徹底的に起業を科学する(後編)

森本紀行
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PE&HRのサイトから引用しますと、「PE&HRでは、高い成長を志向するベンチャー企業様の経営実務を一部担い、事業を推進」するとされています。

つまり、通常のベンチャーキャピタルであれば、資本としてのキャピタルは提供するけれども、人、即ちヒューマンキャピタルまでは提供しないのに対して、PE&HRは、その両方を提供しようというわけです。ここで、人というのは、「経営実務を一部担い」といわれているように、どんな企業においても必要とされる実務的な側面を支援する人材のことです。
 確かに、事業構想においては、起業家の属人性が大きい。しかし、どんなに優れた起業家でも、単独では、事業構想の実現はできません。起業家を支える実務的人材は不可欠です。大企業に限らず、中小企業でも、既に事業基盤が確立している企業においては、この手の実務人材は豊富です。豊富すぎて過剰なのかもしれないほどです。ところが、起業したての会社では、逆に、このような実務人材が不足します。この問題は、もちろん、古典的問題で、既に色々な試みがなされています。しかし、古典的問題が、問題として存在し続けるということ自体、画期的な解がないことを示しています。PE&HRは、そこに、起業家の目線での、従来にない解を求めようとしているわけです。
 起業の成功確率を規定するものには、事業構想の良し悪しという要素と、事業構想を実現する実務的基盤の強弱という要素があります。実は、後者の要素は、単なる成功確率の問題ではなくて、持続的成長軌道へ乗るかどうかの確率に決定的に影響します。とりあえず起業できても、その後、成長もせずに「つぶれない」というだけの状態にある企業、いわゆるリビングデッドは、たくさんあります。これは、ベンチャー投資としては、全く意味をなしません。ベンチャー投資には、成功確率と成長確率の二つのリスクがあるのです。

この点は、エムアウトの社長語録の2007年2月のものに明らかにされています。

これは、「第3の道」と題されていますが、「起業ファクトリー」に集約される前のエムアウトの理念の表現形態だった用語です。ここで、田口社長がいわれていることを、私なりに要約しますと、次のようになります。
 ベンチャー企業においては、起業の成功(田口社長ほどになると基準が極めて高くて、成功というのは時価総額1000億円を超える企業になることです。事実、ミスミグループ本社の時価総額は1000億円を超えています)は極端に低い。それは、大企業のような組織的基盤がないからです。一方、大企業の中での起業も成功しない。なぜなら、既存の事業を否定するような本質的に新しい事業構想は生まれ得ないし、実行もし得ないからです。そこで、中間の第3の道です。大企業の外で生まれる大きな事業構想(エムアウトでは、もはや、ここすら起業家に依存しない)と、大企業並みの組織基盤を統合するのです。
 PE&HRも、おそらくは、同じようなことを考えているのです。事業構想評価については、起業家人材を見極めるという伝統手法ですが、組織基盤については、PE&HRに集積されたノウハウを提供することで、成功と成長の確率を高めようとするわけです。
 さて、事業構想評価というのは、技術的には難しいものです。科学としてのベンチャーキャピタル投資は、素人の思い付きに投資することではないのですから、難しいのは当然です。事業構想は、起業家の具体的な経験・知識・技術・先見的知見に裏付けられた、科学的に評価できるものでなくてはなりません。事業構想を評価する客観的な基準がなければならないのです。そこに、ベンチャーキャピタル各社の経験知の集積に基づく固有のノウハウがあります。PE&HRにも、もちろん、固有の手法があるはずです。私がインタビューした34社の日本のベンチャーキャピタル各社にも、それぞれのノウハウがあるはずです。

しかし、いかに科学に徹しても、完全な評価などあり得ません。

判断を誤ることはあります。そこに分散という考え方が入ってきます。小口分散することで、起業の成功確率を管理するのです。しかしながら、私は、日本のベンチャーキャピタルについては、投資先の数が多すぎる事例が目立つのではないか、過剰分散の可能性があるのではないか、との見方を持っています。事業構想評価の手法を高度化することで、銘柄数を減らす余地があるのではないかと考えているのです。リスク管理には、「わからないから分散」という面と、「わかるものに限定」という面との二つの側面があります。科学としての投資とは、二つの面のバランスを適切にとることにほかなりません。
 一方、事業構想をしっかりとした組織的基盤の上に構築することを支援するのは、また別のノウハウです。ベンチャーキャピタルの伝統的用語でいえば、ハンズオン(経営支援、あるいは育成型関与)ということになります。ハンズオンというのは簡単です。しかし、そこには、財務・人事労務・管理・法務・営業戦略などの具体的な課題について、客観的に確立した手法が必要です。私のインタビューした34社にも、それぞれのハンズオンの手法なり考え方が、あるはずです。PE&HRは、人という側面から切り込むことで、その独自性を打ち出そうとしています。エムアウトに至っては、外からの支援ではなくて、内側からの本業としての活動に転換しています。
 ハンズオンの深さと投資先の銘柄数とは関係があります。日本のベンチャーキャピタルにみられる小口分散戦略では、ハンズオンは弱くならざるを得ません。徹底的な支援を行うには、銘柄数を絞るほかありません。一方で、有効なハンズオンには、投資リスクを下げて投資リターンを上げる可能性を秘めています。実際、米国のベンチャーキャピタルでは、追加資本援助も含めた強いハンズオンを前提に、投資先の価値を高めて高いリターンを狙う戦略が主流です。
 別に、米国流のベンチャーキャピタルが優れているとは思いません。分散によるリスク管理とハンズオンによるリスク管理との、どちらに重点を置くかは、考え方の問題でしょう。日本型の分散によるリスク管理も一つの科学です。米国型のハンズオンによるリスク管理も一つの科学です。要は、それぞれのリスク管理の枠組の中で、事業構想評価の科学的基準とハンズオンの科学的手法が、再現可能なものとして確立していればよいわけです。

最後に私の仮説を披露しましょう。

徹底ということです。徹底的に投資することで、起業の成功確率を高めることができるのではないか、という仮説です。徹底的に投資できるためには、投資先の事業の数を少数に絞り込まなければならない、自らの事業として起業しなければならない、社会的必要性に裏打ちされた事業構想でなければならない、徹底的に起業を科学しなければならない、ということです。この仮説をエムアウトは実践しています。仮説の正しさは結果で評価するしかないのですが、私には、結果が出るような予感がしております。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。