徹底的に起業を科学する(前編)

森本紀行
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起業、即ち業を起こすとはどういうことでしょうか。

 資産運用の世界には、この業を起こすことに投資するベンチャーキャピタルが存在します。今回は、このベンチャーキャピタルをめぐる問題を検討してみたいと思います。私は、実は、ベンチャーキャピタル、あるいは起業ということに、かねてより深い関心を持ってきました。関心というよりも、私の人生そのものが起業です。今から約20年前に投資コンサルティングという、当時の日本には存在しなかった事業を立ち上げ、そして約6年前に、このHCアセットマネジメントの事業を起こしました。ですから、起業ということ、あるいはベンチャー投資については、それなりの経験に基づく考え方を持っています。
 また、私は二つの会社の社外取締役に就いています。一つは、株式会社エムアウト、もう一つは、PE&HR株式会社です。エムアウトは起業を本業とする全く新しい発想の会社です。世界にも類を見ないのではないかと思います。PE&HRはベンチャーキャピタルですが、これもまた、創業の最初期の段階からの投資にこだわる珍しいベンチャーキャピタルです。毎月、この二つの会社の取締役会に出席していますと、起業ということについて、多面的に、しかも具体的な実例に基づいて、深く考察する機会に恵まれるので、とても勉強になっています。

さらには、私は、起業への関心、ベンチャーキャピタル投資への関心から、「ベンチャー座」というものの運営に深くかかわってきました。

 「ベンチャー座」というのは、HCアセットマネジメントの持株会社であるMOZAホールディングスが運営する「起業家・ベンチャーキャピタル・投資家を繋ぐコミュニティ・マガジン」でした。要は起業をテーマにしたウェブ上の月刊誌でした。2006年3月号が創刊で、2008年12月号が終刊ですから、34号発行したことになります。この度、当サイトのリニューアルに当たり、「ベンチャー座」のコンテンツは、順次、「インタビュー」という形で再録されていきますので、是非、ご覧ください。
 説明するよりも見ていただいたほうが早いのですが、インタビューは二つに分類されていまして、一つは、起業家、あるいは起業ということに係わりのある方々、もう一つは、ベンチャーキャピタリストです。後のほうのベンチャーキャピタリストとのインタビューは、私が、お相手をさせていただきました。従いまして、私は、日本のベンチャーキャピタル34社の方々と親しく対談させていただいたことになります。

もう一つ個人的なことを付け加えますが、今の私の交際範囲を見渡しますと、形態は様々であれ、何らかの形で独立して、ご自分の事業を営んでいらっしゃる方々が多くなっております。

 これも、自分の生き方の在りようとして、自からなる帰結であろうと思います。
ということで、長い前置きでしたが、以上のような背景に基づきまして、これから起業を科学していこうと思います。しかし、起業を科学するとは大変に大きなテーマです。大きすぎるような気がします。論点は、「科学としての投資の要件を充足するためには、起業への投資、あるいはベンチャーキャピタル投資は、どのような条件を満たさなければならないのか、」ということに尽きます。科学的投資の要件は、収益の予測可能性、裏を返せばリスクの制御可能性に帰着します。要は、起業の成功確率を、どこまで科学的に制御できるか、ということです。以下、この視点から問題を整理したいと思います。
 まず、エムアウトのウェブサイトhttp://www.m-out.comをご覧ください。これは面白い。いきなり脇にそれますが、一番面白いのは社長語録です。2003年12月から毎月の初めに更新されています。説明は不要ですね。読んで下さい。田口弘社長は、いわずと知れた、現在のミスミグループ本社の創業者であり、同社社長を退任された後に創められたのがエムアウトです。徹底的に起業にこだわる偉大な方です。私の最も尊敬する方で、そもそもHCアセットマネジメントは、田口社長の思想を資産運用の世界に適用したものなのです。私は、田口社長の理念に極力忠実であろうと努力していますが、さて、田口社長の厳しい目からご覧になって、どの程度のご評価になるのかは、わかりません。なお、田口社長につきましては、「インタビュー」に「ベンチャー座」の記事を再録していますので、是非、お読みください。

本論に戻りますが、エムアウトの事業は「起業ファクトリー」という全く新しい概念に集約されます。

 これも、エムアウトのサイトを見ていただければ、説明は不要です。鍵になるところを同サイトから引用すれば、「これまでのアントレプレナーによる起業から、組織的かつ科学的な起業への転換」ということになります。同じことを2009年2月の社長語録から引用すれば、「ベンチャーの世界の、いわゆる4畳半をファクトリーに変えよう」ということになります。
 従来の発想からすれば、起業=起業家というくらい、ベンチャー投資においては、起業家の人的要素を重視してきました。まさに4畳半やガレージから立ち上がるアントレプレナーが起業の鍵と考えられてきたのです。それに対し、エムアウトは、起業における人的要素を徹底的に払拭していこうとしています。工場のラインで自動車を作るように、事業を作ろうというのです。ここでは、もはや、起業の成功確率ということは、概念として超越されています。社会が必要とする事業は必然的に創出される、という壮大な構想です。なんと画期的な。田口社長ならではの大胆な発想の転換です。
 次に、PE&HRのウェブサイトhttp://www.pehr.jpをご覧下さい。これまた、「起業家魂」の会社で、面白いです。山本亮二郎社長は、起業家魂そのものの熱い人です。このPE&HRは全く新しい形のベンチャーキャピタルを目指した会社です。ポイントは、屋号にHR(ヒューマンキャピタル)を含めたことに現れているように(ちなみに、PEはプライベートエクイティで、「資本&人」という意味の屋号なのです)、起業における人材の重要性を強調している点にあります。実は、この点にエムアウトと同様な問題意識があります。その点は後編で検討しましょう。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。