校の学期の変更にしろ、医療改革にしろ、既に全く別の政策課題に変貌しているわけです。
 
以上


 
次回更新は、6月4日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
 2020/04/09掲載「給与や賞与よりも働く環境と企業年金が重要であるわけ
 2019/12/12掲載「倹約するな
 2019/05/30掲載「会社がなくなる日のために
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。