ヘッジファンドにみる投資の科学と投機の微妙な関係

ヘッジファンドにみる投資の科学と投機の微妙な関係

森本紀行
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ヘッジファンドは投機であるというのが普通の人の理解でしょうが、実は、ヘッジファンドの本流は投資の科学であり、芸術的技法です。しかし、傍流としては、投機の系統もあるのです。
 
 市場が効率的であるとは、一物一価が成立すること、即ち、経済的に等しい価値をもつものは価格も等しくなることであって、投資の理論の基本前提には、市場には、動態的な市場原理として、市場を効率化させる方向に価格を調整する機能が内在しているとの仮定がおかれています。つまり、市場は、常に効率的であるのではなく、逆に、常に非効率な状態のもとで、効率化へ動き続けているというわけです。なお、効率化の過程は裁定と呼ばれます。
 非効率であるとは、経済的に等しい価値をもつものに異なる価格がついていることですから、安いほうを買い、高いほうを空売りしておくと、裁定により利益が生まれ、しかも、買っているもののリスク特性は、空売りしているもののリスク特性と同じですから、リスクはヘッジされて、即ち、相殺されて、消滅しているわけです。つまり、裁定とは、リスクを完全にヘッジして、即ち、リスクをとらずに、利益を得る機会であって、それを狙った投資戦略がヘッジファンドなのです。リスクがヘッジしてあるから、ヘッジファンドと呼ばれるわけです。
 
ヘッジファンドは投資の科学的理論の実用化だということですか。
 
 裁定機会を利益化するためには、第一に、広い市場のなかから速やかに裁定機会を発見しなければならず、第二に、取引費用を裁定利益の範囲内に収めなくてはならず、第三に、リスクを完全に相殺しなければなりませんから、最高度の取引技術と熟練が要求されます。真のヘッジファンドは、高度な科学的理論だけではなく、深い実務的実践にも裏付けられていて、少数の達人の運用者にのみ可能なものなのです。
 
現実には無数のヘッジファンドが存在するわけで、少数の達人にのみ可能というのは事実に反してはいませんか。
 
 真のヘッジファンドであるための条件は厳しすぎるので、現実に存在するヘッジファンドの大多数では、条件が大幅に緩和されています。つまり、第一に、経済価値とリスク特性の等しいものの売りと買いという条件については、等しさが近似していることにまで拡大され、第二に、完全ヘッジという条件については、部分的なヘッジや過剰なヘッジが許容されているわけです。
 しかし、こうした拡張版のヘッジファンドにおいても、裁定、もしくは裁定に準じた機会が狙われていること、完全でないまでもリスクはヘッジされる原則になっていること、運用者に豊かな経験に基づく高度な取引技術が要求されていることなど、ヘッジファンドの基本要件は維持されていると考えられます。
 
裁定の条件を更に緩和して、同じ方向に動く傾向のあるものについて、買いと売りを両建てても、ヘッジファンドといえるでしょうか。
 
 例えば、ユーロへの通貨統合までは、ドイツの通貨はマルクで、オランダの通貨はギルダーでしたが、両国の経済は緊密につながっているため、両通貨は極めて高い連動性をもっていて、金利については、オランダは、ドイツへの資金流出を抑制するために、ドイツよりも常に高く維持していました。
 そこで、ギルダーを買って、マルクでヘッジして為替変動リスクを最小化し、金利差を享受する戦略があり得たわけですが、マルクとギルダーの連動性については、理論的にも、統計的にも、十分な根拠があったと考えられますから、この戦略はヘッジファンドの条件を充足していたといえます。
 他方で、マルクは下落し、ギルダーは上昇するという予測判断のもとで投機する人も、ギルダーを買って、マルクを売ったはずです。そこで、外貌上は、為替変動リスクを回避して金利差を得ようとするヘッジファンドの戦略と、積極的に為替変動リスクをとろうとする投機の戦略は、区別がつかないことになります。
 同様に、ある割安な銘柄を買い、近似した属性をもっていて同一方向に株価が変動しやすい別の割高な銘柄を空売りすることは、ヘッジファンドの戦略で、株価上昇を予測して、ある銘柄を買い、株価下落を予測して、別の銘柄を空売りすることは、純然たる投機ですが、外貌上、両者の区別はつきません。おそらくは、こうした事態がヘッジファンドは投機であるという誤解を生んでいるのだと思われます。
 
ヘッジファンドは、そもそも、投機から出発したのではありませんか。
 
 確かに、裁定と並んで、投機はヘッジファンドの起源であり、現在でも、洗練された投機は、グローバルマクロの名のもとで、ヘッジファンドの一翼を形成しています。このことも、ヘッジファンドが投機とみられる原因ですが、投機とはいっても、ヘッジファンドとして洗練されている以上は、単なる投機ではないのです。
 
洗練された投機とは、どういう意味でしょうか。
 
 グローバルマクロは、その名前からして、世界経済の動向に起因する為替、株価、金利、商品価格等の変動に対する賭け、即ち、積極的に価格変動リスクをとることですが、一つの賭けではなく、多数の賭けの集合になっています。つまり、ある経済動向についての展望のもとで、価格の上昇の予想されるものを買い、価格の下落の予想されるものを売るのですから、確かに投機には違いありませんが、ヘッジファンドと同様に、売り買いの両建てになっているわけです。
 また、賭けの分散によって、賭け相互間に必ず損益相殺が起きますから、期待利益は減少しますが、リスクも小さくなります。この場合、リスクとは、期待利益が実現しない確率のことであり、換言すれば、期待利益周辺への実際利益の散らばり度合のことです。つまり、巧みな分散によって、期待利益は減少するとしても、より大きくリスクを減少させれば、投資効率は上昇するのです。
 このようにして期待利益とリスクとの関係を最適化する技術は、リスク管理と呼ばれますが、その背後には理論的な裏付けがあるのであって、要は、洗練された投機とは、理論的なリスク管理のなされている投機だということです。
 
マネッジドフューチャーズというのも、ヘッジファンドの一種でしょうか。
 
 農作物は、作柄により、鉱物等の資源や素材は、景気変動により、価格が大きく変動し、簡単に生産原価を下回りますから、生産者からすれば、価格変動をヘッジする、即ち、出荷前の価格の高いときに売っておく手段が必要で、そのために、フューチャーズ、即ち、商品先物があるわけです。現在、多種多様な商品先物が世界各地の取引所に上場されていて、活発に取引されています。
 また、金利変動、為替変動、株価変動なども、金融機関や貿易業者等にとっては、ヘッジ対象となりますから、その手段として、金融関連の先物やオプション等の多種多様なデリバティブが存在していて、その大きな取引市場が形成されているのです。
 ヘッジ需要には、同じ時期に、同じ方向に偏って発生しやすいという構造的な問題がある一方で、投機家にとっては、価格変動の大きな商品先物、金融先物、為替などは魅力的な投機対象ですから、ヘッジ需要に対しては、投機家の資金を呼び込むことで、需給の均衡が自然と図られているのです。投機といえば、直ちに、商品先物やFXが想起されるのは、こうした事情に基づいています。
 
では、マネッジドフューチャーズは投機なのでしょうか。
 
 先物等の市場において、ヘッジの売りと投機の買い、あるいはヘッジ解消の買いと投機の売りが衝突するとき、価格変動に、ある種の規則性の生じることが知られています。この規則性を経験によって、あるいは統計的手法によって把捉しようとする投資戦略がマネッジドフューチャーズです。故に、マネッジドフューチャーズは、決して投機ではなく、理論的な背景をもつものとして、また、マネッジドというように、適正なリスク管理がなされているものとして、ヘッジファンドの一種です。
 むしろ、マネッジドフューチャーズは、グローバルマクロとは異なり、世界経済の動向の予測判断に基づいていないので、よりヘッジファンドらしいといえます。逆に、予測判断に依存するグローバルマクロは、ヘッジファンドのなかでは異色なのです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
投資のプロフェッショナルとは何か (2015.7.2掲載)
日本では投資の質による競争が希薄なため、投資のプロフェッショナルとして専門的知見の高度化が図られません。投資のプロフェッショナルの育成のために、フィデューシャリーデューティーの徹底と組織規律の確立のための経営改革が必要であると論じています。

どこまでが高度な投資技術としてのヘッジファンドなのか (2022.8.25掲載)
本稿では、ヘッジファンドの三つの本質を取り上げた上で、広義のヘッジファンドが氾濫している中で、厳密な意味での真のヘッジファンドについて論じています。

投資しようとして投機してしまう人のために (2019.10.31掲載) 
投資と投機の決定的な違いは、総体の原資を奪い合うものと総体の原資から産業界が創造する付加価値を享受するかが指摘できます。投資をしようとして投機をしないために、制度面の工夫や長期投資のために価格変動という心理的動揺を誘発しないための注意喚起が必要であると論じています。
(文責:翁)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。