銀行で投資信託を買った人の46%が損をしていることについて

銀行で投資信託を買った人の46%が損をしていることについて

森本紀行
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金融庁は、銀行で投資信託を購入した顧客について、その46%の運用損益がマイナスになっているという資料を公表しました。もちろん、これは統計上の事実には違いないのですが、その算出の根拠に遡らない限り、事実の意味するところを正しく解釈することはできません。さて、では、この事実から浮かび上がる背景にある問題とは何なのか。

 金融庁は、6月29日に、「投資信託の販売会社における比較可能な共通KPIについて」を公表しました。KPIとは、Key Performance Indicatorのことで、解決すべき課題、あるいは実現すべき目標に対して、その達成度を測定するための指標です。課題や目標の抽象度が高い場合、それ自体を直接的には指標化できないため、課題解決や目標実現へ向けた取り組みが着実に進捗している限り、その数値が改善するようなものとして、間接指標のKPIが定義されて計測されるわけです。
 では、投資信託の販売会社にとっての課題とは何かといえば、それが「顧客本位の業務運営に関する原則」にそった経営態勢の実現なのです。この原則は、もともとは、2017年3月30日に金融庁が公表したものですが、各金融機関は、自社の判断において、順次、それを自律的経営原則として採択しているのです。
 こうして、規制による強制を排して、金融機関自身の自律的行動を促すところに、今の金融庁の斬新な行政手法が光るわけですが、とりわけ、この「顧客本位の業務運営に関する原則」は、新行政手法を象徴するものとして、その実効性ある定着が強く期待されているものなのです。
 なかでも、投資信託の販売に関する業務は、顧客本位への転換が強く求められるものとして、金融庁により代表的事例に挙げられてきており、「顧客本位の業務運営に関する原則」は、投資信託の販売のあり方に関する是正策であるかのように受け取られてきた経緯があります。

そこで、金融庁としては、実際に、どのように投資信託の販売のあり方が変化したのか、そこに最大の関心があるのですね。

 顧客本位とは何であるかといえば、要は、顧客の利益と金融機関の利益が相反しないことであって、あからさまにいって、顧客の損失の上に金融機関の利益が形成されてはならないという当然のことに帰着します。この当然至極のことの実践を敢えて金融庁が重点施策にするということは、提供される役務に見合わない販売手数料等の徴収や、売りやすさを重視する営業政策等において、金融機関の利益を優先させてきた実態があったことを意味しています。
 つまり、金融庁の施策は、金融界に対して国民の利益の視点にたった痛烈な批判を展開するものであったのです。ところが、思いのほかの反響を得て、販売手数料の見直しや、商品政策の変更など、顧客本位への転換は着実に前進し始めており、金融機関のなかには、その進捗を測定するためのKPIを自主的に設定して公表することで、顧客に対して自己の変貌を「見える化」する動きもでてきているのです。

そうしたなかで、なぜ、金融庁として、「比較可能な共通KPI」を公表することになったのでしょうか。

 その理由は金融庁の公表文書のなかに詳細に書かれていますから、少し長いですが、以下に引用しましょう。
 「各金融事業者が自主的に設定・公表するKPIは、各事業者において区々であり、顧客がこれらのKPIを用いて、顧客本位の良質な金融商品・サービスを提供する金融事業者を選ぶことは、必ずしも容易ではないものと考えられる。
 KPIについては、第三者が比較できるように、統一的な情報を金融事業者に公表させることが望ましいといった要望も聞かれる。このため、金融事業者が自主的に設定・公表したKPIの好事例や、これまで実施した金融事業者に対するモニタリングを踏まえ、当局において、比較可能な共通KPIとして考えられる指標を示すこととする。
 今後、共通KPI及び自主的なKPIの双方を見ていくことで、金融事業者の取組状況を総合的に判断することが可能になると考えられる。」

具体的に、どのようなKPIが定義されて、公表されたのでしょうか。

 これも、金融庁自身がいうところを引用しましょう。まずは、基本認識として、次のように述べられています。
「顧客が投資信託を購入する目的は、基本的にはリターンを得るためであると考えられることから、長期的にリスクや手数料等に見合ったリターンがどの程度生じているかを「見える化」することが、顧客が良質な金融事業者を選ぶ上で、有益であると考えられる。」
 この認識のもとで、具体的に定義されたのは、次の3つの指標です。
運用損益別顧客比率
● 投資信託預り残高上位20銘柄のコスト・リターン
● 投資信託預り残高上位20銘柄のリスク・リターン

とりわけ問題になっているのが「運用損益別顧客比率」ということですか。

 「運用損益別顧客比率」というのは、金融庁の定義によれば、「基準日時点の保有投資信託に係る購入時以降の累積の運用損益(手数料控除後)を算出し、運用損益別に顧客比率を示した指標」です。
 運用損益は、簡単な例でいえば、保有している投資信託の基準価格が基準日において10%上昇していて、期中の分配金がなければ、10%となります。この運用損益を全ての顧客について計算して、運用損益別に比率を求めたものが「運用損益別顧客比率」です。

金融庁が実際に29行の銀行について計測したところ、運用損益がマイナスとなっている顧客が46%に達したということなのですね。

 「運用損益別顧客比率」については、主要行等9行と地域銀行20行の合計29行の合算値が公表されたのですが、運用損益がマイナスとなっている顧客の比率が46%だったということです。ただし、この数値は事実ではありますが、この「銀行で投資信託を買う人の半分が損をしている」という事実から、銀行の姿勢や個人投資家の行動様式について表層的で軽薄な論評をすることは許されません。

計測期間などの諸条件との関係において評価しないといけないということでしょうか。

 例えば、公表された「運用損益別顧客比率」は、2018年3月末という特定時点だけを基準にしたものにすぎませんし、投資対象や投資動機も捨象されています。そして、何よりも問題なのは、基準日までに全部売却している顧客は計算対象になっていないことです。極端な場合、運用損益がプラスになった顧客の多くが全部売却し、マイナスになった少数の顧客が保有を継続していれば、46%がマイナスという結果は、少しも悪くないことになります。

ならば、なぜ、金融庁は、合理的な意味を引き出すことが困難で誤解を生みやすい数値を敢えて公表したのでしょうか。

 金融庁は、「同指標に係る現時点の定義は、金融事業者のデータ管理に係るシステム上の制約を踏まえたものであり、将来的にはさらに優れた指標に改善していくことが望ましいものと考えられる」と述べていて、今回の公表数値の定義や算出方法に多くの難点のあることを認めていますし、更には、「リターンの良し悪しは金融事業者の業務努力だけではなく、市況や顧客の投資行動などにも大きく左右されるなどの指摘」のあることも承知しているのです。
 それにもかかわらず、不十分な指標でも公表することは、「市況に関する影響は全ての金融事業者が同様に受けるもの」なのですから、「金融事業者の状況を相互に比較することは可能である」としたうえで、「顧客及び金融事業者がリターンへの関心を高める上で有意義」であるとの認識を示しているわけです。
 どうせ最初から完全なものなどあり得ないのですし、不完全なものは、「金融事業者におけるシステム対応や自主的なKPIの設定等の取組状況を踏まえ、今後も必要に応じて改善」していけばいいのです。また、金融機関の個別の事情が反映されていないというのならば、「より精緻な定義に基づく数値が算出可能な金融事業者においては、精緻な定義に基づく数値を併せて自主的に公表」すればいいだけのことです。

ということは、金融庁の目的は、数字を公表することで、顧客と金融機関の双方において、「リターンへの関心」を高めることだというわけですか。

 金融庁がいうように、「顧客が投資信託を購入する目的は、基本的にはリターンを得るためである」としたとき、販売している金融機関として、顧客の目的が適正に実現しているかどうかに関心をもたないということがあり得るでしょうか。ところが、実際には、どの金融機関においても、顧客の目的の実現度を測定することはなされてこなかったのであり、金融庁による試みが最初のものであるということ自体において、顧客不在の実態が暴露されているのです。
 このことは、金融庁の計測が不十分なものになった理由として、「金融事業者のデータ管理に係るシステム上の制約」があげられていることに顕著に表れています。「見える化」以前の問題として、見せるための数値の計測に必要なデータすら収集されてこなかったということですから、投資信託の販売において、「リターンへの関心」が完全に欠落していたという恐るべき実態があったわけです。

投資信託の販売においては、顧客の「リターンへの関心」を高めることが営業の基本であるはずですから、金融機関自身が「リターンへの関心」をもっていなかったこと自体あるまじきことですね。

 「リターンへの関心」なくして、投資信託の販売の現場において、一体、何がなされてきたのか、大いに疑問を感じるところです。販売手数料の妥当性、金融機関の都合を重視した商品政策など、顧客本位の観点から見直すべきことは多いのでしょうが、「リターンへの関心」がある限りにおいて、投資信託の販売のなかの技術的な問題として是正すればいいことです。しかし、「リターンへの関心」自体が欠落しているということになれば、顧客本位以前の問題として、金融機能の本質にかかわることです。
 極論すれば、「銀行で投資信託を買う人の半分が損をしている」こと自体は、一断面の事実ですから、どうでもいいことですが、「銀行で投資信託を買う人の半分が損をしている」ことを銀行自身が計測もしないできて、金融庁が計測した結果を公表したことを受けて初めて対応を検討するということでは、もはや、金融機関としての資格要件が問われるということです。

投資信託の販売会社に「リターンへの関心」がなかったとしても、さすがに運用している投資運用業者には「リターンへの関心」があったはずですよね。

 そこも疑問です。販売会社に大きく依存する収益構造になっている投資運用業者においては、「リターンへの関心」よりも、販売会社の営業政策に対する関心のほうが圧倒的に大きかった可能性があり、そうだとすると、投資運用業者の名に値しないものもあったのでしょうし、現に、あるのかもしれません。
 故に、金融庁は、「今後、投資信託の販売会社のみならずその他の業態においても、比較可能なKPIの指標に関する検討を進めていく」としているのです。

以上


次回更新は、8月30日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2018/03/29掲載「投資信託の質の「見える化」は可能か
2017/05/18掲載「セゾン投信で顧客本位を学べ
2017/04/13掲載「まともな投信1%、森信親金融庁長官が斬る業界の悪弊
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。