新型コロナ対策とはいえ強権による要請とは

新型コロナ対策とはいえ強権による要請とは

森本紀行
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新型コロナウイルス感染症の対策として、政府は国民に対して多数の要請を行っています。法律上の裏付けのない要請を用いて行政を執行することはあり得ないのに、今回は、事態の特殊性からして、例外的に許容せざるを得なくなっているのです。さて、金融庁も金融機関に対して要請していますが、そこに法律上の報告徴求を付し、その報告内容を公表するとしていて、これでは要請の域を超えるのではないか。
 
 3月6日に、「新型コロナウイルス感染症の影響拡大を踏まえた事業者の資金繰り支援について」と題する麻生財務大臣兼金融担当大臣の談話が発表されました。いうまでもなく、これは、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大により、経済活動が劇的に収縮し、多くの事業者の資金繰りに深刻な影響がでている状況において、金融機関に対し、事業者の利益の視点にたった適切なる対応を要請したものです。
 この要請自体は政府として当然に行うべきものですが、その前提として、民間金融機関の資金ではなく、政府自身の財源を用いた緊急対策があることも当然です。実際、談話にあるように、「2月13日に決定した、「新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応策」において、日本政策金融公庫等に緊急貸付・保証枠として、5000億円を確保すること等の措置」が実施され、更に、「3月1日、安倍総理より、「強力な資金繰り支援を始め、地域経済に与える影響に配慮し、しっかりと対策を講じ」るとの方針が示され」たことから、「資金繰り支援策を含む緊急対応策第2弾を速やかに策定し、これを実行」していくとされています。
 つまり、民間金融機関に対して要請する内容は、政府自身の財政資金を用いた緊急対策が先にあって、その政府の投入する資金が円滑に、適切に、より速やかに、資金を必要とする事業者に届くようにするという政府の補完機能になるはずです。実際、3月17日の日本経済新聞に掲載された金融庁の遠藤長官のインタビュー記事には、「危機対応の1つである政府系金融機関による低利融資は一定の時間を要するため「すぐにお金が必要なところは民間金融機関がつないでいくことが重要だ」と指摘した」とあります。
 
談話では、民間金融機関自身の資金を使った対応を求めているようですが。
 
 談話には、「新型コロナウイルス感染症に係る事業者への影響が拡大していることから、事業者の資金繰りの面で万全の対応を民間金融機関に要請するものです」と明確に述べられています。これが単なる要請であれば、民間金融機関としても、顧客のために最善を尽くす心意気のもとで、政府にいわれるまでもないこととして、素直に受け入れることができます。
 ただし、政府の要請は法律上の権限行使に基づくものではないのですから、民間金融機関としては、法律上の義務としてではなく、あくまでも、社会的使命感と顧客本位の精神のもとで、また同時に営利企業としての採算のもとで、独自の経営判断に基づいて、事業者支援を行うのみです。
 ここで営利企業としての採算のもとでという意味は、例えば、事業支援を行った結果とし、損失の発生が見込まれるとしても、その損失が財務体力の範囲内で吸収でき、逆に、顧客基盤を守ったことによる将来利益があるのならば、覚悟のうえで、経営判断として、事業支援を行うということです。
 
談話の内容は単なる要請の域を大きく超えていますね。
 
 談話では、金融庁は、「民間金融機関における事業者支援の取組みの促進を当面の検査・監督の最重点事項」にするとしています。しかも、「金融庁から民間金融機関に対して条件変更等の取組状況(金融円滑化法と同様に「貸付けの条件変更等の申込み数」、「うち、条件変更を実行した数」、「うち、謝絶した数」等)の報告を求め(銀行法第24条等による報告徴求)、その状況を公表いたします」としているのです。
 これは、明らかに、法律上の根拠のもとに金融庁がもつ強権を発動するものです。しかし、法律上の根拠をもたない政府の要請について、その対応状況を法律上の強権をもって監視すれば、それは、もはや要請ではなく、事実上の行政命令に近いものとなります。
 
ところで、引用にある「金融円滑化法」というのは何ですか。
 
 民主党政権下の2009年、前年の世界的金融危機をうけた景気後退期において、業況が悪化した中小企業等の救済が大きな政策課題とされたときに制定された「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律」のことです。
 これは、業況等の客観的基準からすれば正常な債務者と位置付けることが困難な状況にある場合においても、民間金融機関が積極的に条件緩和等の措置に応じることを努力目標として定めたもので、2011年3月末までの時限法だったのですが、結果的には2013年3月末まで延長されて、そこで失効しました。
 この法律については、制定当時、政府の民間金融機関に対する要請を法律化し、報告義務を通じて、その要請に事実上の強制力をもたせるものとして、非常に物議を醸し、民間金融機関の反対もありました。
 
失効している法律を援用するのは変ですね。
 
 今回、法律上の根拠ない要請を行い、その報告義務に言及するに際して、かつて法律上の根拠のあった要請に関する報告義務を援用するのは、おかしなことです。おそらく、民間金融機関には、かつての経験の記憶があるだろうから同様に取り計らえということでしょうが、民間金融機関には悪い記憶しかないはずで、逆効果だろうと懸念されます。
 
さて、要請を事実上の命令化したことの問題点は何でしょうか。
 
 行政手続き上、過剰な強権発動である可能性を排除できません。政府から要請されたにすぎないことを検査・監督の最重点事項にして、事実上の強制力を強く働かせることは、適正な監督権限の範囲を超えている疑いがあり、また、銀行法24条にいう「銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するため必要があると認めるとき」に該当するかどうかも、疑問です。
 
仮に手続きに多少の瑕疵があるにしても、事案の性質からすれば、結果によって正当化される面を否定できませんね。
 
 そもそも、学校の閉鎖に典型的に表れているように、政府が要請を用いて行政を執行する段階で、事案の性質上、手続きよりも結果を重視し、結果によって全てが正当化されることを前提にしていることは明瞭です。しかし、同時に、特別措置法を緊急に成立させて法的根拠の手当てを行い、学校閉鎖によって生じる不利益の補償を行うなど、政治責任が明確に果たされる前提も守られているはずです。
 故に、金融庁として、要請の域を超えた強権発動をするとしても、それが正当化されるためには、民間金融機関が万が一にも損失を被る場合、最終的には財政上の手当てによって補償されることの確約が必要であるはずですが、談話には、そのような言及はありません。
 
報告義務の内容は妥当なものでしょうか。
 
 「金融円滑化法」のもとで、談話に列挙されている報告項目が適切に機能したのか、こうした報告を求めたことの弊害はなかったのか、より根源的に、「金融円滑化法」自体が有効に機能したのか、禍根を残さなかったのか、そうした施策の効果にかかわる総括を金融庁が発表したという事実はありませんし、また、非公表の内部の総括があるとも思えません。なぜなら、何らかの総括があれば、当時の報告項目が修正を経ずに再利用されるとは考えにくいからです。
 
先ほどの日本経済新聞による遠藤長官のインタビュー記事とも齟齬しているようですが。
 
 遠藤長官は、「融資先に対する条件変更では金融機関に一律の対応は求めず、どこを支援するかは裁量に任せる」、「企業を中長期的にどう格付けするのか。まさに金融機関の目利き力が問われる」と発言したことになっていて、また、談話にも、「各民間金融機関におかれては、従来より事業性評価や伴走型支援といった事業者の実態把握と必要な支援に取り組んでいると承知していますが、今般の問題に対する対応はまさにこれまでの取組の真価が問われる局面です」とあります。
 こうした金融機関の取り組みは、報告義務で定める画一的な指標によっては決して表現できませんし、逆に、画一的な指標の適用を強制し、しかも、それを公表すれば、金融機関の自主的な行動を制約してしまう危険が極めて大きく、逆効果になると予想されます。
 
ならば、その民間金融機関に対する信頼を前提に、単に要請するだけでよかったのではないでしょうか。
 
 金融庁は、近時の抜本的な行政手法の転換により、検査・監督から対話への路線修正を行っていたはずです。今、金融機関に対して「これまでの取組の真価が問われる」というのなら、同じ言葉は自分自身に跳ね返ることを自覚すべきです。これまでの金融庁の対話の取り組みは何だったのか、民間金融機関の取り組みに対する信頼を前提にして、対話によって今回の難局を乗り切るべきなのではないのか。
 
談話の変更が必要ですね。
 
 第一に、画一的な報告徴求と、その公表を撤回すべきです。そもそも、金融庁は、金融機関に対して、「事業者から不必要に多大な書類等を徴求することがないよう配慮願います」と要請していて、これも自分自身に跳ね返ると知るべきです。
 第二に、政府の財政資金を使った事業者支援が中軸で、民間金融機関の役割は、その補完であることを明確にすべきです。政府が先に責任を果たすからこそ、民間金融機関にも責任を果たすことを要求できる、これは社会常識の次元の問題です。
 
以上

 

次回更新は、4月2日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
 2019/12/19掲載「金融庁に真実を語る金融機関はない
 2019/10/03掲載「銀行の地域独占で貸出金利は上昇するのか
 2019/08/22掲載「かんぽ生命の不正は民営化の矛盾の必然的帰結だ
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。