プライベートエクイティなるものについて

森本紀行
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四回連続「ヘッジファンドなるものについて」(第一回第二回第三回第四回)に続いて、今度は、プライベートエクイティですね。また、くせのある概論をお願いします。

 プライベートエクイティとはprivate equityであって、上場している株式(パブリックエクイティ public equity)に対して、上場していない株式を意味する、と、まあ、そのように理解するのが普通でしょうね。要は、非公開(または未公開)企業の株式という意味です。
 しかし、上場しているか上場していないかの差異は、売買しようとするときの方法における技術的差異をもたらすだけで、投資対象としての本源的価値には影響を与え得ないはずです。プライベートエクイティが、一つの投資の対象もしくは方法として、その独自の存在意義をもつものだとしたら、その意義とは何なのか、それを検討してみようと思います。


プライベートということには、単に株式を公開していないという意味以上の意味がある、ということですね。

 そうです。プライベートとパブリックの対照を、非(未)公開と公開の対照、非(未)上場と上場の対照としてとらえることは、全く正しい(というか、翻訳の問題にすぎない)にしても、同時に全く形式的問題にすぎません。
 私は、プライベートとパブリックとの間には、投資の方法論、いわゆるリスク管理の方法論における本質的な差異があると考えています。このことは、過去のコラムでも、「市場型リスク管理の限界」や「市場機能を支えるリレーションシップ型リスク管理の意義」などで論じてきました。
 これらの論考では、パブリックであることの本質を、市場における売買可能性に見出す一方で、プライベートであることの本質を、市場における売買可能性がないが故のリレーションシップ(relationship 私的関係性)の中における積極的関与に見出しているのです。


平たくいえば、プライベートな融資とパブリックな社債との間には、単なる信用供与手段の技術的な差を超えて、信用リスク管理における本質的な差がある、というのと同等な意味で、プライベートなエクイティとパブリックなエクイティの間には本質的な差がある、ということですね。

 要は、プライベートエクイティにおいては、プライベートであるということが、エクイティであるということよりも、ずっと重要なことなのだという、そこのところを強調したいわけであります。ですから、プライベートエクイティとパブリックエクイティとの間にある差よりも、プライベートエクイティとプライベートデット(private debt プライベートな債務、即ち融資)との間にある差のほうが、ずっと小さいのだと思います。
 実際、企業再編においては、債務の株式転換も普通に行われるのですから、債務を取得することを入り口としたプライベートエクイティの戦略もあり得るのです。また、プライベートであることが本質的に重要な場合には、エクイティにこだわる必要もないのであって、劣後融資や転換社債など、いわゆるメザニン(mezzanine 株式を一階、債務を二階に喩えたときの中二階という意味)でもいいのです。
 資金調達する企業は、プライベートであることに、それなりの理由をもっているのです。経営の独立も、その一つであり得ます。そのような企業の場合には、議決権を意味するエクイティを他人に与えることに抵抗を感じることもあるでしょう。そのようなとき、投資資金の回収の目処がつきさえすれば、敢えてエクイティにこだわる理由もないということです。逆に、エクイティのほうが資金回収しにくい場合も多いでしょう。


ということは、エクイティではないプライベートエクイティもあり得るということですね。

 ヘッジがないヘッジファンドがあり得るように、エクイティでないプライベートエクイティだってあり得るのです。つまり、ここでは、プライベートエクイティを、技術的な資産区分ではなくて、一つの戦略のあり方として、捉えようとしているのです。ヘッジファンドを、純粋な投資の戦略として捉えたように。
 これから、具体的な話をしていくとして、はじめに、プライベートエクイティという投資の戦略に一つの定義を与えておくとすれば、それは、私的な関係性の中で提供される資金供与の柔軟な形態、とでもなるのでしょうか。あるいは、私的な関係性の中で提供される、ではなくて、私的な関係性の中でしか提供され得ない特殊な状況における、といったほうがいいかもしれません。
 パブリックであることは、当然に、広く社会一般に共通する契約関係を意味しますが、プライベートであることは、当事者間の随意な契約関係で足りるということを意味します。ここに、特殊な状況にも対応し得る柔軟性があるわけです。


特殊な状況とは、具体的に、どのような状況を指すのでしょうか。

 大きく二つに分けると、一つが起業、もう一つが企業再編です。いうまでもありませんが、それぞれ、プライベートエクイティの二大分野とされてきた、ベンキャーキャピタル(venture capital)の機能とバイアウト(buy out)の機能に対応します。
 ただし、バイアウトは、それが、その名の通り、買収だけを意味するのだとしたら、もはや、あまりにも狭すぎる概念です。もっと広く、企業再編にかかわる様々な状況を含むべきだと考えます。


では、起業の話は後にして、まずは、企業再編にかかわるプライベートエクイティの機能から始めていただきましょう。そもそも、企業再編とは、どのような事態を指しているのでしょうか。

 代表的な状況は破綻です。破綻というのは、狭く解すれば、何らかの法律上の手続きが開始された状況をいうのですが、もっと広く、破綻しそうな状況、破綻しかかっている状況をも含めて差し支えないでしょう。
 それから、企業の経営政策の変更に起因する事業の整理です。子会社の売却が代表例でしょう。また、逆に、事業の譲受もあるでしょう。
 また、これは、事業の整理再編に深く絡むのですが、経営体制の再編にも、プライベートエクイティは使われます。代表例は、上場企業の非公開化でしょう。経営再編と事業再編を同時に含むのが、子会社の経営陣による買収、いわゆるマネジメントバイアウト(management buy out、MBO)です。
 要は、企業の事業や経営体制の再編について、それが、外部強制(破綻など)によろうが、経営判断によろうが、多くの場合、プライベートエクイティの投資の機会になるのだということです。あるいは、投資の機会であるということは、逆に企業の立場からみれば、何らかの資金調達の機会になるのだということです。


少し、具体的な話をお願いしたいのですが、例えば、大企業の子会社の売却あたりからいきましょうか。

 ところで、プライベートエクイティ投資というのは、常識的に考えて、そのエクイティの発行体への投資、逆に考えれば、その発行体の資金調達でしょう。では、聞きますが、ある会社から、その子会社の株式を買い取ることは、その子会社の資金調達でしょうか。


ははあ、なるほど。売却代金は、売却した企業の側に入るのであって、子会社に入るわけではない。ということは、子会社の資金調達というよりも、子会社を売却した側の企業の資金調達だと、そういうことですか。

 そうです。これからプライベートエクイティを考えていくときには、とにかく思考を柔軟にしていかなくてはなりません。プライベートエクイティを金融機能として総合的に捉えるとき、単に、非(未)公開株式への投資というような形式的理解では、役に立たないことは、これで、おわかりでしょう。
 というところで、もう時間切れです。この続きは、次回に譲りましょう。

以上


次回更新は、1月13日(木)になります。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。