自転車操業は理想的な効率経営である

自転車操業は理想的な効率経営である

森本紀行
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自転車操業とは、事業者に手元資金の余裕が全くなく、直前の入金によって、辛うじて出金が可能になるような状況ですが、その何がいけないのか、むしろ、資金効率を最大化しているのではないか。
 
 事業活動においては、商品を仕入れて販売するにしろ、原材料を加工して商品を製造し、それを販売するにしろ、必ず資金の支出が先行し、それが回収されるまでの期間、資金は外部に流出しています。金融の第一の機能は、この流出している資金、即ち、運転資金を事業者に供給することにあるわけです。また、事業活動には、店舗、物流施設、製造装置等が必要になりますから、金融の第二の機能は、その購入資金、即ち、設備投資資金の供給になるのです。
 金融の立場からは、資金供給の方法として、弁済条件を一切付さない資本の供給によるものと、逆に、弁済期日と金利とを厳格に約定する融資、もしくは社債の引受によるものがあり、事業者の立場からは、調達資金の計上区分として、それぞれ、資本と負債になります。
 
事業者からすれば、資本が圧倒的に有利のようですが。
 
 資本は、金利がなく、弁済期日もないので、事業者に極めて有利のようにみえますが、金融の本質は、ただほど高いものはないという俗言につきているわけです。つまり、出資、即ち、資本の供給には、事業経営に介入できる権利が付されているので、事業者としては、資本に対する利益還元を負債の金利費用よりも高くすることで、出資者を満足させて、経営介入を阻止する必要に迫られるのです。
 
資本のほうが結果的に割高なら、事業者は負債による調達を最大化すべきなのでしょうか。
 
 全ての事象が事前の計画通りに進行して、仕入れた商品や製造した商品が予定価格で完売され、仕入れ価格、製造原価、販売管理費、金利費用等の全ての費用が販売価格に転嫁され、販売と製造に要する時間が一定であり、設備の減価償却額が売上によって着実に回収されていくのならば、事業経営に必要な資金の全てが負債で調達されていても、全く不都合を生じません。
 こうした確実性のもとの理想状態においては、事業者は、極小の自己資本を投下することで、資本利潤率を最大化し、資本効率を最も高くできるのです。実は、ここには金融の本質の別の側面、即ち、資本利潤率は、負債調達があるからこそ、負債金利よりも高くなり得るという原理が現れています。理想状態のもとでは、この原理が極限まで徹底され得るわけですし、更に、必要資金額自体が最小化しますから、金利費用も最小化し、資金効率は最大化するわけです。
 
理想とはいっても、自転車操業なのではありませんか。
 
 自転車操業とは、直前の入金によって辛うじて出金が可能になっている状況ですが、必要資金額の最小化とは、滞留資金の最小化であって、要は、事業活動の継続のなかで、順次に入金してくる資金は、長く滞留することなく、速やかに出金されていくわけですから、自転車操業と全く同じことになります。
 自転車操業は、入金が少しでも遅れれば、直ちに出金が不可能になるものとして、危険なものだと考えられているわけですが、見方を変えれば、資金の無駄な滞留を最小化するものとして、優れた効率経営であるとも評価され得るのです。
 
在庫を最小化するのは、効率経営の基本だということですか。
 
 事業活動においては、原材料在庫であれ、製品在庫であれ、在庫の保有を最小化するのは経営の基本ですが、他方で、こうした効率経営のもとでは、事故等によって物流が一時的に断絶すれば、容易に事業活動の中断が生じるという危険性があります。しかし、世の常識においては、効率経営の利点が強調されて、それに付随する危険については、注意が促されるのみです。
 これに対して、金融の常識は世の非常識というのは、ここでも妥当していて、資金という特殊な在庫の保有を最小化することについては、危険性が著しく強調されて、効率経営の利点は顧みられることが少ないのです。これは、いうまでもなく、出金が不能となる事態は、直ちに経営破綻につながるので、特別な危険として位置づけられているからです。
 
その危険に対処するために、資本があるわけですか。
 
 現実世界は不確実性に満ちていて、計画は常に狂い続けて、出金の必要あるときに、手元資金の枯渇する事態は避け難く生じますから、一定の資金の余裕は不可欠で、その際、弁済や利払いの必要のない資本は非常に重要な役割を演じているのです。そして、事業の異なるのに応じて、事業に内包する不確実性の程度も異なりますから、必要な余裕資金額や資本額も異なってきます。いうまでもなく、事業に伴う不確実性が大きいほど、より大きな余裕資金や資本が必要になるわけです。
 
最適資本構成の理論ですか。
 
 資本構成とは、必要資金の総額における資本と負債の構成比のことであり、最適資本構成とは、事業の不確実性に対して最適となる資本構成のことです。最適とは、資本が過大であれば、資本利潤率の低下を招き、資本が過少であれば、破綻確率を高めてしまうので、過大でも過小でもなく、不確実性を吸収するのに過不足のないことを意味しています。そして、この最適資本構成を決めることこそ、金融理論の中核的課題なのです。
 
必要資金額の決定はどうなるでしょうか。
 
 事業経営に必要となる資金の調達において、最適資本構成は資本と負債の内訳を規定するものにすぎず、調達されるべき資金の絶対額の決定は全くの別問題です。理論的には、事業の不確実性が大きいほど、余裕資金の保有が大きくなるはずですが、経営の効率性の視点からは、余裕は即ち無駄ですから、常に資金保有の最小化が志向されるべきで、理想は自転車操業なのです。
 
自転車操業では、負債の弁済は不可能ではないでしょうか。
 
 負債には必ず期日があり、期日には現金による弁済がなされますが、余裕資金の最小化がなされていれば、弁済に必要な資金は、多くの場合、別の使途に使用されていて、手元の現金だけでは、弁済不能になる可能性が高くなります。そこで、資金調達を先行させて、その資金で弁済するという無駄が生じるわけです。
 
その無駄を省いたのがタンコロですか。
 
 手形貸付においては、債務者を振出人、債権者を受取人とする約束手形が担保にされますが、この手形は、債務者が一名の単名手形なので、略して単名と呼ばれます。手形貸付が便利なのは、現金による弁済が省略されて、手形の期日、即ち、融資の弁済期日が到来するごとに、期日を書替えて、弁済が常に先に繰り延べられることです。この書替は、俗に、ころがしと呼ばれていて、タンコロとは、単名のころがしの略なのです。
 タンコロは、過小資本の事業者に適用されることが多いために、問題性を指摘されますが、適正な資本構成が維持されている事業者については、むしろ、タンコロのように現金による弁済を省略できる仕組みが工夫されるべきです。また、現金による弁済には金融規律の維持という側面があるので、タンコロは不健全だという見解もあって、実際に、与信判断の更新も省略されて、漫然と書替がなされる可能性もありますが、それは運用の問題にすぎないことです。
 
必要なときに必要な額を確実に調達できれば、手元資金を最小化できませんか。
 
 資金調達が困難になる事態は、事業者に特段の問題がなくとも、金融資本市場の状況によって、逆に、金融資本市場に特段の問題がなくとも、事業者の経営状況によって、容易に生じ得ますから、事業者においては、過剰に手元資金や資本を保有しているのが通例で、その理由を危機対応のためと説明するのも通例となっています。
 そこで、金融行政の課題として、金融資本市場の強靭化があり、金融政策の課題として、危機時の即時で巨額な資金供給があるのですが、事業者としても、経営効率の改善を実現するためには、単に余裕を厚くするだけではなく、必要なときに必要な額を確実に調達できるように、経営能力を高める必要があるわけです。おそらくは、危機における資金調達の能力こそ、最大の競争力なのです。
 
借金大王の日本政府は高く評価されるべきでしょうか。
 
 文藝春秋の11月号において、矢野財務事務次官は、日本の財政の危機的状況を指摘して、「バラマキ合戦のような政策論」を批判していますが、自転車操業にもかかわらず、巨額な国債の発行が極限的低金利のもとで円滑に行われている現状について、当事者として、どう自己評価しているのか、非常に興味深いです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
金融の使命は金融を不要にすることだ (2018.6.21掲載)
借金したい人はいないため、借金せざるを得ない原因を取り除くことに主たる関心を向けるべきかもしれません。銀行として、融資の可否を判断する前に融資の必要性を最小限度にまで縮める検討をすべきではないでしょうか。
大切なことは、常に金融の目的に対して顧客の視点で最適な解を見出すことです。シェアリングが顧客の利益なら、銀行は融資ではなくリースを提供すれば良いだけのことです。表層的な課題に捉われず、真の課題、即ち金融の目的に直接に立ち向かえばそれが金融の革新につながると述べています。

長期投資は短期投資の無期限連続 (2017.3.2掲載)
無期限と長期は全く異なるものですが、金融の専門家ですら、よく混同します。
資産運用についても、無期限と長期の混同があります。法人として資産運用を行っている金融機関や年金基金等の機関投資家の場合は、無期限投資を行っているのであって、長期投資ではありません。例えば、年金基金の資産運用とは、制度が継続する限り終わりがないので、短期の課題を無期限に達成し続けるものです。資産運用において、長期の視点にたつことは極めて重要ですが、長期の視点で短期の資産運用の課題を解くことは、長期の資産運用の課題を解くこととは、まったく次元が異なると述べています。

上手に借りる人が上手に運用するのだ (2020.11.12掲載) 
企業経営において、競争力を規定する大きな要因は、資金が必要なときに、必要な金額を確実に最も有利な条件で調達できることです。資本と負債の増加は、賛同してくれる出資者と債権者抜きにはなし得ず、その実行は経営環境に大きく依存しています。
家計についても、適切なローンの利用は、生活の豊かさを増し、資産の取り崩しを回避させて安定的な資産形成に貢献します。家計においても、上手に借りられること、すなわち、金融機関の立場からみたときに優良な顧客としての属性を備えていることが重要だと論じています。
(文責:飯塚)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。