銀行を捨ててこそ捨てられない銀行になれる

銀行を捨ててこそ捨てられない銀行になれる

森本紀行
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金融庁は、6月28日に「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」の改正を行い、早期警戒制度の見直しを行いました。また、政府は、6月21日に成長戦略実行計画を閣議決定し、そのなかに、早期警戒制度の発動を前提とするかのように、地方銀行の経営統合に際して独占禁止法の適用除外を可能にする特例法の制定を盛り込みました。さて、いよいよ持続可能性のない地方銀行の淘汰が始まるのか。

 「銀行法」第ニ十六条は、「銀行の業務若しくは財産又は銀行及びその子会社等の財産の状況に照らして、当該銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するため必要があると認めるときは」、当該銀行に対して、金融庁が業務改善命令を発することができる旨を定めています。
 ここにいう健全性のうち、自己資本の充実に関しては、同条第二項において、客観的指標を定めて発動すべきこととされていて、一定の自己資本比率を下回れば、金融庁が資本の充実を命じ得るようになっています。これが早期是正措置と呼ばれるもので、銀行経営においては自己資本の充実が決定的に重要であることから、特別な規定が置かれているのです。

自己資本の減少は、それ自体が健全性に反する以前に、自己資本の減少につながる他の問題事象の結果にすぎないのではないでしょうか。

 問題事象があり、それが損失につながり、損失が自己資本を毀損させるわけですから、早期是正措置によって資本を充実せしめても、根本原因である問題事象を放置したのでは何の意味もなく、むしろ金融行政のあるべき姿としては、早期是正措置を発動せざるを得ない状況を未然に回避せしめなくてはなりません。この金融行政による予防措置が早期警戒制度と呼ばれるものです。
 早期警戒制度についての難問は、早期是正措置が客観的な発動基準をもつのに対して、金融行政の裁量のもとで運行されるほかないということです。故に、そこに恣意性が働かないように、「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」のなかで、一定の発動基準が定められているのです。

6月28日に、その監督指針が改正され、早期警戒制度が見直されたわけですね。

 今回の改正の要点は、銀行経営の健全性を評価する視点の一つとして、従来は「収益性」とされていたものが「持続可能な収益性と将来にわたる健全性」に変更されたことの一点につきますが、この「持続可能な収益性」という論点は、事業の継続可能性、即ち銀行の存立可能性という根源的問題に触れることなのであって、地方銀行の経営にとって極めて重大かつ深刻な意味を有するものだと思われます。
 具体的に何が重大で深刻かというと、金融庁から事業の継続可能性に疑義を呈された地方銀行は、金融庁との深度のある対話を通じた事業基盤の再構築策を模索することになるわけですが、いかに金融庁が助言的かつ支援的姿勢に徹するにしても、最終的に経営者が実効性のある計画を提示できないときには、金融庁は、行政責任上、業務改善命令を発せざるを得なくなることです。
 そして、より重大で深刻なのは、そのようにして発せられた命令に対しては、当該地方銀行に応えるすべは残されていないだろうということです。

経営の独立を放棄するしかないということですか。

 「持続可能な収益性」という視点は、当面の利益が確保できているという事実とは全く関係がないわけで、基盤となっている地域の人口動態や経済の展望に照らして、長期的に存続可能な事業を構想できるかに依存するのですから、その構想の実現可能性を金融庁が否定して業務改善命令を出せば、その意味するところは、経営陣を一新して考え直せ、もはや考えても無駄だから廃業しろ、持続可能性をもつ他行と統合しろ、この三つのいずれかしかなく、最も簡単な他行との統合が選択されるほかないと思われるのです。
 さて、ここで問題は、同一地域における地方銀行同士の統合については、「独占禁止法」上の制約があるということです。この論点に注目が集まったのは、2016年2月、長崎県の十八銀行がふくおかフィナンシャルグループの傘下に入る計画が公表されたとき、公正取引委員会が疑義を呈したからです。というのも、同グループの傘下には既に同じ長崎県基盤の親和銀行があり、十八銀行との統合が実現すると、長崎県の地方銀行は同グループで独占されるからです。しかし、結局、2018年8月、公正取引委員会は排除措置命令を行わない決定をして、統合は実現しています。

そこで、成長戦略実行計画の閣議決定になるのですね。

 6月21日に閣議決定された成長戦略実行計画は、「地域銀行の業績悪化の状態が今後継続すれば」として、事業の継続可能性に疑義のある地方銀行の存在を前提にしたうえで、「業績悪化により当該銀行が業務改善を求められており」、「当該地域における円滑な金融仲介に支障を及ぼすおそれがある場合に限定して、早期の業務改善のために、マーケットシェアが高くなっても、特例的に経営統合が認められるようにする」と述べています。
 具体的に、政府は、「経営統合を行おうとする金融機関が金融庁に対して、特例法に基づく独占禁止法適用除外の申請を行う。申請があった場合、金融庁は、特例法の以下の要件に該当するかについて確認し、その要件該当性について公正取引委員会に協議を行う」という制度を導入すべく、10年の時限措置として、2020年の通常国会への法案提出を目指すことになります。
 さて、この「以下の要件」の内容ですが、まずは人口減少等で銀行業の基盤が縮小している地域に限定したうえで、「申請者の地銀が継続的に、当該事業からの収益で、当該事業のネットワークを持続するための経費等をまかなえないこと」と、「経営統合により相当の経営改善や機能維持が認められること」という要件があげられているのです。つまり、独占による規模の経済が地域に還元されることをもって、「独占禁止法」の適用除外の要件にしているということです。

「独占禁止法」の主旨からすれば、哲学的転回ですね。

 独占の弊害を排除して公正な競争条件を整備することは極めて重要な政策課題ではありますが、人口減少等で経済全体の規模が縮小に向かう地域においては、集中によって効率化を実現し、産業と生活の基盤維持を図ることのほうが重要であると政府が正面から認め、法律的な対応をとるということですから、この政府の極めて厳しい現状認識を前提として、該当地域にある地方銀行は対応を真剣に検討しなくてはならないのです。

ところで、早期警戒制度によって金融庁が業務改善命令を出した例があるのでしょうか。

 早期警戒制度による業務改善命令については、金融庁は公表しない方針とのことです。ただし、2018年6月には、福島銀行に既に出され、島根銀行にも出される見込みとの報道がありましたが、真偽は不明ですし、この二行以外の事案も不詳です。なお、現在の事実として、両行とも自主存立のために経営努力を重ねているようです。

厳しい条件のもとにある地方銀行にとって、本当に持続可能性のある事業構想は不可能なのでしょうか。

 世間では金融庁は地方銀行の統合を推進しようとしているとの見方が強いようですが、それは誤解であって、金融庁にとっても、当事者の銀行にとっても、あるいは、より本源的に銀行の顧客にとっても、他行との統合は、最初から目指されるべき良策ではなく、全ての努力が尽きたあとの窮余の策ではないでしょうか。
 故に、早期警戒制度においては、最終段階の業務改善命令に眼目があるのではなくて、それを断固として避けるための金融庁との対話が決定的に重要なのであって、地方銀行の経営者は、大胆な発想の転換をもって全く新しい事業を構想し、金融庁を味方にして、その応援を獲得しなくてはならないのです。
 もちろん、その際の要諦は、事業計画が徹底して顧客の利益の視点で構想されていることです。これは、金融庁の立場からいって当然であるだけでなく、地方銀行の立場からいっても、現にある顧客以外に立脚すべき事業基盤がないのですから、当然のことです。

銀行の視点を超えた差別化が必要だということですか。

 銀行が他行との統合によって効率化を実現しない限り存続できないのは、逆に統合によって存立できるのは、他行と基本的に同じことをしているからでしょう。ならば、独立して存続するためには、他行と違うことをするしかありませんが、そのときに問題となるのは、本質的な差別化を阻む最高度に規制された銀行業の性格です。
 しかし、この点についての金融庁の基本姿勢は、確かに制約はあるにしても、その制約は前向きに緩和していくというものです。例えば、重要な領域として融資先企業への経営支援があるわけですが、その支援は金融的支援を超えて非金融に及ぶことは明らかであって、実際、金融庁は人材関連事業についての規制緩和措置をとっているのです。
 地方銀行は、金融庁との対話において、顧客の利益の視点にたった利便性を改善するべく創意工夫をしていかなくてはならないのです。そして、顧客の視点での創造は顧客と接する現場でしか起き得ない以上、経営陣は、積極的に現場の革新を促し、現場の革新を経営に活かしていかなくてはなりません。それができなければ、金融庁としては、経営陣の交代を促すほかなく、それもできなければ、業務改善命令の発動に至らざるを得ないということなのでしょう。

銀行だから差別化に限界があるというのなら、銀行業の廃業ということも選択肢ではないでしょうか。

 銀行の統合が規模の経済による利益をもたらすのは、銀行業が巨大な装置産業化しているからであり、装置の統合による効率化の余地が極めて大きいからですが、店舗等の巨大装置が必要なのは預金を中核にした銀行固有業務を執行するためですから、それだけを切り離して統合すればよく、業務の全体を統合する必要はないのです。
 銀行の固有業務を分離すれば、銀行はノンバンク、即ち普通の事業会社になりますが、融資業務や投資信託の販売等の多くの業務は継続可能です。もちろん、ノンバンク化の最大の難点は、預金に替わる資金調達方法の開発ですが、今日の金融技法の高度化のもとでは、多様な選択肢があり得るわけです。
 むしろ、逆に、銀行として預金を原資に融資を行うことは、高度な制約のもとにおかれるのに対して、ノンバンクは極めて自由度が大きく、それだけ顧客の都合に弾力的に対応できますし、非金融への展開も容易であるなど、多くの利点をもっています。

銀行業の廃業は、発想を転換させるための究極の思考実験ですか。

 銀行の視点で事業を構想する限り、経営の革新は絶対に起きません。かく断言できるのは、銀行の免許が一種の特権として銀行経営者を強く拘束しているからです。顧客の真の利益の視点にたつためには、銀行の視点を放棄するほかなく、銀行の視点を放棄するためには、銀行の免許を放棄する、少なくとも思考実験のうえでは銀行の免許を放棄するしかないのです。要は、銀行を捨ててこそ、顧客から捨てられない銀行になれるということです。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2019/05/23掲載「銀行員がいなくなる日のために
2019/04/11掲載「預金を集めて投資することの意味
2018/03/01掲載「銀行はカネをやめてモノ、ヒト、チエ、コトを貸したらどうだ
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。