行使されると債務者の利益になり産業再編が促される不思議な担保

行使されると債務者の利益になり産業再編が促される不思議な担保

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
企業価値担保による事業性融資とは、金融機関に債務者企業の成長のための経営支援を促し、産業再編を加速させて、経済の持続的成長を実現するものではないのか。
 
 現在、国会で審議中のものに、「事業性融資の推進等に関する法律案」があります。しかし、事業性とは、融資における弁済能力を規定するものとして、債務者である企業の現金創出能力を意味し、事業性融資とは、その事業性の評価に基づく融資のことですから、融資は本質的に事業性融資であり、敢えて融資に事業性という言葉を付加する必要はなく、ましてや、特別な法律は不要なはずです。
 
逆にいえば、法律が必要になるほどに、現実の融資は本質から逸脱しているのでしょうか。
 
 融資は本質的に事業性融資であるにしても、純粋に事業性融資であることは稀であって、現実には、担保や保証によって、補完されています。このとき、本来は、担保や保証は従たる役割を演じるにすぎず、金融機関の融資判断は主として事業性評価に基づくべきです。しかし、容易に主従が逆転して、担保や保証の有無が融資判断の決め手になっていくのは自然な流れであって、そこに、少なくとも二つの深刻な弊害が生じるわけです。
 第一は、債務者の業況に応じて、事業性は変動しているはずなのに、融資額に比して担保価値が十分に大きいときは、金融機関は、債務不履行等によっても損失を被らないために、業況の悪化に対して適宜適切な対応をとろうとしなくなることです。この状態は、債務者の企業にとっては、金融機関からの支援の機会を逸する可能性があるという意味で、好ましくないのです。
 第二は、金融機関は、事業性に優れた企業でも、担保に供し得る不動産等の資産が十分になければ、融資しようとしないことです。この事態は、より正確に表現すれば、金融機関は、担保に供し得る資産がないと知った段階で、真剣に事業性を評価しようとしなくなるので、優れた事業性を発見し得なくなるということです。
 
故に、金融庁は、一貫して、担保や保証に依存した融資に批判的なのですね。
 
 現在の金融行政の目的は、金融機能の高度化を通じて、経済の持続的成長を実現することとされていますから、行政課題は、表面的には、融資を行う金融機関の監督であるにしても、実質的には、融資を受ける企業の支援になるわけです。故に、金融庁にとって、担保や保証に依存した融資がもたらす弊害の除去は、非常に重要なことなのです。
 
法案の主旨は、その弊害を除去することでしょうか。
 
 事業性は、現金を創出する基盤として、不動産と動産等の有形資産、知的財産等の無形資産、人的資本などを不可分に統合した全体で構成されていて、法案は、この統合体を企業価値と定義し、新たに企業価値担保権を創出するとしています。つまり、担保に供し得る不動産等のない企業においても、新たな担保価値が創造され、また、担保権を通じて、金融機関が債務者企業の事業性の動態を把握できるので、経営支援等の早期の発動が促されるわけです。
 
しかし、企業価値は、事業性そのものであって、担保になり得ないのではありませんか。
 
 金融庁の真意は不明ですが、事業性だけが担保ならば、企業価値担保融資とは、純粋な事業性融資として、実質的には、無担保融資なのかもしれません。つまり、事業性融資は、無担保融資としては簡単に普及しないので、それを担保のある融資に再構成したとも評価できるわけです。
 
では、担保権の行使は不可能なのでしょうか。
 
 通常、担保権が行使され得る状況では、債務不履行等が生じていて、債務者の企業価値は崩壊寸前であり、実際の行使によって完全に崩壊します。故に、理論的には、企業価値担保には矛盾があって、担保権が行使されるとき、担保に価値はないので、企業価値担保権の行使は不可能なはずです。ところが、法案は、創意工夫によって、この矛盾を解き、担保の常識を打破しようとしているのです。
 
企業価値を崩壊させない担保権の行使ですか。
 
 法案では、新たに、企業価値担保信託契約と、信託受託者となる企業価値担保信託会社を創出し、その信託契約において、債務者が設定者として企業価値を信託し、債権者が受益者になるとしています。そこで、企業価値担保権が行使されるとき、受託会社は、事業を第三者に譲渡し、その譲渡代金から債権者に弁済し、債権額を上回る残余があれば、債務者に還付するわけです。
 この構造において、決定的に重要なことは、全ての利害関係者間に共通利益が生じ得ることです。つまり、債権者の金融機関には、企業価値担保権の行使の前提として、企業価値を維持し、更に高めるように、債務者企業を支援する方向へと利益誘因が働き、また、企業価値の一体性が維持されるので、債務者企業の顧客、取引先、従業員の利益が守られるばかりか、事業譲渡代金が債権額を上回る限り、債務者企業にも一定の分配があるわけです。
 
法律が成立するとして、実際に、企業価値担保は利用されるでしょうか。
 
 金融機関と債務者企業との間に共通利益がない限り、企業価値担保権は決して使われません。法律は、性質上、そうした共通利益の仕組みを含むものではなく、利用する当事者間の合意により、共通利益を設計できるように、基本的事項を定めるだけです。現段階においては、実際に、金融機関と債務者企業との共通価値を実現できるか、できるとして、そのような事案の量がどれほどあり得るかは不明です。
 
何が企業価値担保の基本的論点でしょうか。
 
 企業価値担保の鍵は事業譲渡の成否にあるのですから、金融機関としては、単に事業性を評価するだけではなく、その事業を大きな産業連関全体に位置付けて、買収者の存在を想定しなればならず、更には、企業価値の劣化を防ぐには、債務者企業に対する経営支援態勢を常に維持しなくてはならないので、専門人材の育成と配置のための人的資本投資を強いられることになります。
 そこで、基本的な論点は、企業価値担保を付した融資の金利水準です。金融機関としては、第一に、融資の創造と管理に要する費用が上昇している点、第二に、伝統的な担保や保証のある融資に比較すれば、事実上の無担保融資ではないのかという点を考慮したときに、金利を高く設定せざるを得ないと思われます。そこで、債務者企業の金利負担力との関係において、双方の共通利益を勘案したときの妥当な金利水準が問題になるわけです。
 
何が企業価値担保の本質的論点でしょうか。
 
 通常は、金融機関による担保権の行使は、債務者にとって最悪な事態であって、そこに債務者企業との共通価値は創造され得ません。しかし、企業価値担保の極めて特異な点として、金融機関の担保権の行使によって、債権額を大きく上回る価格で事業譲渡がなされると、債務者企業にとっても利益になり得るのであって、ここに企業価値担保の本質的論点があります。
 しかし、一般的には、担保権が行使され得る状況では、企業価値は低いので、事業譲渡は、経営が常態にあるときに、債務者企業の判断により、随時、有利な条件でなされるべきであって、金融機関として、それに反対する理由はないはずです。故に、企業価値担保の本質は、最大価格での事業譲渡を速やかに実現するために、金融機関と債務者企業とが常に協働する点にあると考えられます。
 
企業価値担保の融資の目的は、事業譲渡による産業再編にあるのでしょうか。
 
 企業価値担保は、法案になるまでの検討過程においては、事業成長担保と呼ばれていて、融資の目的が事業の成長、即ち、企業価値の成長にあることを明確に表現していました。金融庁は、行政目的である経済の持続的成長を実現するために、企業価値担保を創出し、第一に、金融機関に対して、債務者企業の成長のための経営支援を促し、第二に、産業再編によって、更に成長を加速させたいのでしょう。
 
共通利益の観点からは、融資の弁済額を企業価値の成長に連動させるべきではないでしょうか。
 
 法律は基本事項を定めるだけで、具体的な融資の約定内容は当事者間の自治で任意に決められます。融資先企業との共通価値の創造のために、いかなる創意工夫を金融機関はなすべきか、また、今回の法案、他の法令等の諸規制、税制等に、そうした創意工夫の障害になる事項がないのかなど、全て今後の検討課題です。
  ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
企業経営は創造と売却の無限の循環だ(2020.12.10掲載)
様々な事業を例に、企業経営の本質は事業価値のあるものを創造し、それを売却して次の創造に向かう点にあることを論じています。銀行等との閉じた関係性のなかにある現状を改め、資金調達を広く開かれた資本市場を通じてなされるようになれば、市場に内在する競争原理によって企業経営の革新が促されます。

ポピュリズムを克服した東京電力の成長戦略(2017.2.16掲載)
福島の事故後「原子力損害の賠償に関する法律」によって東京電力に対して、収益によって事故対策費の全額を支弁するという無限責任が課されました。いかに収益力を強化して、支弁していくかという東京電力の成長戦略について論じています。

産業金融の王道を歩もうではないか(2012.8.30掲載)
成長のための資本、即ち成長資本の供給こそが金融の社会的機能の本質です。産業界の立場に立った支援のあり方について、歴史的視点、人の心の視点、世界的な金融規制の視点から論じています。
(文責:長澤)

ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録 
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。