投資対象としての適格性を備えたものは、債券等の金融債権と、事業活動だけです。不動産投資においても、投資対象は、不動産ではなくて、不動産事業なのです。
投資対象とは、現金を創造するものです。例えば、債券は利息という現金を創造するので、投資対象なのです。また、企業自体が現金を創造する装置であるからこそ、その創造された現金を分配する仕組みとして、企業の発行する社債と株式とが投資対象になるわけです。同様に、不動産が投資対象になるのは、賃貸に供されたときに、賃料という現金を創造するからなのです。
そうしますと、金の地金は投資対象ではないのですか。
投資対象は資産と呼ばれていて、投資と同義の言葉として、資産運用があります。しかし、資産という言葉は非常に広義に使われるので、投資対象としての資産は、現金を創造するものとして、狭義に再定義されているわけです。つまり、資産と呼ばれていても、投資対象になり得るとは限らないのです。
金は、確かに社会的評価の確立した資産ですが、現金を創造しないのですから、投資対象としての資産ではありません。また、同様に、美術骨董品にも、資産価値が社会的に確立したものが多いわけですが、いかに資産価値の高いものでも、いかに著名な作品でも、現金を創造しないので、投資対象にはなり得ないわけです。
しかし、事実としては、金や美術品に投資する人もいるようですが。
投資という言葉も広義に使われますが、ここでいう投資は、狭義に定義されたもので、顧客の資産を運用する投資運用業における投資や、年金基金等の受益者に対する責任を負う投資家の行う投資など、合理的な手法による投資対象の価値評価に基づいて、投資判断の形成がなされるものに限られます。
この合理的な手法による価値評価が決定的に重要なのであって、故に、この狭義の投資の世界では、投資対象は現金を創造するものに限られるのです。なぜなら、投資対象の価値は、将来において創造される現金の現在価値としてのみ、測定されるからです。つまり、金や美術品のように、現金を創造しないものについては、価値を評価する方法がなく、単なる価格の予想、即ち、合理的根拠を欠く予想に基づく判断しか形成できないので、投資ではなくて、投機になってしまうわけです。
株式投資においては、株価予測で投資判断をしてはいけないのでしょうか。
ここでいう厳密に定義された投資においては、株価を直接に予測するのではなくて、発行体企業の事業価値、即ち、現金創造能力を評価し、株式に帰属する将来の現金、即ち、将来利益の現在価値を評価して、その価値の変動にともなって、株価が変動することを予測します。価値評価を欠いた単なる株価予測に基づく投機と、株式の価値評価に基づく投資とは、外貌上は、偶然に同じ売買行動に至るとしても、その動機の形成経路において、本質的に異なるのです。
不動産も、将来の賃料の評価が可能な限りにおいて、投資対象になるということですか。
厳密にいえば、不動産は投資対象ではないのです。不動産への投資においては、投資対象は、不動産そのものではなくて、不動産から賃料を発生させる賃貸契約です。別の表現をすれば、将来の賃料を規定する賃貸契約の存在によって、不動産が投資対象に構成されるのです。
故に、例えば、土地は、更地である限り、投資対象になり得ません。土地は、賃貸に供されたとき、あるいは、そのうえに建物や施設等が建設されて、それらが賃貸に供されたとき、それらと一体のものとして、投資対象になるのです。更地を価格の上昇期待だけで取得し、有利に転売しようとすることは、典型的な投機であって、決して投資ではありません。
不動産投資とは、例えば、事務所用建物を取得し、保守管理を行い、賃借人を誘致し、賃料を発生させ、退去者が出れば、新たな賃借人を探し、必要な保全や改修のための追加投資を行うという一連の行為を意味します。当然のことながら、投資を純粋に資金の投入とするためには、不動産を投資対象に構成させる一連の行為の全ては、専門家、即ち、不動産の投資運用業者に委任される必要があるわけです。
不動産への投資というよりも、不動産事業への投資ではないでしょうか。
現金を創造し、かつ、創造される将来の現金が合理的な方法で評価され得るもの、即ち、投資対象としての適格性を備えたものは、債券等の金融債権と、事業活動だけです。多種多様な投資対象があるのは、金融債権に様々なものがあるからであり、なによりも、事業活動が創造する現金への参画方法として、様々なものを設計し得るからなのです。
事業活動は、多くの場合、企業によって営まれますが、事業活動には資金が必要となるために、企業は、株式や社債を発行するなどの方法によって、資金を調達し、事業活動によって現金を創造して、創造された現金を資金提供者に配分するわけです。実は、この配分方法は、株式や社債などの多様な資金調達手段の性格を規定するものであって、配分方法の相違に応じて、多様な投資対象が生み出されるのです。
さて、不動産投資は、不動産事業への投資なのですが、それが投資として成立するのは、どの企業にとっても、事業活動のうえで、不動産の利用は不可欠だからです。企業が利用し、賃料を支払うからこそ、不動産事業は現金を創造し、故に、不動産が投資対象になるわけです。そして、視点を変えると、企業にとって、不動産を借りることは、不動産を保有するための資金を不要にするので、消極的な意味での資金調達になっているわけです。
不動産に投資することと、不動産事業を営む企業に投資することとは、原理的に同じなのでしょうか。
不動産事業を行う企業は、多くの場合、新規物件の開発、即ち、土地のうえに現金創造の仕組みを構築することと、開発済みの物件の保有との二つの性格の異なる事業を併営しています。これに対して、不動産投資とは、開発済みの物件を保有することであって、不動産の開発を含みません。
故に、仮に、開発済み物件の保有に特化した企業があれば、その企業に投資することと、不動産投資とは同じになります。しかし、企業の本質は、未来へ賭けていくこと、即ち、不動産事業についていえば、新規物件の開発にあるわけで、開発済み物件の保有は、補完的機能にすぎないのですから、そこに特化する企業を想定することはできません。
開発済み物件の売却先として、投資家があるということでしょうか。
投資対象としての要件を備えた不動産は、投資家によって所有されるべきであり、不動産開発を行う企業は、投資対象としての不動産を創出し、それを投資家に売却することで、次の開発のための資金を調達すべきなのです。そして、個人の投資家が集団的に不動産を保有できる仕組みとして、不動産投資信託があるわけです。こうして、不動産投資信託の運用会社が不動産の保有に特化することで、不動産開発を行う企業との間で、分業がなされるのです。
不動産投資信託には契約型と会社型があって、会社型はJ-REITと呼ばれている不動産投資法人で使われています。そして、現在では、この不動産投資法人は、個人投資家にとっての代表的な不動産投資の方法になっているわけです。なお、企業への投資の手段として、株式と社債があるように、投資法人にも、株式に該当する投資証券と社債に相当する投資法人債があって、通常は、投資証券に投資されているのです。
不動産投資法人にも、法人税が課せられるのでしょうか。
理屈上は、不動産投資法人の投資証券への投資は、賃貸物件の保有に特化した企業の株式への投資と同じです。不動産投資法人は、賃貸物件の保有に特化した法人だからです。しかし、不動産投資法人には、利益の90%を超えて配当すること等の条件のもとで、法人税を免除する優遇措置が講じられていますから、投資家にとっては、不動産投資法人の投資証券のほうが有利なのです。
ただし、注意すべきは、税制優遇措置があるからこそ、不動産投資法人には多くの規制が課せられていることです。つまり、投資において重要なのは、税制の優遇措置によって得られる利益と、それに伴う制約から生じる逸失利益との間で、適切な比較衡量がなされたうえで、投資判断が形成されることなのです。
・不動産投資における投資対象は不動産ではないのだ(2022.4.7掲載)
不動産投資について不動産の所有が目的ではなく、不動産投資の必要性や、不動産の値上がりを投資目的とすることについての見解を述べています。
・アートに投資する投資のアート(2013.5.21掲載)
優れた美術品は、高い経済価値を内包しているものの、それ自体一切キャッシュフローを創出しないので、適格な投資対象としての資産ではありません。では、どのような仕組みを作ればアートからキャッシュが生まれるのか、という投資のアイデアについて紹介しています。
・投資の本質と乳牛の値段の関係(2008.9.18掲載)
投資と投機の違いを、「豚よりも牛」、パイプライン投資、不動産投資を例に解説しています。
(文責:坂口)
次回更新は、お盆期間の休載を挟みまして、8月21日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。