『切手でもうける本』の話

森本紀行
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昨年の8月21日の本コラムは、<a href="http://www.fromhc.com/column/2008/08/post-9.html">「絵画・切手・ワインは「適格」な投資対象か」</a>というものです。

この中で、絵画とワインは機関投資家にとっての適格な投資対象に構成しうるが、切手は無理であろう、ということを書きました。いまでも、切手は投資対象になり得ない、少なくとも機関投資家の投資対象にはなり得ない、と考えております。
 ただ、少し気になったので、このコラムを掲載した後で、検索エンジンに「切手」と「投資」の二つのキーワードを入れて検索してみました。予想通りに、自分のコラムが上位にでました。残念ながら、トップではありませんでしたが。トップは、「切手が投資の対象になったこともあったらしい。」という、ブログの記事でした。この原稿を書きながら試してみたら、今でも、トップですね。
 これ、「ブルータス副編集長、鈴木芳雄のブログ フクヘン。」というものの、2007年6月22日掲載の記事です。実に面白いです。この冒頭に、『切手でもうける本』という、これまた不思議な本が紹介されています。実は、私、本の収集が趣味です。早速に、この本、入手しました。今、手元にあります。著者は米原徹夫という人で、切手経済社という会社が、1964年11月1日に発行したものです。内容は、「フクヘン」に紹介されている通りの、たわいのないものです。ポイントは、内容よりも、1964年という発行年にあります。いわずとしれた、東京オリンピックの年なのです。
 私くらいの年齢のかたなら、大抵、子供のころに切手を集めたりしたはずです。正方形で、中心の丸に各種競技の図柄を配した、あの特色のあるオリンピック切手は懐かしいです。『切手でもうける本』は、両開きの装丁で、後ろ表紙から開けると、『1965年版切手投資カタログ』となっていて、切手の写真と値段が載っています。浮世絵、文化人、国立公園、国定公園、みんな懐かしい。
 値段を見ると、例えば、憧れの的だった浮世絵の「みかえり」ですが、2000円となっています。この本、なにしろ、単なるカタログではなくて、投資カタログと銘打ってあるように、切手毎に「投資価値」の評価がついています。この「みかえり」、投資価値は、最上位の「三重丸」です。三重丸の定義は、「積極買い、人気がよい。品うす、これまでもぐんぐん上がって来たが将来も間違いない。あれば相場より多少高めでも買っておいて間違いない。」ということだそうです。この「間違いない」という表現などは、すごいですね。

さて、いま、ネット上で切手の販売をしているサイトを覗くと、この「みかえり」は、状態のいいものだと1万円位するようですね。

確かに三重丸をつけたのは正しかったようです。ところが、全体をみると、確かに価格上昇したものもあるようですが、オリンピック切手のように、ずいぶん値段を下げているものもあり、どちらかというと、「みかえり」は例外的、というのが実態のようです。
 実は、1964年のオリンピックから、1972年の沖縄返還のころまで、記念切手の価格の上昇を当て込んだ、切手ブームというか、切手バブル、切手投機がありました。それを背景に、この『切手でもうける本』が、発行されたのです。そして、沖縄返還の後、バブルははじけました。なぜ、沖縄返還なのでしょうか。
 この間の事情は、「郵便学者・内藤陽介のブログ」の2007年10月7日の「沖縄返還と切手投機」に紹介されています。面白いですね。要は、本土復帰により、琉球政府郵政庁が発行してきた沖縄切手が発行されなくなり、希少性がでるということを材料にした投機資金の流入が、まさに、沖縄切手バブルを生んだということですね。
 実に興味深いのが、この内藤陽介氏によれば、沖縄切手買いを仕掛けた投機筋の一つが、『切手でもうける本』の出版元である切手経済社だったことです。この会社、バブルのはじけた1973年6月に破綻したのだそうです。この沖縄切手事件以降、切手ブーム全体が沈静化していくようです。
 なお、内藤陽介氏は、ご自身のコラムで紹介されていますが、「解説・戦後記念切手」というシリーズの本を出版されていて、その第5巻『沖縄・高松塚の時代 -切手ブームの落日-』に、この沖縄切手投機の詳細を書かれているとのことです。私、この本は未読です。
 さて、結果的に見ると、日本の切手は、投資としては成り立たなかったようです。ただし、東京オリンピックから沖縄返還までの約10年間、投機の対象としては成り立っていたようです。

次回の更新は6/25(木)となります!
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。