野村證券の犯罪的に巧みな営業話法

野村證券の犯罪的に巧みな営業話法

森本紀行
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野村證券は5月28日に情報管理態勢の不備を理由に金融庁から行政処分を受けました。問題となった情報は東京証券取引所内部の非公開の論議内容に関するもので、明らかに入手経路の不正が疑われるものであったにもかかわらず、営業の前線にまで伝達されて実際に営業話法に利用されたという事案です。法律の不備から違法ではないとされた一連の行為ですが、違法すれすれの高度に犯罪的な話法は、どのように構築されたのか。

 問題となった情報とは、東京証券取引所が市場区分見直しの検討のために設置した「市場構造の在り方等に関する懇談会」において、上位市場の指定基準と退出基準が時価総額250億円以上となる可能性が高くなっているとの推測情報であって、この情報が漏洩した経路は、同懇談会の委員を務める野村総合研究所の研究員が野村證券のリサーチ部門に所属するチーフストラテジストに伝達したことによるのです。
 東京証券取引所は、極めて迂闊にも、当該委員との間で守秘義務契約を締結していなかったとのことですが、社会常識に照らして、当該委員が委員委嘱契約に内包された守秘義務を負っていたことは明らかですから、情報を得た当該ストラテジストは、良識を備えた人間として、入手経路の不正を認識すべきであると想定するのが妥当です。

実際には、良識を備えた人間ではなかったようですが。

 残念ながら、このストラテジストは不正を認識することなく、あるいは敢えて不正を承知で、入手情報を直ちに営業の現場に伝達してしまったのですから、良識を欠いていた、あるいは良識を麻痺させる別の動機に支配されていたと考えるほかありません。
 しかも、情報を得た数名の営業員は、それをもとに巧みな営業話法を構築し、実際に一部の機関投資家に対して勧誘活動を行ったのですから、これらの人々にも健全な良識は全く働かなかったのです。のみならず、こうした一連の社内の行動について、不正に気付くべき機会のあった社員がいたにもかかわらず、そこからも疑問や是正の声はあがらなかったとされています。
 金融庁の行政処分は、こうした組織的な良識の欠如を放置し、不健全な企業風土を醸成してきた経営者の責任に向けられました。この企業風土の早急なる是正を命じることは、「業務の運営の状況に関し、公益又は投資者保護のため必要かつ適当である」、これが処分理由なのです。

野村證券の一連の行為に違法性がないとされているのは、どういうことでしょうか。

 実質は不明ながら、少なくとも外形上は、情報は委員の側からストラテジストに提供されているのであって、ストラテジストの側から積極的に働きかけて情報を得たわけでない以上、委員の守秘義務違反は問題だとしても、ストラテジストの行為の違法性は認定できません。また、情報は、いかに株価変動に大きな影響を与え得る重要で非公開のものだとしても、法律で規制される法人関係情報には該当せず、しかも、事実情報ではなくて、可能性にかかわる推測情報であって、その面からも、到底、法律の規制対象とはみなせないのです。
 故に、野村證券の不正に関与した人は、法令違反ではないことを熟知し、安心して一連の行為に及んだのではないのか、法人関係情報に該当しないならば、そこに適用される厳格な制約を無視してもいいとの意識をもっていたのではないか、だとすると、良識の欠如どころか、良識に反して著しく悪質ではないのか、金融庁は、そうした疑念をもったのかもしれません。

疑念は、疑念にとどまるということですか。

 金融庁の行政処分は、野村證券の外部弁護士で構成する特別調査チームの報告書が公表された直後に出ていて、両者の内容を比較すれば明らかなように、金融庁は、この調査報告書にある事実認定に基づいて、論理構成しているのです。そして、調査報告書が積極的な悪意の存在を認めていない以上、金融庁としては、仮に疑念をもったとしても、どうしようもないでしょう。
 また、悪意を認定したとして、違法性のないことについて、これ以上の処分は不可能です。むしろ、証明できないものの、悪意の存在を推認せざるを得ないので、法令違反でないにもかかわらず、敢えて「コンプライアンスの本質」をもちだすことで、法令違反でないと高を括った不心得者の処分に踏み切ったと推測するほうが自然です。いずれにしても、この辺の事情は外部には全くわからないことです。

「コンプライアンスの本質」とは何ですか。

 「コンプライアンスの本質」というのは、金融庁によれば、「市場の公正性・公平性の確保という証券会社にとって重要な役割に対する意識」であり、また、野村證券の調査報告書の上手な表現を援用すれば、「社会常識あるいは社会の期待に応えることを含めた概念」、「市場関係者を含む世間一般からどう評価されるのか(公正であるか否か)」という視点です。
 つまり、単なる法令遵守としてのコンプライアンスの上には、法令の本旨にまで遡った高次の社会規範としての「コンプライアンスの本質」があるのであって、野村證券の一連の行為には、法令違反としてのコンプライアンス違反は認められないが、社会規範違反としての「コンプライアンスの本質」の蹂躙があるということ、これが金融庁の認定なのです。

野村證券社内で、情報はどのようにして伝播したのでしょうか。

 端緒となった情報というのは、懇談会委員が野村證券のストラテジストに送ったメールで、そこには「ちなみに、東証とやり取りしていますと(中略)250億円(現在の一部直接上場基準)に落ち着く可能性が高くなっているように感じます」との記載があったとのことです。これは、当該委員が「東証の担当者による懇談会についてのブリーフィングの中で、指定基準と退出基準を同一とするとの考えを聞き、自らの認識と併せ考え」て形成した推測判断です。
 これを受けてストラテジストが営業員に送ったメールには、「現時点の東証の意向は、上位市場の指定基準及び退出基準を500億円ではなく(現在の一部直接上場である)250億円としたい模様。念のためですが、ご存じの通り、当方の情報源は非常に偏っています。単なる印象論に過ぎないという点、ご留意ください」との記載があったそうです。
 ところが、メールを受けた営業員は、「ストラテジストに情報源を確認した上で、当該メールの内容から印象論に過ぎないという記載を削除し、更に情報源を追記して」、情報を顧客に伝えたうえに、更に別メールに、「時価総額250億円-500億円の東証一部銘柄のリストを添付し、「既に500億円という目線で売られているとしたら、買い戻される可能性があるかもしれません。」という文言を加えて」、顧客に送付したとのことです。
 また、ストラテジストも、日時の情報提供メールのなかで、「「閾値250億円という目線が急浮上」という一行コメントを掲載」したのだそうです。
 なお、こうした顧客への情報提供は機関投資家に限定されており、一般的な情報として広く社会に提供されたものではありません。つまり、広く一般の投資家を裏切って、野村證券の顧客である有力機関投資家に特別の利益を供与することで、取引の成約に導こうとする動機に発したものなのです。

営業員が情報源を確認したうえで、それも含めて顧客に伝達したというのは、相当に悪質ですね。

 この情報は、単なる野村證券のストラテジストの推測情報としては、巷の憶測と同じで何の価値もないものであって、そもそも情報ですらなく、無意味なおしゃべりにすぎません。そうではなくて、東京証券取引所の懇談会の委員が機密情報をもとに内部精通者としての推測を加えたものだからこそ、重要情報としての大きな価値をもっていたのです。
 このことは、情報源の委員にも、情報を得たストラテジストにも自明のことだったに違いありません。金融庁の行政処分は野村證券に向けられたものとして、同社内の情報管理態勢の不備を問題にしていますが、より本質的な論点は、このように野村證券と親密な関係にある人を懇談会委員に委嘱し、守秘義務契約の締結すら怠っていた東京証券取引所の任命責任にあるのです。
 そして、悪意をいうのならば、委員の情報漏洩の動機が最大の論点です。もしも野村證券の利益のためだとしたら、極めて重大な事態ですし、単なる不注意だとしたら、それを上手に利用しようとした野村證券のストラテジストおよび営業員の悪意と、それを許容した野村證券の体質が問題なのです。

情報は、伝達経路において、時価総額250億円と500億円の間にある銘柄群に妙味があるという取引の提案に仕上がっていますね。

 インサイダー情報の開示前における利用が規制されるのは、それが公表されたときに株価が変動する方向について、上がるにしろ下がるにしろ、高い確度で事前に予測され得るが故に、情報入手者に不正な利益を得る機会を与えてしまうからです。
 本件の場合、委員の単なる推測ではなく、懇談会の議論の内容、および東京証券取引所との個人的な交渉から推論された確度の高い情報であったこと、その情報が決定事実として公表されたときの株価への影響として、時価総額250億円以下の銘柄群に売り圧力がかかること、時価総額250億円と500億円の間にある銘柄群の買い戻しが予測されることなど、もしも取引が実行されていたとしたら、インサイダー取引と同様の要件を充足していたと考えられます。

実際、野村證券は、取引の顧客への提案として、カスタムバスケット指数を準備していたのですね。

 野村證券の調査報告書によれば、時価総額250億円以下の銘柄のカスタムバスケット指数が作られ、実際に取引の成約もあったとのことです。このことは、単なる情報の提供ではなく、その情報から帰結する株価変動によって利益が期待できる具体的な取引の提案までなされていたということですから、インサイダー取引に限りなく近い条件を満たしていたと考えるほかないでしょう。

事案の悪質さに対比して、野村證券の調査報告書の論調は甘くないでしょうか。

 金融庁の行政処分は、野村證券の情報管理態勢の不備に限定されていますが、これは、おそらくは、調査報告書の認定事実をもとにしているからです。さて、調査報告書の論調として、もっと悪意の存在を強調すべきではないのかとも思われるのですが、違法性がないとされる事案については、これが限界なのかもしれません。要は、調査報告書のいう「世間一般からどう評価されるのか(公正であるか否か)」という問題です。

以上


次回更新は、6月20日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2018/06/14掲載「スルガ銀行の何がいけないのか
2016/07/21掲載「なぜキヤノンのマスゾエ的行為は批判されないのか
2013/11/07掲載「みずほ銀行のどこがいけないのか
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。