金融そのものへ!(後編)

森本紀行
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昨年の10月3日のコラム「金融危機にみる保険(リスクヘッジ)とモラル・ハザードの関係」の中で論じましたように、債権者と債務者の間の私的な相対(あいたい)取引である融資を市場化するのには、超えてはならない限界があるということです。

 今回の金融危機の象徴である、いわゆるサブプライム問題は、個人住宅ローンの逸脱といえるほどの過度な市場化に起因します。融資等の債権の証券化(流動化)については、高度に標準化された小口の原債権を多数集積することにより、信用リスクを統計的に計測・管理できることが、必須の条件であったはずです。債務者との直接的な交渉により個別的に与信リスク管理を行うことを原則とする融資についてまで、市場化することは、モラル・ハザードを引き起こすリスクが高いといわざるを得ません。
 銀行は、預金という特殊な調達手段を特別に認可されていることの反対効果として、融資を通じて、産業界の資金調達を支援する社会的責務を負っていると考えられます。その責務から逃れることはできない。その責務を他者に移転するような債権流動化はできない、ということです。一方で、株式を上場している銀行は、自分の株式を市場化している以上、資本利潤率を度外視することはできません。
 今回の金融危機の重要な原因は、銀行等が、資本利潤率を上げるために、資産の回転率を上げようとしたことにあります。つまり、融資実行と融資流動化の反復連続です。もしも、銀行経営についても、一般事業会社と同じような資本利潤率を基礎にした評価がなされるならば、金融危機の再来は、避けられないようにも思えます。金融という社会基盤そのものである銀行、いまや企業金融全体を統合する銀行については、その社会的責務にふさわしい経営評価の方法が必要なのだと思います。預金という非市場型調達により、融資という非市場型運用を行うことを本業とする銀行の、その自行の株式が市場取引されていることに、根本的矛盾がありそうです。
 だとすると、右の極には、市場調達中心で市場運用を主力とする上場企業としての銀行(もはや、規制上の銀行である必要もないかもしれません。いわゆるノンバンクの投資会社でいいようですね)があって、左の極には、非市場調達で非市場運用を中心にする協同組織金融機関があるという、二極化に向かうのでしょうか。

さて、話を転じて、金融の仕組みの中で、市場化されていないものがあるのかどうか、という点です。

 市場化されていないどころか、金融そのものの仕組みでありながら、金融として独立していないものは沢山あります。掛けによる取引や、前金制などの、取引に内包した金融が代表例です。
 前金制というのは、お客さんから借り入れる制度ですから、うまい話です。脱線しますが、いまどきは、パスモだ、スイカだと、チャージ式のプリペイメントカードで電車に乗ります。便利だから仕方ないのですが、実は、私は好きではないです。金利がつかないからです。昔、テレフォンカードというのがあったとき、確か5%有利になっていたと記憶します。高利な金利だったと思います。いまでこそ、超低金利ですが、金利が高くなったときにも付利されないのかどうか、関心があります。ケチな話ですいません。
 普通の商品は、完成品を取引するので、製造業者からすれば後払いの制度ですから、製造過程での資金調達は欠かせません。そこに融資するのが、普通の金融機能です。ところが、前払いの注文生産では、独立した金融はなくなって、顧客と製造業者の間の取引に内包されます。前払いの小規模な注文生産事業を、大量生産、大量販売(消費)の大規模な製造業に転換すると、そこに、製造業者向けの融資という大きな金融事業が生まれる。同時に、消費者側に対する消費者ローンの市場も生まれる。これが経済成長の仕組みです。金融業と製造業が両輪となって経済を拡大させてきたのです。では、今後もこのような成長の図式が有効なのかどうか。もしも、今回の金融・経済危機が、大衆消費社会の転換点ならば、金融にとっても重大な転換点になるのは避けられません。
 掛けの問題も興味深いです。日本の流通では、大手の卸売業者や商社の機能が大きいようです。これらの大手流通業者は、掛けによる取引を通じて、中小零細業者に対する重要な資金の供給者になっていると考えられます。この金融の仕組みを、独立した金融業に転換できないであろうか、というのは私の大きな関心事です。つまり、中小零細業者へ直接に融資することで、現金取引に転換させるのです。可能性としては面白いのですが、おそらく大手流通業者は、単に金融の力だけに支配力の基礎を置いているのではなくて、独自の強固なビジネスの仕組みを築き上げているのでしょうね。でもやはり、可能性としては面白い。

さて、金融業として独立していない金融の仕組みというのは、後、どんなものがあるのでしょうか。

 地域金融機関の世界では、預貸率の低さ、即ち、預金量に対する融資需要の相対的低迷が、常に問題になっています。しかし、地域経済の回復というような他力本願では、融資は伸びないでしょう。融資を創造する努力が必要です。金融そのものと、業としての金融は違います。業として独立していない金融の仕組みを業に転換することで、産業と金融が並行的に成長してきたことに間違いはありません。まだまだ、努力の余地があるのではないでしょうか。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。