もう少し、ヘッジファンドなるものについて

森本紀行
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ヘッジファンドなるものについて、これで連続四回目、まだ、いい残したことがあるようですね。

 そうですね。気になることを話し出したら、きりがないのですが、それでも、何だか、話し足りていない感じがします。その一つが、フォンドオブファンズ(fund of funds)です。
 ファンドオブファンズというのは、それ自体は、個別具体的な投資を行うのではなくて、複数のファンドに投資することを通じて、よく分散された投資を実現する技術的な工夫です。ですから、中に入るファンドは、ヘッジファンドの戦略である必要はなく、普通の株式だろうが債券だろうが、あるいはプライベートエクイティだろうが、何でもいいわけです。でも、おそらくは、この仕組みが一番普及しているのは、ヘッジファンドの分野、それからプライベートエクイティの分野だと思います。


ヘッジファンドに投資するときに、ファンドオブファンズを使う利点は何でしょうか。

 色々と考えられるのですが、一つには、簡便な方法だということがあるでしょう。ヘッジファンドというのは、一つ一つ細かく吟味して選ぶとなると、そのこと自体が高度に専門的な資産運用の技術になってしまうという問題があります。ヘッジファンドのファンドオブファンズの運用者は、投資家に代わって、専門家としてヘッジファンドの選択を行う機能を果たしているのです。
 実際、ヘッジファンドは数え切れないくらい存在するのだろうと推測されています。私も、いくつあるのか知りませんが、千の桁にあるのは間違いないのです。こうなると、本当に優れたヘッジファンドを選択しようとすれば、個別の有価証券の選択と同じくらいに面倒な仕事をしなければならなくなります。ここに、専門家に委ねるだけの合理性が生まれるのです。


しかし、専門家の助言が必要だとしても、だからといって、ファンドオブファンズという仕組みが必要だ、ということにはならないのではないでしょうか。

 その通りでしょう。実際、ファンドオブファンズの仕組みを使わずに、専門家の助言を用いて、自ら個別のヘッジファンドに投資している投資家もいます。しかし、先ほど簡便な方法といいました意味は、選択の外部委託による簡易化ということだけではなくて、投資の実行面における簡易化をも意味しています。
 実は、ヘッジファンドというのは、事務的な手続きなど、投資の実行も面倒なものなのです。ヘッジファンドの市場というのは、何一つ標準化されていないといっても過言ではないような世界なのです。前回も申しましたように、ヘッジファンドの重要な特色が柔軟性にある以上、これは当然のことなのかもしれません。
 オフショアの設定地一つとっても、有名なケイマンだけではなくて、バミューダ、ジャージーなど、色々なところが利用されています。様々に異なる構造をもった多数のファンドに相対の関係の中で投資するということには、完全に標準化された株式を公開市場で取引することに比して、全く異なった種類の事務能力が要求されるということです。


分散されたヘッジファンド運用が簡易にできること、これが利点だとしても、そもそも、ヘッジファンドというものは、たくさんのファンドに分散投資しなければならないものなのでしょうか。

 分散が必要かどうかは、ヘッジファンドを、どう定義するかによるのでしょうね。これまで述べてきましたように、ヘッジファンドを厳格に狭く定義すると、分散は、それほど重要ではないのかもしれません。少なくとも、ヘッジファンドという領域の中での分散ということの意味は、大きくないのかもしれません。
 論拠は、市場価格変動をヘッジするからヘッジファンドなのだ、という定義にあります。分散投資の重要な意義は、予想し得ない価格変動を、複数の価格変動構造の異なる資産を組み合わせることで、相殺させようとする試みです。だとすると、この限りでは、ヘッジファンドに分散投資は必要ないだろうということです。
 また、もしも、ヘッジファンドが本当に市場価格変動から独立で、ヘッジファンド相互においても、それぞれが独立した収益構造をもつならば、独立したものをいくら混ぜても、分散効果は上昇しないはずなので、意味がないと思えるのです。


しかし、現実には、市場価格変動を完全にヘッジできているヘッジファンドは、少ないのではないでしょうか。市場の影響を受けざるを得ないならば、分散も必要なのではないでしょうか。

 現実的には、全くそういうことなのでしょう。ですけれども、理屈上は、少しおかしくないですか。結局は、現状というのは、ヘッジファンドの定義を緩くする、すると広範囲のファンドが投資対象になる、だから分散が必要となり、投資するファンドの数が増えて、ファンドオブファンズの利便性が要求されてくる、と、まあ、そういうことになっているわけですね。でも理屈上は、優れた少数のヘッジファンドを厳選して投資してこそ、ヘッジファンド投資の本来の目的が実現できる、ということなのではないのですか。


その理屈には難点がありますね。第一に、そもそも、そのような一流のファンドを厳選できるのか、第二に、厳選できたとしても、大きな金額は投資できないでしょう。

 そうなのです。到底、理屈通りにはいかない。一番大きな問題は、なぜ、ヘッジファンドに対する投資需要が、そのように大きいのかということでしょう。需要が大きくなれば、供給側も対応して、ファンド数が激増する、そこが問題なのでしょう。
 もともと、ヘッジファンドは、プロの富裕層投資家を対象とした小さな領域だったのです。小さかったからこそ、市場価格変動をヘッジして市場の非効率から収益を生むような厳格な戦略が機能したのです。需要がいかに大きくなっても、供給には限界があるはずだったのです。限界を超えて需要が拡大すれば、ヘッジファンドの定義が緩くなって、ヘッジファンド的なものが氾濫してくるのは当然なのです。
 ここでいうヘッジファンド的なものというのは、市場の非効率をとりにいくところは同じでも、市場価格変動を完全にはヘッジし得ていない、あるいは、敢えて完全にはヘッジしない、そのような戦略です。


ですけれども、前のお話では、そのヘッジファンド的なものにも投資価値があるのではないか、ということだったと思いますが。

 もちろん、全てに価値があるわけではないでしょうが、いいものも、たくさんあるでしょう。こういうところでは、多数のファンドへの分散は必要なのでしょうね。ですから、ファンドオブファンズの利用も有効な方法でしょう。また、所詮は市場価格変動が付きまとうという前提であれば、ヘッジファンドの、あるいはヘッジファンド的なものの領域の中だけではなくて、他の資産との相関も考えて、広い意味の分散投資を行うことが重要なのだと思います。


では、純粋な、正統派のヘッジファンドについては、どのように投資したらいいのでしょうか。

 答えることのできない難しい質問です。物理的な問題だけをいえば、供給に限界のあるファンドばかりですから、既存の投資家以外の新しい投資家の資金を受け付けないものが多いと思われるので、そもそも投資しようがない。
 ですから、優秀な運用者が新しく立ち上げたファンドに投資するほかないのでしょう。既存の優秀なファンドについては、過去実績を見ることができますが、新しいファンドでは、運用者の思想と人物と履歴書を信じるしかないのですから、骨董目利き的な能力を養わないと、上手に選択できないかもしれません。
 なお、ここで指摘しておくべきは、歴史の長い有力なファンドオブファンズの中には、新規の投資家を受け付けていない稀少性の高いファンドへも、既存の投資家として投資できているものがあって、これもファンドオブファンズの利点と考えられてきたことです。
 まだ、ヘッジファンドについては、話すべきことが残っている気もしますが、四連続で長々とやったので、とりあえずは、ここで終わりにしておきましょう。

以上


 本年、これをもって最後のコラムとさせていただきます。次回更新は、来年の1月6日(木)になります。今年一年、ありがとうございました。来年も、よろしくお願いいたします。

森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。