行政処分を受けた野村證券よりも悪い人たち

行政処分を受けた野村證券よりも悪い人たち

森本紀行
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5月24日、野村ホールディングスは主要子会社である野村證券の「不適切な情報伝達事案」に関する調査結果を公表し、その直後の28日に、金融庁は当件について両社に対する行政処分を行いました。金融庁の処分対象となったのは、あくまでも野村證券の内部における情報管理態勢の不備にすぎないのであって、重要情報の入手経緯と、その重要情報を利用した実際の取引の実態については不明です。さて、この問題の本質はどこにあるのか。

 野村證券の「不適切な情報伝達事案」における情報とは、東京証券取引所で論議されている市場区分の見直しに関する情報、より具体的には、上位市場の指定基準と退出基準が時価総額250億円以上となる可能性が高くなっているとの情報です。そして、この情報の根拠は取引所が設置している「市場構造の在り方等に関する懇談会」での論議であり、その出所は同懇談会の委員を務める野村総合研究所の研究員であって、この研究員は野村證券のリサーチ部門に所属するチーフストラテジストに情報を伝達したわけです。
 そして、この情報は当該ストラテジストから営業部門に伝達され、数名の営業員が一部の機関投資家に対する勧誘行為に利用しました。金融庁は、この一連の行為を、「一部特定の顧客のみに市場構造に関する東証における検討状況に係る情報を提供して勧誘する行為であり、資本市場の公正性・公平性に対する信頼性を著しく損ないかねない行為」と認定しています。
 
では、その行為が金融庁の行政処分の対象なのでしょうか。

 実は、当該行為を違法とする法律上の手当てはなされていないのです。しかし、「市場構造に関する東証における検討状況に係る情報」は、野村證券の調査報告書の表現を用いれば、「投資判断に重大な影響を及ぼし得る非公知の情報」であって、インサイダー取引につながり得る法人関係情報と全く同じように、厳格な管理態勢のもとに取り扱われるべきものです。
 このことは、金融庁の「資本市場の公正性・公平性に対する信頼性を著しく損ないかねない行為」という認定をまつまでもなく、一般人の健全なる良識に照らして明らかであって、それが違法にならないのは、むしろ法律の不備というべきです。故に、金融庁は、違法行為でないにもかかわらず、事案の実質に即して行政処分を断行したのです。

金融庁は法令よりも厳しい基準を適用したということですか。

 金融庁の真の処分対象が野村證券の営業員による不公正な勧誘行為であること、この点については全く疑問の余地がありません。しかし、この勧誘行為自体には違法性がないため、金融庁としては、それを行政処分の直接の対象にできません。そこで、高度な論理展開によって行政処分の正当性を導いたのですが、その論理の中核はコンプライアンスの本質という新たな概念なのです。
 いうまでもなくコンプライアンスとは法令遵守のことですが、金融庁のいうコンプライアンスの本質とは、表層的な法令遵守よりも高次元にあるもの、別言すれば、法律の外形を超えて法律の本旨に遡るものです。この点については、野村證券の調査報告書が要諦をついています。
 即ち、「一連の情報伝達が市場関係者を含む世間一般からどう評価されるのか(公正であるか否か)ということを考えず、また、「コンプライアンス」を狭く法令遵守に限定して考えていたことは、真の意味でのコンプライアンスの徹底が不充分であったことが原因と考えられる」、あるいは「コンプライアンスが社会常識あるいは社会の期待に応えることを含めた概念であることを看過し」という記述です。
 また、野村證券が改善策として公表した文書には、「市場の公正性・公平性の確保という証券会社にとって重要な役割に対する意識が不十分であったことについては、極めて重く受け止めております」とあります。
 要は、第一に、世間一般の公正性に関する良識に基づく判断あるいは社会常識が法令と同等の効力をもつということであり、第二に、証券会社の負う市場の公正性・公平性の確保に関する理念的責務は法令上の義務と同等の効力をもつということであって、野村證券の一連の行為は、こうした法令を超えた社会規範に違反しているということです。
 
では、その社会規範違反が行政処分の対象なのでしょうか。

 そこが極めて難しいところで、実質的にはそうでも、形式的には違います。野村證券が一連の問題行動を許容してしまったということから、金融庁は次の帰結を導いたわけです。
 即ち、「野村證券の経営管理態勢・内部管理態勢は十分ではないことから、金融商品取引法第51条の規定による業務の運営の状況の改善に必要な措置をとることを命ずることができる場合の要件となる「業務の運営の状況に関し、公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認めるとき」に該当するものと認められる。」
 つまり、金融庁の行政処分とは、金融商品取引法第51条に基づいて、「業務の運営の状況の改善に必要な措置をとることを命ずる」内容なのです。金融庁として、こうした極めて回りくどい論理構成を用いて行政処分に至っているのは、強権の発動については、法令上の根拠を明確にしなければならないからです。
 
しかし、法令上の根拠を明確にする過程で、事案が野村證券の内部管理態勢に限定されてしまい、問題の本質が隠れてしまったのではないでしょうか。

 インサイダー取引の場合、証券会社が重要な法人関係情報を特定の顧客に伝達することは違法ですが、より本質的な違法性は、その情報に基づいて顧客が取引をして不正な利益を得ることです。本事案の場合、金融庁としては、社会規範等を援用することで重要情報を特定の顧客に伝達した野村證券の責任を認定していますが、そこが限界で、その先、その情報を用いて取引をした可能性のある特定の顧客については、違法性がない以上、不問にするほかないのです。
 ところが、社会の最大の関心事は、野村證券の内部管理態勢の不備ではなくて、野村證券から不正な経路で重要情報を入手した特定の顧客とは誰なのか、情報を利用して不正な取引を実行したものがいるのか、それは誰なのか、不正な利益を得たものがいるのか、それは誰なのか、不正な利益の総額はいくらなのかということです。この点が公表されない限り、社会は納得しないのではないでしょうか。

情報の提供を受けたのは機関投資家だとされていますが、機関投資家は、証券会社とは異なる立場において、市場の公正性・公平性の確保に関する責務を負うのではないでしょうか。

 市場の公正性・公平性は、証券会社だけによって実現できるものではなく、投資家を含む市場参加者全員の協働によって確保されるものです。故に、情報を提供した野村證券の責任が問題とされるのなら、情報を得た機関投資家の責任も全く同じ論理によって追及されなければならないはずであって、この点が不問に付されているのは、法律の適用の限界だとしても、論理上の均衡を失するものといわざるを得ません。

調査によっても、不正な取引の存在を確認できなかったのではないでしょうか。

 そもそも徹底した調査がなされたのかどうか不明ですが、仮に調査がなされたとして、野村證券および証券取引等監視委員会の調査能力によっても不正な取引を確認できなかったとすれば、行政処分の根拠となる法律第51条の「公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認めるとき」という要件を充足しているといえるのか、逆に、不正な取引の存在を確認できているのなら、機関投資家の固有名を非開示にするにしても、取引の概要は公表されるべきではないのか、これらの重要な点について、野村證券の調査報告書にも、金融庁の文書にも一切言及がないのは、おかしくないでしょうか。

そもそも、事案の原初において野村総合研究所の研究員が情報を漏洩したこと、これが最大の不正ですが、この研究員の責任追及が全くなされてないのは変ですね。

 本件の本質は、野村證券における重要情報の管理態勢不備とされていますが、より正確には、不正な経路で入手された重要情報の管理態勢不備が問題なのです。
 つまり、東京証券取引所内部の非開示の論議について、野村證券のチーフストラテジストが情報を入手していること自体があり得ないことであって、野村證券内部で情報が伝達される過程において、入手経路の不正に誰しもが気づくべきなのに、それに気づかない社内風土の弛緩、気づいても止めない社内文化の頽廃、これこそが金融庁の行政処分の真の対象なのです。
 この点、最大の論点が野村證券のチーフストラテジストと野村総合研究所の研究員との親密な関係であることは、誰の目にも明らかです。双方とも不正の認識をもっていなかった、原点において不正の認識がないからこそ情報は安易に伝達された、そう考えるほかないのです。
 しかし、チーフストラテジストの責任と、それを管理監督する野村證券経営者の責任は明らかにされていますが、研究員の責任は不問にされています。これは当たり前のことで、研究員は野村證券に属さず、事案の外にあるからです。

金融庁は、野村総合研究所を敢えて「野村HD関係会社等」と呼んでいますね。

 問題の根本原因は、野村證券と野村総合研究所との特殊な関係と、その野村総合研究所の研究員が東京証券取引所の懇談会の委員であることです。このことは誰でもわかることで、野村證券の調査報告書も、金融庁の文書も暗示的に言及せざるを得なかったことです。例えば、調査報告書には、研究員は野村證券との業務委託契約に基づき「セミナー講師等の依頼に対応していた」とあります。

不正の原点は研究員の守秘義務違反ですね。

 野村證券の調査報告書は、研究員は「東証と明文の守秘義務契約を契約していないとしても、懇談会の委員委嘱契約の内容として一定の守秘義務を負っている」とし、研究員の行動を「守秘義務違反と評価しうる」としています。これは極めて常識的な認識ですが、ならば自動的に二つの帰結を生じるでしょう。
 第一に、東京証券取引所の委員任命責任と、委員との間で明文の守秘義務契約をしていなかったことの責任が問われなくてはならず、第二に、情報漏洩した研究員について、東京証券取引所は委員としての責任を、野村総合研究所は社員としての責任を追及せざるを得ないということです。なお、野村総合研究所は、野村證券との関係のあり方について徹底した内部調査を実施し、再発防止策を検討すべきではないでしょうか。
 これらのことは、金融庁の行政処分の埒外のことですが、だからといって重要性が劣るということではなく、事案の本質に照らしたときには、より重要なことです。また、当該研究員は著名人であり、多数の肩書を有していますが、それらの肩書を与えている組織も、しかるべく対応する必要があるのではないでしょうか。

                             
以上


次回更新は、6月13日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
 2018/08/09掲載「なぜ野村證券はETNの早期償還を謝罪したのか
 2017/06/08掲載「野村證券と野村アセットマネジメントは両立できるか
 2017/05/25掲載「野村證券に顧客本位は似合うのか
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。