金融庁が公表した「ポイント」の画期的意義

金融庁が公表した「ポイント」の画期的意義

森本紀行
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<毎週木曜日 9:00更新>
 
金融庁は、4月12日に、金融機関に顧客本位の業務運営の徹底を求めることについて、従来の検査手法を根本的に改める画期的な文書を公表しました。これに各金融機関が真摯に対応すれば、日本の金融に明るい未来が開けてくるに違いありません。
 
 金融庁が4月12日に公表した文書には、「顧客本位の業務運営の取組方針等に係る金融庁における好事例分析に当たってのポイント」という大変に長い表題がついていますが、長いが故に、この文書のもつ画期的意義は明瞭に示されています。
 なぜなら、この「ポイント」は、古い金融庁の表現のもとでは、金融機関における顧客本位の業務運営の取組状況についての検査指針になるべきものなのに、そこに好事例分析という検査手法を採用したことは、これまで推進されてきた金融庁の行政手法改革も、ついに最終段階に達したことを端的に示すからです。
 
もはや、検査は悪い事例の摘発ではなくなったのでしょうか。
 
 この文書は、金融庁の「顧客本位の業務運営に関する原則」について、原則を採択している金融機関の取組状況を検査する際の指針なのですが、原則の採択は、法律による強制ではなく、金融機関の自律に委ねられていますから、通常の検査とは着眼点が異なるのは当然です。
 また、検査には、悪い事例を摘発したところで、金融庁のいうミニマムスタンダード、即ち、最低限の水準は維持できても、金融庁のいうベストプラクティスの追求、即ち、金融機関の切磋琢磨による平均的水準の向上にはつながらないという構造矛盾があり、その矛盾からの脱却こそ、金融庁の改革の起点であったことが想起されなくてはなりません。
 
金融機関として、原則を採択しないことも可能なのでしょうか。
 
 法律の強制がないのですから、採択しないことも理論的には可能ですが、実際上は、限りなく不可能に近いことです。それは、金融庁の意向を忖度して、という意味ではなく、開示による強制が働くからです。なぜなら、原則は、いわゆるソフトローというもので、採択しないのならば、その理由を開示しなければならないのですが、顧客本位に反対する理由を堂々と説明するわけにはいかないからです。
 
採択された原則については、履行強制力があるのでしょうか。
 
 それも、開示による強制になります。そして、まさに、「ポイント」は、簡易に述べれば、開示方法を大幅に改めて、金融機関に対して、顧客本位を徹底させるために何を実践するのかについて、具体的に記述させるものであり、厳密に述べれば、記述の具体性を検査の着眼点とすることにより、記述内容の具体化を促すものなのです。
 
なぜ記述の具体化が履行強制力として働くのでしょうか。
 
 例えば、第二原則は、「金融事業者は、高度の専門性と職業倫理を保持し、顧客に対して誠実・公正に業務を行い、顧客の最善の利益を図るべきである。金融事業者は、こうした業務運営が企業文化として定着するように努めるべきである」と述べていますが、多くの金融機関は、この抽象的な表現に、多少の文学的修飾を加えて、「べきである」という末尾を「します」に変更しているだけで、他の原則においても、同様の対応がなされているにすぎません。
 しかし、こうした具体性を欠く記述のもとでは、実効性のある行為規範としては、少しも機能しません。なぜなら、金融庁の検査において、あるいは顧客の目から見て、「します」といいながら、「していないではないか」という指摘は、個別具体的な行為についてしか、なし得ないからです。
 「ポイント」は、この点を改善して、例えば、第二原則にある顧客の最善の利益を図ることについては、着眼点として、「「顧客の最善の利益」の実現状況を確認するための指標が示されている、当該指標の背景となる「顧客の最善の利益」の考え方が具体的に示されている、「顧客の最善の利益」にそぐわないと考える行動が特定され、具体的に示されている、「顧客の最善の利益」を図る「企業文化」を定着させるための取組みが具体的に示されている」ことがあげられ、更に、これらの点につき、「取組み等の成果や進捗について、検証し、評価する仕組みが示されている」ことが追加されています。
 ここまで具体化されると、顧客の最善の利益を図るために何をなそうとし、実際に何がなされたのかの判定は、金融庁にも、顧客にも、容易になることは明らかです。そして、いうまでもなく、金融機関として、顧客の最善の利益を図ることが十分にできていないとはなり得ませんから、そこに履行強制力が生じるのです。
 
なぜ金融機関に対して好事例の追求を促すことになるのでしょうか。
 
 確かに、原則を細かな行動基準として具体化すれば、いかに金融機関自身が策定した基準だとしても、それがミニマムスタンダードとして機能することは避け得ず、金融行政を後退させる可能性がありますから、金融庁は、逆にベストプラクティスの追求を促すように周到に考えた結果として、好事例分析という方法を採用したのだと思われます。
 つまり、各金融機関は、具体的な行動内容を記載して開示することにより、原則をミニマムスタンダードとして設定することになりますが、それは金融庁が画一的に定めたものではなく、各金融機関が自分の実情に応じて自律的に定めるものなので、各自のミニマムスタンダードの設定自体がベストプラクティスの追求の対象になり、そこに切磋琢磨が生じるということです。
 しかも、金融庁は、各社の取組を分析したうえで、原則の具体化において優れていると評価したものを好事例として公表するとしていて、「ポイント」は、実は、好事例を選別する際の基準として、策定されているわけです。なお、好事例と評価されるためには、記述内容が優れているだけでなく、その履行状況が良好であることも当然の前提だろうと思われます。
 
金融庁のお墨付きを得るための競争を促すということなら、忖度の奨励ではありませんか。
 
 これを忖度の奨励と考えるのは、古い金融庁の行政手法を前提にしたことであって、確かに、金融庁が強権をもって金融機関を指導していたときなら、誰しも金融庁のお墨付きを得ること自体を目的として表層的な顧客本位に励み、結果として、実質的には、著しく顧客本位に反した状況を現出したでしょうし、事実として、過去においては、そうした傾向を否めなかったのです。
 現在の金融庁は、そうした過去の反省を踏まえて、金融庁が評価するのではなく、顧客が金融機関を比較評価して、優れたものを選択できる環境を整備することで、金融機関の切磋琢磨を促し、競争による金融機能の質の向上を目指しているのですから、好事例の選定においては、顧客の選択行動の合理化に資するという視点が決定的に重要なのです。
 
顧客本位が徹底されていることは、金融機関自身が顧客に証明するのですか。
 
 従来の検査手法においては、金融庁が金融機関の悪い事例を指摘し、その改善を指導する仕組みになっていました。これは金融検査の特色というよりも、どの規制業にも共通の一般原理です。しかし、これだと、悪事例は抑制できても、好事例の創出は促されません。そこで、金融庁は、ソフトローという手法を採用したのです。
 ソフトローである原則においては、金融機関は、真に顧客本位に行動することについて顧客に確約し、その確約が守られていることを顧客に証明するのが本来の主旨であって、今回の「ポイント」は、この主旨の貫徹を目指すものだと考えられます。
 
原子力規制における転換と同じ構図でしょうか。
 
 福島の原子力事故のあと、原子力規制の構造は根本的に改められました。それ以前は、規制の一般原理に従い、規制当局が原子力発電所の危険性を指摘できない限り、運転が認可されてきたわけですが、現在では、原子力事業者が安全性を積極的に証明できない限り、運転は認可されません。これは、規制の事実上の大幅な強化を意味し、確かに安全性は向上したものの、原子力発電所の再稼働は極めて難しいものになりました。
 同様に、金融庁は、顧客本位の徹底を促すために、金融機関に顧客本位であることの証明責任を課したのですが、その結果として、金融機能の提供能力が低下するという帰結は絶対に避けなくてはなりませんから、高度な工夫として、証明する相手を金融庁ではなく、顧客としたのです。この本質的にして画期的な金融行政手法の転換こそ、「ポイント」の本質です。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫

金融機関の規制されたがり病の克服について (2016.3.10掲載)
高度な規制下に置かれている金融界では、ルール遵守による弊害として金融機関の自主性や創造性の後退が生じました。この弊害を克服し、金融機関が顧客本位へのベストプラクティスを追及するには、実際に顧客と対面する現場が顧客の求めるものを把握し、期待に沿うための努力をしていく必要であると論じています。
銀行にみるソンタク文化の病理 (2017.7.27掲載)
金融庁の銀行への優越的地位の影響により、銀行では監督官庁の意図をソンタクすることが行われてきました。しかし、現在の金融庁はソンタク能力など求めておらず、銀行との対等な対話を通じて、顧客本位の徹底を求めています。そして銀行はこれまでの銀行本位を脱し、顧客の利益の視点から顧客との対話を行うべきであることを論じています。
何が確認できたら原子力は安全だといえるのか (2013.2.28掲載)
金融機関が課されている顧客本位であることの証明責任と、原子力事業者の原子力発電の安全性の証明という課題には通じる点があります。原子力の安全基準が科学的に検証できるものではない点を踏まえ、その安全性は政治の指導力と決断によってのみ確認せざるを得ないということを、哲学的観点を用いて論じています。
(文責:長澤)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。