金利上昇は銀行等の預金取扱金融機関に有利なのか

金利上昇は銀行等の預金取扱金融機関に有利なのか

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

金利は、市場原理のもとでは、資金の価格として機能し、資金の配置を適正化するのですが、さて、日本の現状において、金利は、ゼロを脱却したことで、その本来の機能を回復したのか。
 
 銀行や信用金庫等の預金取扱金融機関は、戦後の経済復興期から成長期にかけて、産業資金の主たる供給者として、非常に重要な役割を演じました。これを産業政策の面からいえば、預金取扱金融機関を手厚く保護し、そこに国民の小さな貯蓄を集積させて、大きな資金の塊にし、それを産業界に還流させて、経済成長を実現したということです。
 経済成長とは、消費需要の拡大に対して、供給能力の増強が遅行することで、常に設備投資が促され、それが更なる需要の拡大を招くという好循環の仕組みです。こうした状況では、需要と供給能力との間にある恒常的格差は、価格に上昇圧力をかけ続けるので、健全なインフレーションが生じます。
 そして、労働市場においては、労働力への需要の拡大が所得の増大を招き、その伸び率が物価上昇率を上回る限り、実質所得の増大が消費需要を更に拡大させるという好循環が生じます。こうした好循環の仕組みは、資金の需給についても同じことで、融資への強い需要が預金の構造的不足を招くなかで、金利は常に高止まるので、預金は増大した所得を吸収し続けるのです。
 
経済成長が終わると、好循環は悪循環に転落するのでしょうか。
 
 供給能力が変わらないなかで、消費需要が減退すれば、設備投資は低迷し、労働力への需要も伸びないので、所得の増大が止まり、消費需要を再拡大できなくなります。これに対抗して、産業界は、価格を低下させることで、消費需要を維持しようとするので、デフレーションが生じます。こうしたデフレーションは、ひとたび定着してしまうと、そこからの脱却が困難になるという意味では、悪循環といえるでしょう。
 そして、日本経済は、非常に長く、この悪循環のもとにあって、その間、預金取扱金融機関においては、経営者の自覚の有無とは関係なく、構造的危機が進行しました。つまり、融資への需要が減退するなかで、資金の供給能力である預金は、減少しないどころか、むしろ増加したので、喩えれば、売れない過剰在庫を抱え続ける事態に陥ったわけです。いうまでもなく、預金が増加したのは、悪循環からの脱却策のひとつとして、異次元といわれたほどに極端な金融緩和が行われたからです。
 
今、悪循環は好循環に転じ始めたのでしょうか。
 
 そもそも、好循環のもとで、健全なインフレーションが生じるとしても、それを逆転させて、健全なインフレーションが生じれば、好循環が起動すると考えることは、少なくとも論理学的には、推論の誤謬ですし、通貨の下落や資源等の高騰による表面的な物価の上昇と、好循環のもとでの構造的なインフレーションとは、本質的に異なります。
 全く同様に、好循環のもとで、名目賃金の上昇が生じるにしても、それを逆転させて、名目賃金を上昇させれば、好循環が起動すると考えることも、推論の誤謬ですし、名目賃金の上昇は、その上昇率が物価上昇率を上回らない限り、決して好循環につながりません。ましてや、金利が上昇すれば、好循環が起動するなどとは、到底、考え得ないわけです。
 故に、事実として、物価、名目賃金、金利の三つが揃って上昇したからといって、日本経済が悪循環を脱したというのは早計です。逆に、物価の上昇は、名目賃金の上昇を相殺するなど、新たな懸念材料を提供している面があります。いずれにしても、経済が消費者心理の問題であるなかで、物価の上昇は、更に価格が上がるよりも前に買っておこうという消費を誘発するのか、逆に、防衛的な消費抑制をもたらすのか、さて、どちらでしょうか。
 
では、預金取扱金融機関の危機は好転せず、むしろ悪化したのでしょうか。
 
 金利が上昇するとき、預金取扱金融機関の経営においては、資金の調達費用が上昇するものの、資金の運用収益は、それを上回って増加するので、増益になると考えられています。つまり、金利の上昇によって、預金取扱金融機関の危機は好転するというのが一般的な理解なのです。実際、この理屈から、株式市場では、銀行の株価が相対的に堅調に推移してきたのだと思われます。しかし、事態は、そのように単純なものではありません。
 
まずは、国債の評価損ですか。
 
 先ほど述べた過剰在庫としての預金は、規制等から生じる諸制約のもとで、主として、国債に投資されてきました。そこで、金利上昇によって、国債の価格が大きく下落したために、程度の差こそあれ、どの預金取扱金融機関にも、現状、評価損が発生しています。そして、重要なのは、程度の差なのであって、預貸率、即ち、融資額を預金額で除した値が低いところほど、国債投資の額が大きく、故に、評価損も大きいわけで、なかには、自己資本を一掃するほどの評価損が発生しているところもあるはずです。
 さて、ここでわかることは、預金取扱金融機関の危機は、潜在的な危機であったことです。なぜなら、金融緩和が進行しているときは、金利低下が継続するなかで、国債の価格は上昇し続けてきたので、国債は非常に有利な投資対象だったからです。そして、潜在的な危機は、金融政策の転換によって、金利が上昇したとき、大きな評価損の発生という形で、一気に顕在化したわけです。つまり、危機は、経営者に自覚されにくいなかで、深刻化していたのです。
 
過去に向かっては、国債の評価損が問題だとしても、未来に向かっては、危機は解消したのではないでしょうか。
 
 金利が上昇したという事実の背後に、産業界の資金需要の高まりがあるとすれば、預金取扱金融機関の総体においては、既に潤沢にある預金の稼働率が改善するだけなので、預金金利の上昇は、貸出金利の上昇に大きく遅行するはずで、故に、利鞘が拡大するという有利な状況が生じます。まさに、危機の終焉です。
 このとき、個々の預金取扱金融機関については、理屈上は、預貸率の低いところから、高いところへ、資金の移動が生じます。なぜなら、インターネットの利用が普及している現況のもとで、金利に感応して、資金が速やかに動くとすれば、預貸率が既に高いところは、僅かに高い金利を提示するだけで、自分が営業基盤をもたない遠い地方からも、預金を吸収できるからです。こうした資金移動が起きれば、個々の預金取扱金融機関においても、適正な預貸率が実現して、危機は終焉するはずです。
 つまり、極めて長期に及んだ金融緩和のもとで、預金金利がゼロに張り付いた状況のなかでは、資金の価格としての金利は機能せずに、資金は非効率に偏在していたのですが、金利は、ゼロを脱却したことで、資金の価格としての指標性を回復して、市場原理のもとで、資金の配置を適正化すると考えられるのです。
 
しかし、現実は異なるというのでしょうか。
 
 現状、いくつかの重要な論点を指摘できます。第一は根源的な疑問であって、そもそも、本当に、金利上昇の背後に、産業界の資金需要の高まりがあるのか、日本経済は悪循環から脱却する契機をつかんだのかという点です。この疑問が解かれない限り、預金取扱金融機関の危機は、真に終焉したとはいえないでしょう。
 第二は情報の不足であって、資本市場においては、金利は、預金金利に比して、より大きく、より速く変化するので、金利が上昇すれば、預金取扱金融機関全体の預金から、資本市場への資金流出があると考えるべきですが、その量や時期、流出の引き金となる金利水準などについては、過去に似た事態の経験がなく、多くは不明なのです。
 第三は地域経済圏の将来に関わることで、預金が流出する預金取扱金融機関は、多くの場合、地方に立地するわけですが、預金には、経済圏における決済予備資金の滞留という側面があるなかで、預金流出は、地域経済圏の更なる縮小につながるのではないかとの懸念があるわけです。
  ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
金利上昇で預金獲得に努力する銀行は愚かなのか(2026.1.15掲載)
粘着性の高い預金の安定確保と顧客理解に基づく融資力の強化が、金利環境下における金融機関の持続的な競争力を左右すると考えられます。

イールドカーブは金融政策の先を読んで姿を変える(2023.2.16掲載)
金融政策と景気循環を背景とした金利変動が、イールドカーブに与える影響とその読み方を解説しています。

成長資本と地域金融(2010.5.20掲載)
地方資本と金融の関係を解説し、将来的に地方から預金が流出する可能性への懸念と、その対応策について一定の示唆を与えています。
(文責:王)

次回更新は、連休中の休載を挟んで、5月14日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。