銀行や信用金庫等の経営の要諦は、金利変動に関係なく、預金と融資の間の利鞘を安定的に確保することですが、そのなかで重要な役割を演じているのが預金の粘着性なのです。
銀行や信用金庫等の預金取扱金融機関の本質は、その名の通り、預金によって資金を調達できる特権にあって、その事業の基本は、預金によって資金を調達して、調達した資金を融資によって運用することです。故に、主たる利益源泉は、利鞘、即ち、調達費用と運用収益との差分になりますが、利鞘は金利によって規定されているので、預金取扱金融機関においては、絶えず金利が変動するなかで、利鞘を安定させることが経営課題になるわけです。
利鞘の安定とは、調達費用が増加すれば、同程度に運用収益も増加し、調達費用が減少すれば、同程度に運用収益も減少するという関係が維持されることであって、この関係が単に表層的な数字においてではなく、真に実質的に維持されていれば、理論的には、負債価値の増減に対応して、同一方向に同程度の資産価値の変動が生じているはずですから、預金取扱金融機関の基礎的な利益、および経営の安定性は維持される、即ち、金利変動に対して耐性をもつということです。
預金取扱金融機関にとって、金利変動は利益を得る機会ではないのですか。
預金取扱金融機関に特権が付与されているのは、預金、および、預金を原資とした融資が社会的に重要な機能を演じているからです。故に、経営の要諦は、金利変動に対して中立であること、即ち、金利変動が経営に与える影響を最小化することになるのです。なぜなら、金利変動を利益獲得の機会とすれば、それは同時に損失を発生させる機会にもなり、経営の安定性を損ない、社会的機能に障害を生じさせることになり得るからです。
金利は期間によって規定されるので、預金という短期の調達によって、融資という長期の運用を行えば、金利変動の影響は避け得ないのではないでしょうか。
金利は、常に、調達期間、あるいは逆の立場からいえば、運用期間との関係で決められていて、資本市場では、1日という最短期から、40年という超長期に至るまで、期間に対応した金利のもとで、資金の取引がなされています。いわば、金利は資金の利用料なので、利用時間に応じて利用料が決まるわけです。ただし、通常は、時間が長いほど、金利は高くなりますが、必ずしも、常に、そうなるわけではありません。
預金は、実際上は、長期間にわたって滞留するにしても、制度上は、いつでも引き出され得るものですから、その期間は1日であり、その金利は短期金融市場で形成される金利に連動して決められています。融資の期間は長短様々であり得ますが、その金利は期間に応じて決まるのではなくて、短期の市中金利に連動して変動するように定められています。
故に、預金と融資の間には、期間に大きな差があっても、金利については、同一基準のもとで連動して動くので、市中金利が変動しても、利鞘は動かないのです。この場合、利鞘とは、融資先の債務履行能力に応じて設定される上乗せ金利であって、預金取扱金融機関の業務の本質は、金利変動に関係なく、この上乗せ金利を安定的に稼得することにあるわけです。
融資需要のなかには、長期固定金利のものもあるのではないでしょうか。
設備投資等の長期の計画に基づく資金調達においては、期間は長く設定され、計画遂行の予見可能性を高めるために、固定金利が選好されるはずです。こうした長期固定金利の資金需要については、社債や株式の発行、預金取扱金融機関以外の業態からの融資、その他の様々な代替的手法によって、対応されるのが原理原則です。
しかし、日本の金融の現状においては、預金取扱金融機関は、歴史的な事情のもとで依然として支配的な地位にあって、長期固定金利の融資についても、対応せざるを得ない状況、あるいは、より強い表現を用いれば、対応すべき状況に直面するはずです。この場合には、利鞘が不安定になるので、その不確実性に応じて、金利が高めに設定されるのだと考えられます。
ただし、長期固定金利の融資は、預金取扱金融機関の経営の本則に反するのであって、本則に反する例外については、自己資本の厚み等、経営上の諸条件を総合的に勘案したうえで、量的制限のもとで、慎重になされるべきであって、少なくとも、融資量の拡大を追求するなかで、積極的に展開されるべきものではないのです。
実際には、融資量の拡大が追求されて、長期固定金利の融資が増加しているのではないでしょうか。
仮に、通常の変動金利の融資に関心はないが、長期固定金利の融資ならば、ぜひ借りたいという顧客がいたとして、預金取扱金融機関として、そこに融資を実行するとしたら、おそらくは、経営の逸脱として、批判されるべきでしょう。なぜなら、預金取扱金融機関の融資の本則に反するだけではなく、そもそも、そうした資金需要は、合理的な資金使途をもたないものとして、真の資金需要とはいえないからです。
しかし、現実には、真の資金需要が低迷するなかで、敢えて融資量の拡大を目指してきた預金取扱金融機関においては、長期固定金利の融資が増加してきた可能性を否定できません。こうした長期固定金利の融資については、金利が上昇に転じたとき、収益は増加せずに、費用だけが増加するので、経営の重荷になることが懸念されるわけです。
長期固定金利の融資以上に、国債の評価損のほうが問題ではありませんか。
預金取扱金融機関が依然として金融の中心的な担い手になっている現実のもとで、国民蓄積の多くは預金に滞留しています。しかし、経済の低成長が定着するなかで、融資に対する需要は低迷していますから、構造的に預金が過剰となって、その過剰分が国債に投資されてきたのです。
ここでの問題は、国債への投資自体ではなくて、投資対象とすべき国債の年限の選択であって、預金取扱金融機関の経営の基本からすれば、投資対象は短期の国債に限られるはずだということです。しかし、非常に長期にわたって、短期国債の利回りは極端に低い水準にあって、そこで得られる金利収入では、調達費用を賄えないので、取扱金融機関としては、年限の長い国債に傾斜し易い状況にあったのです。なぜなら、国債の利回りは、絶対値が極端に低いなかでも、年限が長くなるほど、高くなる状態を維持してきたからです。
そこで、金利の上昇した今、国債価格の下落によって、どの預金取扱金融機関にも、金額に程度の差こそあれ、評価損が発生しているわけです。程度の差とは、国債価格の下落幅は、年限が長いほど、大きくなるのですから、年限の長い国債への傾斜を強くしていたところほど、評価損が大きくなっているということです。
評価損は、経営規模に対して極端に大きくならない限り、直ちに経営に深刻な影響を与えるものではありませんが、長期固定金利の融資の問題と同じで、費用が増加しても、評価損のある国債からの金利収入は増加しないので、経営の重荷になるのです。
金利が上昇していくとき、預金が流出する危険はないのでしょうか。
預金には決済機能があるほか、より本源的に、現金は、基本的に、預金の形態で存在しているのですから、金利だけの問題で、預金が減少することはないと考えられます。つまり、預金は、金利変動とは無関係に、一定量は必ず滞留するのであって、これが預金の粘着性といわれる問題です。逆にいえば、粘着的ではない預金については、市中金利が預金金利よりも高くなれば、流出する可能性があるということです。
預金取扱金融機関にとって、預金の粘着性を高めることが経営課題なのでしょうか。
粘着性のある預金は、融資の原資として最適であるばかりか、融資されないときでも、調達費用よりも短期資本市場での運用による収益が大きくなれば、利益源泉になります。実は、決済機能の高度化は、決済用に滞留する預金を確保して、粘着性を高める戦略にほかなりません。これに対して、高い金利で預金を集めることは、調達費用を高めて、粘着性を低下させる愚かなことなのです。
・銀行が融資先の企業価値を高める努力をする担保法制の創造(2024.4.11掲載)
「事業性融資の推進に関する法律」は、銀行などに対し、融資事業の可能性を拡大する契機となり得ます。
・日陰の存在を脱して陽が当たるノンバンク金融仲介(2023.5.25掲載)
預金取扱金融機関は社会的機能を担っていることから、融資対象には一定の制約があります。事業性融資の推進により融資対象の拡大が期待される一方で、産業界における資金需要を補完する存在として、ノンバンクの存在も不可欠です。
・未来の金利の変化が現在の金利を作るという不思議(2023.2.2掲載)
債券投資において肝になる金利と時間の関係性について解説しています。
(文責:ティ)
次回は、年末年始の休載を挟んで、2026年1月8日(木)に更新します。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
