時間と金利と農林水産業ファンド

森本紀行
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世の中には、時間の経過とともに価値の上昇するものが少なくありません。

 特に、農林水産業関連の産品に、その例が多くあります。例えば今、焼酎ブームだそうですが、焼酎も熟成させた古酒となれば、値段が高くなるはずです。一般に、お酒や酢などは、長期熟成させたものほど値段が高いようです。生きている農林水産物にも、長期育成することにより価格が上昇していくものがあります。ワサビもその一種であり、高級な鮨屋で使うような太くて大きなものは何年もかけて育てたもので、値段がとても高いのです。養殖の牡蠣は、普通は一年で出荷するのでしょうが、二年、三年と長く育てたものもあって、こちらは高級品として取引されます。

 さて、私が焼酎の生産者であって、年間1億円出荷しているとします。低価格の普通の焼酎ビジネスからの脱却を目指して10年熟成物に切り替えようと考えるわけです。一番簡単なのは、10年間出荷を停止して、10年後から全量を10年物として出荷再開すればいいのですが、そんなことをすれば10年間売り上げがゼロになってしまいます。収支トントンくらいで経営しているとすると、概ね10億円の資金調達をしないといけないのです。そんなことはあり得ないのですが、もし、出荷前の焼酎在庫を担保にお金を貸してくれる銀行がいて、しかも担保掛目なしで毎年1億円を10年後の元利一括返済で総額10億円貸してくれるのであれば、なんとかなります。
 年率7%の金利で1億円を10年間借りて元利一括返済すると、返済額は約2億円です。ということは、7%の金利を払っても、10年熟成することで、2倍以上の価格で売れるのならば、投資価値はあるということです。一般に、資産(焼酎、牡蠣、ワサビなど)の価格の伸び率の期待値が、債務の伸び率を上回る限り、ビジネスとして機能するということです。ビジネスとして機能するものは、一般に、投資対象としても構成できます。森林資源ファンドのような、農林水産業ファンドに注目が集まる所以です。

ファンドというのは、銀行等が融資(債権)という形では資金供給を行い得ない場合に求められる代替的金融手段です。

 実際、焼酎担保に、担保掛目なしで、年商1億円の零細業者に、最大10億円、しかも元利一括弁済などという破格な条件で融資する銀行などあり得ません。しかし、ファンドという形式で投資することを考えると、焼酎価格が10年で2倍以上になるならば、結果的にファンドの出資者に7%以上のリターンを還元できるのだから、十分に成り立つ仕組みなのです。融資は金利等を事前に約束する仕組みなので、将来の不確実性(リスク)が大きい熟成焼酎ビジネスには向かないとしても、ファンドは、結果的・事後的に収益を還元する仕組みなので、投資家が不確実性(リスク)を承知している限り、問題なく成立する仕組みなのです。

ポイントは、時間の利益です。

 時間が価値を高めるからこそ、時間を買わなければならない。時間を買うことが、生産者(債務者)立場から見たときの資金調達であり、投資家(銀行等の債権者や、ファンド投資家)の立場から見たときの資金供給になります。金融とは、時間の利益を供与することです。そして、時間の値段が金利です。一方、時間が生み出す付加価値を、生産者と投資家との間でリスクに応じて公平に(いうまでもなく均等ということではなく、公正に、英語でいうとフェアに)分ける仕組みが、金融の仕組みに他なりません。
 リスクは、投資対象ごとに非常に異なるものになり得ます。時間の長さそのものがリスクを大きくします。将来の生産物価格と競争力の予測は、時間が長くなればなるほど困難になるからです。径の大きな成木は超長期を要する生産物であって、投資時点での将来価格リスクはきわめて大きいと考えられます。米国では、森林資源ファンドは最も注目される投資対象ですが、日本では森林担保融資は不良債権の代表例です。その差の原因はもちろん、米国と日本の森林資源価格の競争力にあったわけですが、それだけではなく、金融の仕組みにも原因があったはずです。そもそも、森林資源には、その超長期性に鑑みて、融資という仕組み自体がなじまない可能性があります。

その他、ファンドと融資には重要な差が沢山あります。

 例えば、森林の所有権自体をファンドに移転させるファンドと、抵当権を設置するのみの融資とは、法律上の権利が違います。また、ファンドは、森林経営という事業そのものへの投資であるの対して、融資は、森林経営者という事業者への融資です。技術的な差は重要です。しかし、より重要なのは、時間とリターン/リスクの本質的関係です。時間のリスクがリターンを規定するのです。農林水産業ファンドの本質は、時間が生む価値の獲得なのです。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。