贋物作りの企業が本物作りのプロフェッショナルになるとき

贋物作りの企業が本物作りのプロフェッショナルになるとき

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
<毎週木曜日 11:30更新>

企業にとって、プロフェッショナルの仕事の複製品ではなく、本物、即ち、顧客の真の需要に適うものを作ることは、ロボットが人間になることよりも、簡単ではないのか。
 
 プロフェッショナルは、高度な専門的知見や熟練による高度な技術に基づいて職務を行う自営業者のことで、その代表例は弁護士や料理人です。プロフェッショナルの事業領域は、かつては、非常に広かったのですが、現在では、多くの分野で企業化が進行していて、狭くなっています。例えば、飲食業においては、外食産業の企業が支配的になっているわけです。
 企業化が進行した理由は、プロフェッショナルの業務は、人的制約のもとで量的に拡大できないからです。企業化によって量的拡大を実現すれば、規模の経済によって低価格化が可能となり、それが新たな需要を創造して、更なる量的拡大が実現します。この好循環によって、企業化が加速し、プロフェッショナルを淘汰したわけです。
 また、プロフェッショナル個人では、危険を負担できず、業務範囲が限られるのに対して、企業化して、資本を充実させれば、危険を積極的に負担できて、負債による資金調達も可能となって、事業の成長に賭けていくことができます。企業は、資金力を背景にして、業務の効率化と拡大のための設備投資を行うことで、供給増と需要増との好循環による事業拡大を実現して、プロフェッショナルの領域を狭めてきたということです。
 
企業化とは、プロフェッショナルの仕事の複製でしょうか。
 
 プロフェッショナルの仕事が量的に拡大し得ないのは、個人で完結させるからです。故に、企業化においては、プロフェッショナルの仕事を分解して、単位作業毎に担当者を配置し、作業を組織的に連結統合して再構成して、量的拡大を実現することになるわけです。つまり、企業化とは、一人で完結するプロフェッショナルの仕事について、多数の人の分業によって、大量に複製することにほかならないのです。
 
複製によって、新たなものは創造され得るでしょうか。
 
 単なる複製によっても、単なる量的拡大によっても、新たなものは創造され得ません。しかし、企業化が実現したのは、価格と質との間の効率的な関係であって、そこに新たなものが創造されたのです。
 例えば、プロフェッショナルの寿司職人は、伝統的な質の高さに徹底的に拘るので、量的に事業を拡大させることができず、また、そもそも量的拡大を望みもしないのですが、回転寿司店を展開する企業は、職人の高度な技を必要としない業務体制を構築し、量的拡大のために、寿司の提供形態を全く新たなものにし、食材を多様化させて、価格との関係における独自の質を実現させたわけです。つまり、回転寿司の代表的商品であるサーモンの寿司こそ、企業化による創造の代表例なのです。
 また、量的拡大には、新たな顧客層を取り込むことが必須の要件となりますが、回転寿司は、独自の接客と寿司の提供形態、および価格と質との間の割安な関係によって、伝統的な寿司職人の店とは全く異なる顧客基盤を開発して、新たな需要を創造し、急成長してきたわけです。
 
需要の創造においては、広告宣伝の効果も大きいのでしょうか。
 
 プロフェッショナルは、専門的知見や熟練によって形成される技術に基づいて仕事をしていて、その高度な技能によって、顧客を引き寄せるのですから、広告宣伝を必要としません。そもそも、供給能力が限られているので、広告宣伝によって顧客を増やそうとすることに意味は全くないのですし、顧客が不足して、供給能力に余裕があるから広告宣伝をするというのなら、顧客を引き寄せるに足るだけの高度な技能を欠いているのであって、プロフェッショナルではないわけです。
 こうして、プロフェッショナルは、供給能力の限界のもとで、既存の需要に受動的に対応するだけなのに対して、企業化された事業においては、供給能力を先行的に拡大させるので、能動的に新たな需要を創造することが必須の要件となりますから、広告宣伝によって消費者の欲望を刺激することは、非常に重要な意味をもつわけです。
 
需要を創造するものは、基本的には、所得の増加ではないでしょうか。
 
 経済成長とは、所得の増加が消費需要を創造し、消費需要の増大が経済成長の動因となって、所得が増加し、それが更に新たな消費需要の拡大につながるという好循環のことです。例えば、かつての日本では、家庭電器製品や自動車を製造する企業では、事業の成長に伴って、賃金を引き上げ、賞与を払い、それで自社製品に対する需要を創造し、それによって更に成長するという好循環を実現していたわけです。
 所得が増加するなかで、消費意欲は自然に増大するわけですが、それを刺激する広告宣伝や営業活動は、消費需要を大きく増幅させ、消費需要の増大が経済を成長させて、更なる所得の増加をもたらすという好循環に寄与してきたのです。加えて、欲望を所得の増加よりも先に実現していく仕組みとして、割賦販売という金融機能も重要な働きをしていました。
 
日本の現状において、超成熟経済のもとで、営業活動や広告宣伝は有効なのでしょうか。
 
 経済の超成熟化とは、所得が大きく伸びないなかで、所得と必要な消費とが均衡して、経済の循環的成長が起きなくなることです。つまり、経済成長の初期段階においては、豊かさへの憧れが欲望の増殖につながって、旺盛な消費需要が生じるのですが、成長が持続していくなかで、ある段階に社会の豊かさが達すれば、欲望は飽和してしまい、成長の動因ではなくなるわけです。
 こうして、超成熟経済に達した日本では、所得増と消費増との好循環に替わって、消費が伸びないから、所得が伸びないという悪循環が生じています。そこで、政府は、所得を伸ばせば、消費が伸びるとの前提のもとで、経済政策として、企業に対して、賃金の引き上げを要請しており、企業は、インターネット環境のなかで、高度な技巧を凝らした新たな広告宣伝を展開して、消費需要の創造に取り組んでいるわけです。
 しかし、欲望の飽和のなかで、政策的な呼び水として、所得を伸ばしたとしても、それが消費の増大をもたらし、自然な所得増につながる好循環が生じるとは限らず、また、営業活動の巧みな戦略は、顧客の真の利益に反した欺瞞的なものになりやすいと考えられます。むしろ、より本質的な問題として、欲望の飽和そのものについて、再検討されなくてはならないでしょう。
 
欲望は、量的に飽和し、質的に多様化するということですか。
 
 経済成長のもとで、企業は、量的拡大を志向するなかで、顧客の個別の需要ではなく、量的に最大化された標準的需要に対して、標準化された商品を大量に提供してきたのであって、飽和した欲望とは、そうした画一化された量的な欲望なのです。各個人に固有の欲望は、質的に多様なものであり、常に更に多様化するものとして、飽和することはないはずです。つまり、欲望は、少品種大量生産のもとで飽和しても、多品種少量生産のもとでは飽和しないのです。
 また、企業の側から、積極的に営業活動や広告宣伝をすれば、顧客の真の需要に反することが多くなるのに対して、逆に、各企業が自分に固有の多様な価値を発信して、顧客の側が発見してくれるのを受動的に待つのであれば、常に顧客の真の需要に適合するものを供給できます。そして、顧客の多様化し続ける需要は、企業の多様化し続ける供給との間で、相乗的に拡大し得るはずです。そもそも、インターネット環境は、顧客が自分の欲しいものを求め、それに企業が応えるためのもので、企業が自分の利益の方向に顧客を誘導するためのものではないのです。
 
プロフェッショナルの復活ですか。
 
 企業はプロフェッショナルの仕事を複製するものですが、複製品は本物ではない、即ち、顧客の真の需要に適うものではないわけです。では、企業は、本物を作れるのか、顧客の個別の真の需要に応えられるのか、法人として真のプロフェッショナルになり得るのか。企業がプロフェッショナルになり得るとしたら、少なくとも、現在の形態における営業活動と広告宣伝は完全に消滅し、顧客との新たな関係構築の方法に置き換わるでしょう。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
プロフェッショナルは企業の席を借りるだけなのだから(2025.4.3掲載)
弁護士や大病院における医師を例に、プロフェッショナルの定義や、組織とプロフェッショナルとの関係性の本質を解説しています。

顧客本位な営業や広告宣伝はあり得るのか(2017.4.6掲載)
広告等により金融商品を選択した場合、顧客は満足感を得られるかもしれませんが、顧客の真の利益になっているとは必ずしも言えないことを説明しています。

投資信託に満足している人は騙されているのか(2015.1.28掲載)
このコラムでは投資信託の提供について言及していますが、顧客ニーズの充足がテーマになっています。顧客ニーズが多様であるがゆえに顧客等の最善の利益も多様だといえます。
(文責:坂口)

次回更新は、5月15日(木)になります。
ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録 
 
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。