投資運用業において美術品が投資対象になり得ないわけ

投資運用業において美術品が投資対象になり得ないわけ

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

普通の人にとっては、金や暗号資産、あるいは宇宙開発事業も投資対象であり得ますが、社会的責任を負う投資運用業においては、投資対象の範囲は厳格に定義されるべきです。
 
 投資対象とは、原則として、現に現金を創造しているものです。現に現金を創造しているからこそ、現金創造の仕組みを解析できるのであり、故に、将来の現金創造について、合理的な方法による推計が可能になるのです。そして、将来において創造される現金を合理的に推計できるからこそ、その現在価値として、投資対象の価値を算定できるので、その価値を投資判断の基準にできるわけです。
 
現に現金を創造しているものとは、典型的には、事業活動でしょうか。
 
 事業活動とは、要は、現金を創造するためのもので、企業の発行する株式や社債が投資対象なのは、企業が営む事業が現金を創造しているからです。企業は、事業活動に必要な資金を株式や社債の発行によって投資家から調達し、事業活動によって現金を創造して、それを投資家への還元として最配分しているわけです。
 社債は、事前に定められた利息金と満期時の元本償還金を創造するものですが、その支払い原資は事業活動から創造され、事業活動には不確実性を伴うのですから、社債の価値、即ち、将来の利息と償還金の現在価値は、債務不履行の可能性をも考慮して、計測されることになります。そして、価値と社債の実際の価格とを比較したとき、例えば、価値のほうが高ければ買い、低ければ売るという投資判断が形成されるのです。
 株式に配分される現金は、事業活動が創造した現金から、全ての費用と法人税を控除した残余です。残余だからこそ、事業活動の状況によって、その金額は著しく大きく変動しますから、将来における残余の現在価値として、株式の価値を計測するときには、大きな不確実性を勘案することになります。そうして得られた株式の価値について、実際の株価と比較したときに、投資判断が形成されるのです。
 
賃貸に供されている不動産も、賃料という現金を現に創造しているから、投資対象なのですか。
 
 普通は不動産が投資対象だと考えられていますが、現金を創造するものが投資対象だとしたら、真の投資対象は賃料という現金を創造する賃貸契約です。賃貸に供されることで現金を創造するものの代表は、確かに不動産なのですが、他に船舶等の様々なものが賃貸規約の対象になり得るのであって、不動産は賃貸契約の対象の一例にすぎないわけです。この点、株式投資において、真の投資対象が発行体企業の事業活動であって、株式は、そこへの通路の一例にすぎないのと同様です。
 
現金を創造しないものは、賃貸のような現金創造の工夫を加えれば、投資対象になるのでしょうか。
 
 破綻した企業に対する債権は、仮に企業が清算されるとすれば、必ず残余財産からの配当を生じるのですから、現金を創造するのであって、その価値は、合理的に見積もられた回収額の現在価値として、計測可能です。そして、実は、こうした破綻債権は、市場で取引されていて、一般に、その価格は価値よりも著しく低いので、有利な投資対象になるのです。
 価格が著しく低い理由は、売り手は、手間と時間をかけた債権回収よりも、売却による即座の事案処理を選好するからです。逆にいえば、買い手は、回収に手間と時間をかけることで、破綻債権を有利な投資対象に構成し直しているわけです。これは、不動産等について、賃貸に供するという手間をかけることで、投資対象に構成するのと同じことです。
 
では、美術品や骨董品なども、有料で鑑賞に供すれば、投資対象になるのでしょうか。
 
 美術館は、入館料をとっていても、おそらくは、現金を創造しているのではなくて、美術品の購入費や維持管理費のほうが圧倒的に高くて、現金を喪失していて、その損失を財団の運用収益、政府等からの補助金、民間の寄付金等で埋めているから、存続できているのでしょう。また、美術展等の催事も、入場料をとるにしても、それ自体で収益をあげ得るものではなくて、集客等を目的とした一種の広告宣伝活動として、現金の喪失なのでしょう。
 ただし、美術品の経済合理的な価値について検討することは有益です。さて、ある美術品について、それを有料で鑑賞に供する施設を作り、鑑賞料を徴収するとします。鑑賞料の水準と来場者数の見積もりについては、その美術品の世間的な知名度や評判等から合理的に設定し得るとすれば、将来における鑑賞料の現在価値が推計されます。そこから、施設の将来的な維持管理費用の現在価値を控除すれば、その美術品の経済価値が算定されるはずです。
 しかし、この経済価値に基づく価格では、その美術品の取得は不可能だと考えられます。なぜなら、そもそも、美術品の価格は、経済合理性に基づいて形成されるはずもなく、富裕な美術品蒐集家の所有欲や情熱によって大きく左右されるからです。つまり、美術品が投資対象になり得ない真の理由は、その価格形成が経済合理的ではないからなのです。
 
程度の差こそあれ、どの投資対象の価格形成にも、非合理的な側面があるのではないでしょうか。
 
 例えば、株式投資において、株式の価値を合理的に推計して、それと実際の株価とを比較するという行為は、確かに、一方では、株価形成に非合理性のあることを前提にしていますが、他方では、株価は合理的価値の方向へ動く、あるいは合理的価値の周辺で推移するという期待に立脚しています。これに対して、美術品の価格の場合には、合理的に推計される価値の方向に動くとは決して想定され得ないわけです。
 投資対象は、現金を創造するからこそ、価値を合理的に推計できるのであって、その価格は、常に価値とは異なるにしても、価値からは大きく乖離し得ないのです。逆にいえば、現金創造に基づく価値評価が可能であり、故に、価格の推移について、合理的な予測判断をなし得るものだけが投資対象だということです。
 
一般的に事業活動が投資対象だからといって、不確実性が著しく大きものは、合理的な価値評価が困難なので、投資対象にはなり得ないのでしょうか。
 
 事業は、不確実性のもとで、創業時に現金を失いながら、また、創業後も、ときに赤字に転落して現金を失いながら、長期趨勢的に現金を創造するのであって、その事業構造に規定された趨勢的な現金創造が価値評価の基準になるのです。そして、その趨勢は、やはり不確実性であって、社会の変化のなかで変化しますが、そのときは、企業は適切に事業構造を転換して、持続的な現金創造を継続すると期待されているわけです。
 つまり、投資対象は、現金創造に不確実があるとしても、それが制御可能だと考えられる限りにおいて、投資対象なのです。しかし、現実には、宇宙開発、創薬、AIなど、制御不能なほどに不確実性が著しく大きい事業領域において、多くの企業が活動しており、長期間にわたって、大きな損失を計上しながら、遠い未来の巨額な現金創造を目指しています。そして、これらは、社会的には、立派な投資対象として認知されているわけです。
 
将来の夢に賭けることについて、顧客の資産を一任で運用する投資運用業においては、限界があるのでしょうか。
 
 投機的な試みとして、あるいは冒険的挑戦として、新世界を求めた大航海時代の船出がなければ、今日の世界経済の繁栄はなかったでしょうから、むしろ、投機的冒険、あるいは未来への賭けこそ、資本主義経済の動因かもしれません。しかし、こうした冒険への資金供給は、投資運用業の外にあって、大きな損失に耐え得る富裕層の資産運用として、起業で大成功した人の新たな挑戦として、あるいは、個人が宝くじを買うことの延長として、なされるべきではないでしょうか。
 
ましてや、暗号資産や金のように、現金を創造し得ないものは、投資運用業の対象ではないのでしょうか。
 
 暗号資産や金は、いかに工夫しても現金創造の仕組みに構成し得ないので、投資運用業の枠組みのなかでは、理論的には、決して投資対象になり得ません。しかしながら、非常に難しい論点があって、決済手段としてなら、保有し得るのではないかとも考えられるわけです。
  ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
アートに投資する投資のアート(2013.5.21掲載)
一般的にアートそのものはキャッシュフローを生まないため投資対象にはなりませんが、投資技法としてアートを担保などに用いることは可能なのではないかと論じています。

キャッシュフローの現在価値としての資産価値(2010.7.1掲載)
現金創造と資産価値の関係について基礎的な概念を説明しています。このコラムを読んだうえで当コラムを読むとより理解しやすいと思います。

投資対象の価値は将来のネット現金の現在価値なのだから(2024.10.17掲載)
このコラムでは投資対象の価値について現金創造の予測と割引率二つの要素から説明しています。
(文責:岸野)

次回更新は、3月26日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。