ヘッジファンドなるものについて

森本紀行
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ヘッジファンドなるものについてとは、いつになく普通の表題ですね。しかも、今さらヘッジファンドというのも、新奇性がない。

 しかし、ヘッジファンドとは何ですか。これがヘッジファンドだ、という明確な定義があるわけではないでしょう。非常に漠然とした、ヘッジファンド的な何かが意識されているだけであって、こういう要件を備えているものをヘッジファンドと呼ぶ、というような、はっきりした基準があるわけではない。
 もしかすると、業界の都合で、例えば、ヘッジファンドのファンドオブファンズに組み込まれているものをヘッジファンドと呼んでいるだけなのかもしれません。あるいは、自称ヘッジファンドの集まりなのかもしれません。
 いずれにしても、例えば、株式というものが、企業の資本構成上の位置、投資家の権利を定める法律上の位置である、というような意味での明確な定義があるわけではないでしょう。


要は、ヘッジファンドなるものはないのだと、そういうことですか。過激でいいですね。

 ヘッジファンドなるものは、あるのですが、定義が曖昧なものについて、ヘッジファンド投資の意義などを論じても意味がない、ということをいいたいだけです。特に、ヘッジファンドのファンドオブファンズというのは、多くの場合、単なる雑多なものの集合になるだけではないでしょうか。
 また、ヘッジファンドの指数を作るのはいいとして、その指数への追随を目指す運用となると、意味がわからなくなります。ちなみに、株式の指数と、それに追随することを目指すインデクス運用については、それなりの理論的背景があり、その理論の前提が成り立つ限り、理屈の通った運用たり得ます。かつて、「インデクス運用は、常識に照らして、まともな行為なのか」というコラムで、このことは論じてあります。少し脇道に逸れますが、ご参照下さい。
 一方、ヘッジファンドについてのインデクス運用は、どういうものなのでしょうか。ヘッジファンドを一つのまとまった投資対象とみなすことの合理性はどこにあるのか、この基本的論点を、よく考えてみる必要があります。そのような動機から、改めて、ヘッジファンドなるものを取り上げてみました。


つまり、ヘッジファンドなるものには、一つの投資対象とみなすに足るだけの統一性がない可能性がある、とまあ、そういうことですか。

 統一性が全くないわけではないのでしょう。事実、ヘッジファンドという名称自体が、ヘッジとファンドという、二つの共通要素を表現しているようにみえます。


では、ヘッジという概念は何を意味するのでしょうか。

 ヘッジは、やはり、リスクをヘッジするということでしょう。一般に、運用者の意図する投資機会の獲得は、その投資機会に固有の市場価格変動(ボラティリティ)を取り込むことと、切り離すことはできません。簡単な話、割安な株式に投資することは、同時に、株式市場全体の株価変動を受け入れることをも意味します。
 市場変動を避けて、つまり、市場のボラティリティをヘッジした上で、意図した投資機会だけを純粋に取り出すことはできないか。ここに、ヘッジファンドの原点があるのだと思います。ボラティリティをヘッジするから、ヘッジファンドです。
 その意味で、転換社債の裁定戦略などは、一番ヘッジファンドらしいのかもしれません。転換社債は、株式のコールオプションと社債との合成証券です。合成証券の理論価格は、コールオプションの理論算定価格と社債の理論算定価格との合計値となるべきですが、実際価格は、理論価格と異なる場合が多い。ここに、投資機会があるのです。
 もしも、投資の機会が、転換社債に内包されたコールオプションの価格が、コールオプションの理論価格よりも安いところにあるのならば、純粋に、その価格差だけをとりにいけばいい。これが、典型的なヘッジファンド戦略です。
 そのためには、転換社債を取得(ロング)して、コールオプションの理論価値相当分の株式を空売り(ショート)すればよいのです。更に厳密を期すならば、転換社債の社債価値に内包する意図せざる信用リスクもヘッジしないといけない。これには、クレジットデリバティブを使ったヘッジを行うことになるのでしょう。
 かくして、転換社債裁定戦略の場合、転換社債のロング、株式とクレジットデリバティブのショートという組み合わせが、一つの典型的な取引形態となります。ここに、ヘッジファンド戦略に共通する、市場の非効率という投資の機会の獲得と、その非効率を取りに行く際には市場リスクをヘッジする、という運用手法が、よくみえていると思います。
 株式のロング/ショートなど、同じことですね。原理的には、割安な株式をロングして、市場リスクをヘッジすればいいのです。ヘッジには、いろいろな方法があり得るのだと思います。割高な銘柄をショートすれば、二重の投資機会を獲得できることもあるでしょう。ある割安な銘柄に対して、その銘柄と価格変動パタンの似た別の銘柄をショートする、いわゆるペアトレードでもいいでしょう。ある程度の数の銘柄をロングするなら、インデクスのショートも有効かもしれない。
 要は、市場リスクをヘッジして価格の非効率をとらえること、これにヘッジファンド戦略は帰着するということです。この原則の中で、運用者の考えで自由にやればいいということ、その自由さもヘッジファンドの特色でしょうね。


しかし、そのようにヘッジファンドを定義すると、ヘッジファンドでなくなるヘッジファンドができてしまうのでは。例えば、ディストレストなど。

 一概にそうとはいえない。市場リスクのヘッジという概念を少し拡張すればいいのです。つまり、ディストレストの場合は、そもそも市場リスクがなくなった証券だけを投資対象にするのだ、ということです。市場リスクがないのだとしたら、ヘッジする必要もないでしょう。
 普通の社債として取引されている限り、社債市場全体の価格変動の影響は免れないし、社債に内包する信用するリスクの影響も、当然に受ける。でも、デフォルトしてしまったら、あるいは発行体が何らかの法的手続きに移行してしまったら、どうでしょうか。
 究極の逆説なのですが、デフォルトした社債には、信用リスクはないのです。信用リスクとは、デフォルトするかどうかのリスクなのだから。しかも、市場取引は行われなくなるから、市場価格変動もなくなる。では、何のリスクが残るのか。それは、法的手続きにかかわるリスク、手続き終了後に分配される金額の見込みにかかわるリスクでしょう。その見込み金額よりも安く破綻証券を取得すれば、それが利益になるというのが、ディストレスト戦略の基本なのだから。
 つまり、ディストレストの場合、投資機会そのものが、ヘッジファンドの要件を充足しているのです。ある意味、完全なヘッジファンド戦略です。


では、マクロは。さすがに、マクロはヘッジファンドの定義から外れるのでは。

 そうですね。マクロはヘッジファンドではない、といい切っても差し支えないのですが、一応は、ヘッジの概念を拡張することで、なんとか対応できないか考えてみましょう。
 唐突ですが、金(金の地金、ゴールド)に投資することを例に考えてみましょう。金に投資することは、金という商品の市場価格変動リスクそのものを取り込むことだから、ヘッジファンドの投資戦略の基本からはずれています。しかし、金に投資することが、何か別の大きな市場リスクに対するヘッジだとしたら、どうでしょうか。


信用秩序そのものの崩壊、というような大きなリスクのことですね。

 そうです。例えば、ユーロやドルを売り(ショート)、金を買う(ロング)ということは、信用秩序の不安という投資の機会を切り出すという意味で、一つのヘッジファンドの手法として成立し得るのではないか、ということです。
 つまり、その名の通り、マクロな視点に立って、様々な投資対象を売りかつ買うことを通じて、大きな投資機会に賭けていくこともまた、ヘッジファンドの一つのあり方として、認め得るのかもしれません。


そうすると、そのような方向で、マネッジドフューチャーズなども、ヘッジファンドの中に位置づけ得るということですか。

 マネッジドフューチャーズは、独自の歴史と文化をもつとは思いますが、共通性を見出すことはできるでしょう。しかし、これ以上論じることは、時間的にできないのでは。


そうですね。結局、ヘッジという概念の話も終わらず、ファンドという概念にはたどりつきもしませんでした。

この続きは、次回以降にしたいと思います。

以上


次回更新は、12/2(木)になります。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。