インカムと時間とキャピタルストラクチャ

森本紀行
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純粋な投資の視点に立ったとき、株式、社債、融資というような資産区分に、どれだけの意味があるのか、考え直して見ようではありませんか。

 1月14日のコラム「価値と価格とインカムとバリュー」から始めた「投資の原点」シリーズの連載コラム、今回で5回目です。とうとう、株式という基本概念までも、原点から見直すことにしました。
 今回のタイトルは、「インカムと時間とキャピタルストラクチャ」とつけましたが、本題に入る前に、基本中の基本から始めたいと思いまして、唐突な書き出しにさせていただきました。
 そもそも、投資の原点は、事業へ投資するということでしょう。投資するに値しないような事業について、その事業を営む企業の株式ならば投資できる、その企業の社債ならば投資できる、その企業に融資ならばできる、というような議論は、本来、成り立つべきものでしょうか。ある企業の事業自体に投資価値がないならば、その株式も、社債も、その企業への融資も、投資価値がないはずです。
 まだ記憶に新しいサブプライム問題の一つの重要な教訓は、まさに、ここになければなりません。住宅ローンとして価値のないものを原資産にする限り、いかに工夫を凝らしても、その価値のない原資産から創出される社債等に、投資価値は生まれ得ないのです。
 サブプライム問題における投資家の投資姿勢には、真剣に反省されなければならない点があります。それは、「高い格付を付与された社債」という概念が先行してしまって、本来の資産価値の検討が抜け落ちてしまったことです。もしも、原債権の投資価値が先に検討されていれば、サブプライムのようなものには、投資できはしなかったはずなのです。
 本来の事業投資の考え方からすれば、株式へ投資すると決めてから、どの企業の株式に投資するかを検討する、あるいは、社債に投資すると決めてから、どの社債に投資するかを検討する、というのは、投資の意思決定の流れとしては、不自然ではないでしょうか。現在の投資のあり方は、大規模化し、技術的に分業化が進んだ結果生じたもので、決して、本来の投資のあり方ではないのです。

さて、本来の投資においては、第一に、ある事業について、投資価値があるものかどうかという判断が、一番重要なものでしょう。

 不動産だろうが、事業を営む企業だろうが、投資価値のないものには、そもそもが、投資できないわけです。しかし、具体的な投資は、この判断で終わるのではなく、そこから始まるといっていいでしょう。すなわち、次の問題として、仮に投資価値のある事業だとして、その事業に、どのような形態で投資するのが望ましいか、という高度な技術論がでてくるのです。
 ところで、事業に投資するとはどういうことでしょうか。投資の世界、といいますか、広く金融の世界では、事業へ投資するということは、その事業が創出するキャッシュフローの分配へ参画することを意味します。この分配の契約上のルールを定めるのが、キャピタルストラクチャ(capital structure資本構成)です。ここで、やっと、今回のタイトルの用語がでてきました。
 キャピタルストラクチャというのは、企業の(別に、事業の、といってもいいですが)バランスシートの右側(資本債務側)の構成のことです。バランスシートの左側には、企業のキャッシュフロー創出の基盤となる資産が計上されています。キャピタルストラクチャは、その資産の保有を支えると同時に、資産が生み出すキャッシュフローの分配優先順位を定める仕組みなのです。
 この分配優先順位については、バランスシートの上から順番に優先度が高くなるように、記述する仕来りです。つまり、一番下の株式が、一番優先度が低い。さて、この優先度の一番低い株式が魅力をもつ場合というのは、どういうときなのか。この大切なことを検討せずして、なぜ株式投資が成り立つのか、これも私の基本的な問題意識の一つですが、深い検討は別の機会に譲りましょう。
 当然に、優先順位の高いものほど、より安全性が高い一方で、期待収益は低い、ということになるはずです。では、優先順位の低いものは、リスクも大きいが、期待収益も高い、ということになるかどうかは、微妙です。そうなるためには、キャピタルストラクチャが適切に設計されていなければならない。ですから、常に、株式がハイリスクでハイリターンにある、とは限らないのです。しかし、この議論、別の機会に譲ったはずでした。ともかくも、投資家は、安全性と収益性を天秤にかけて、自分の好むキャピタルストラクチャへ投資するのです。

さて、企業のキャピタルストラクチャを伝統的な資産区分(資産区分とは、キャピタルストラクチャ上の位置のことです)で単純化してしまうと、最上位に銀行等の融資があり、次に社債、そして最下位に株式があるということになります。

 このような優先順位を定める基準は、何でしょうか。時間です。前回のコラム「クレジット投資の魅力」の中で、インカム(1月14日のコラム「価値と価格とインカムとバリュー」をご参照ください)を規定する要素として、時間と確実性の二つをあげました。そして、前回は、後者の確実性について、クレジットという概念を用いて検討したのでした。実は、今回は、インカムの時間の要素について、キャピタルストラクチャという概念で検討しようとしたものなのです。それで、「インカムと時間とキャピタルストラクチャ」というタイトルになった次第です。
 事業というのは、すぐにキャッシュフローを生むものではありません。設備や在庫に投資をして、そこから売上げが立ってきて、初めてキャッシュフローが生まれるのです。それには時間を要します。キャピタルストラクチャの優先順位とは、この時間を経て生まれてくるキャッシュフローを、インカムとして債権者や投資家に割り当てる順番のことをいうのです。最初のキャッシュフローは、融資の元利金の支払いに充当され、残りが社債の元利金へ、そして最後の残余が株式へいくのです。
 この優先順位があるからこそ、理屈上は、短期的に赤字に陥った会社にも融資できます。事業キャッシュフローの不足を、定期利払いの必要のない株式等のキャピタルストラクチャの下位へ寄せることで、融資の利払いは確保できるからです。
 事業が伸びてきて、キャッシュフローが潤沢になれば、融資等のキャピタルストラクチャ上の優先順位の高いものに充当した後でも、豊かな残余が残ります。その時点に達して初めて、株式等のキャピタルストラクチャ下位の投資価値が、高まることになるのです。

通常、事業キャッシュフローは、短期間では拡大しません。事業の継続とともに、拡大していくのです。

 ここに、時間の要素があります。この時間の要素を、資金調達の構成に変換したものが、キャピタルストラクチャです。下位ほど収益分配を受けるのに時間を要する。その分、時間の長さに応じた追加収益(プレミアム premium)が得られるように、キャピタルストラクチャは設計されていなければならない、ということです。つまり、インカムは、より厳密には、インカムの期待値は、キャピタルストラクチャの下位ほど高くなくてはならないということです。
 ここまで書くと、既に紙幅が尽きています。最後に、二つのことを指摘しておきましょう。まず、キャピタルストラクチャの下位にあることと、クレジット上のリスクが大きいこととは、概念的に軸の違うことだ、ということです。キャピタルストラクチャ上にある様々な投資対象それぞれに、利息配当金と元本の回収にかかわるリスク(クレジット)があるのです。
 第二は、上の議論ですと、株式配当の期待値のほうが、融資や社債の利息よりも、大きいことになりますが、これは、株式配当利回りのほうが低いという社会通念と、異なるのではないか、ということです。ここで、注意しなければならないことは、株式の現在の配当と、配当の将来の期待値とは、異なることです。現在配当と将来配当の差が、株価上昇となるのです。株式におけるインカムとは、このような将来配当の期待値を意味します。その限りで、株式のインカムは、同一企業の融資や社債のインカムを上回るのです。
 なお、企業や事業について、最適なキャピタルストラクチャを構築するのが、本来の投資銀行の機能であることは、2009年10月15日のコラム「金融の社会的機能としての投資銀行業務」で述べています。ぜひご参照ください。

森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。