現金の価値、機会と危機、そして「オポチュニスクティック」ということ

森本紀行
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今ほど、現金の価値の高いときはありません。

 マンションや住宅などを手がける不動産開発業者から、売れ残りの在庫を、著しく安く買い取って転売する流通業者が繁盛しているそうです。現金で買い取るところが、安く買える理由です。不動産業者は、販売不振に陥る一方で、銀行借入等の資金調達が困難となり、資金繰りの急激な悪化に見舞われているとされています。問題は、在庫が膨らむ中で、その在庫を維持する資金が不足するということです。解決策は一つしか残されていません。安くてもいいから、在庫を可及的速やかに処分して、現金化することです。いわゆる英語でいうところの“forced to sell”、即ち、「売らざるを得ない」という状況です。
 一方で、資金調達が困難なのは、買う側も同じです。買う側が簡単に資金調達できる状況ならば、売る側も資金調達できる可能性が高いわけですから、“forced to sell”にはならないはずです。そこで、現金を持っているものの強みがでるわけです。売る側は債務の弁済期日に追われているのですから、即時に売却代金を決済できることが重要な条件になります。買う側として、そのような売る側の条件を満たすためには、既に現金を用意できていることが必要です。まさに、この現金を用意できているということ、このことが安く買う力になるのです。一方で、現金を用意できていないからこそ、売る側は、価格の如何にかかわらず、売らざるを得ない状況に陥るのです。現金を持っているか、いないかが、決定的な力の差になる、というのが今の状況なのです。

この状況は、日本の不動産市場だけではありません。

 全世界的規模で、全ての金融商品について、起きているのです。特に深刻なのは、いわゆるファンド、ありとあらゆる種類のファンドで起きていることです。多くのファンドにはレバレッジがあります。即ち借り入れをして、運用金額を大きくし、かつリターンを高くしようとしているのです。この借り入れが継続できなくなると、“forced to sell”に陥ります。その売りが、保有している金融商品の価格を下落させ、その下落がパフォーマンスの悪化につながり、解約を誘発するので、さらに価格が下落する、という深刻なメルトダウン現象が、ありとあらゆる金融商品について起こってしまったのです。
 金融機関等の投資家の場合は、保有している金融商品価格の下落によって発生する評価損が、資本の控除項目となります。資本はリスク資産の保有を支える基礎ですから、資本の減少は、直ちに、保有している金融商品の売却や、融資総額の縮小につながります。融資の縮小は、ファンド等の資金繰りの悪化につながり、更に・・・、というように、信用システムの縮小は、負の連鎖にしたがって、想像をはるか超えた規模と速度で進行しうることを、今の状況は示しています。そこで、現金の価値です。

これまでは、現金の保有を極力小さくするのが、効率的運用と考えられてきました。

 なぜなら、現金のリターンが一番低いからです。確かに、現金を単に保有していることだけリターンは、低いかもしれません。しかし、現金には、現在のような特殊な状況では、急激に潜在的な買う力を増すという意味で、別の魅力があります。つまり、投資対象として現金の魅力は、静態的なものではなく、動態的に状況によって変化するものです。
 従来の資産運用の枠組みでは非常識とも思えるかもしれませんが、機会(オポチュニティ)があるときだけ投資して、機会がないときは現金を保有している、という投資スタイルがあるのです。現在は、全世界規模の、金融商品市場全体におよぶ、しかも著しく下落幅の大きい、市場の崩壊にも近い危機的状況ですが、普通の状況でも、世界のどこかで、巨大な金融商品市場のどこかで、様々な規模の危機は起き続けています。危機は常に機会です。危機=機会には始まりと終わりがあります。様々な機会の生起に従い、機会があるときだけ現金から投資に向かう、そのようなスタイルを、「オポチュニスティック(機会主義的)」といます。

一般に、オポチュニスティックな運用は、絶対価値戦略になります。

 割高・割安という判断に基づく相対価値戦略が普通の運用です。相対価値評価のもとでは、市場自体がどんなに割高でも、半分の銘柄は、相対的に割安です。ところが、絶対価値評価のもとでは、市場自体が割高になれば、そこには、もはや投資価値がない、つまり機会がないということになって、その市場から出て行く、即ち現金化することになります。その現金は、別な市場に価値を見出せば、そこへ動くでしょうが、どこにも機会を見出さなければ、現金のまま留まることになります。
 現金が機会を見出し、機会の生起・消滅にしたがって移動していくということ、このようなオポチュニスティックな現金の動きのほうが、より原初の資産運用に近いのかもしれません。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。