20180308 ルールを上手に破る銀行が勝つ ルールを上手に破ることは、ルールを単に破ることではなく、上手に破ることであって、ルールを破るという表現よりも、新しいルールの提案といったほうがいいでしょう。新しいルールの提案とは、とりもなおさず革新であり、新文化の創造のことであって、革新こそ勝利の必須の要件であることは自明です。では、上手なルール破りとは、どの点においてルール無視やルール知らずと違うのか。 金融の脱構築
20180301 銀行はカネをやめてモノ、ヒト、チエ、コトを貸したらどうだ 銀行は、顧客である企業に対し経営に必須の重要資源を提供してきたからこそ、そして、それがカネであったからこそ、社会的存在意義をもっていたのです。カネに希少性が失われた今、カネ貸しとしての銀行の存在意義は著しく低下したわけですが、ならば、原点に戻り、銀行の機能を企業経営に必要な資源の供給に求め、カネに替わって希少性のあるモノ、ヒト、チエ、コトを貸せばいいのではないか。 金融の脱構築
20171102 金融なぞ所詮は虚業なのだから 融資を受ければ、利息の支払いという負の価値が生まれます。その負の価値が金融の実態です。融資を受けた企業は資金を事業に投下して正の価値を生み、その正の価値が金融の負の価値を上回るからこそ、金融は成立するにすぎません。実業の影にあるものとして、虚業といわれる所以です。さて、金融は、所詮は虚業ならば、極力目立たないように心掛け、必要最小限の役回りに徹するべきではないか。 金融の脱構築
20171005 金融機関が顧客に質問するのは愚行である 少しまとまった預金があるとして、銀行員から使途の有無を聞かれて、まともに答える人はいません。決まった使途がないといえば、どうせ、外貨預金だの、投資信託だの、保険だのと売りつけられるに決まっているからです。金融の営業では、顧客本位の名のもとに、顧客の意向の確認が重視されるのですが、下手に問うことは、問う動機を暴露して警戒させるだけです。では、上手に問うとは、どういうことか。 金融の脱構築
20170928 金融の営業では、お金を語るな、夢を語れ 融資は、お金の話ではなくて、資金使途である実業の話です。住宅ローンは、お金の話ではなくて、住むことの必要性を充足するための一つの選択肢の話です。ゼロ金利のときに、預金は、お金を貯めるものではなくて、決済手段であり、金庫替りです。生命保険は、お金ではなくて、生活保障です。損害保険は、お金ではなくて、失われたものの填補です。故に、金融の営業で、お金の話をするなかれ。 金融の脱構築
20170907 銀行に本当のことを話す顧客はいない 銀行から融資を受けている中小企業の社長は、個人として債務の保証人になっているので、万が一に備えて自分の財産を隠しておく誘因をもちます。その社長のところに同じ銀行の営業が個人財産の運用の提案に行っても、本当のことを聞き出せるとは到底思えません。ある程度の資産をもつ人は銀行を複数に分けていることが多く、その顧客の預金総額がいくらか、そのうちの一つの銀行は知り得ません。さて、このようなことで、銀行は真の顧客本位を実現できるのか。 金融の脱構築
20170831 無価値な銀行において銀行員が価値を生むために 商人とは、顧客の求めに応えるものです。これは、商業の定義そのものであって、銀行業も例外ではないはずです。経済は需要優先ですから、商業の発展は、顧客が求めるものが高度化するにつれ、それに応える供給側の商人の創意工夫を誘発することで、実現されてきたのです。ならば、銀行の未来は、顧客の視点で創意工夫が生まれてくるように、組織の仕組みを改めることにかかってくるのではないか。 金融の脱構築
20170427 住宅ローンを不要にする住み方改革のすすめ アベノミクスの構造改革による成長戦略は、ついに働き方改革にまで及びましたが、おそらくは、その次は住み方改革になるのではないでしょうか。働く主体に着目されたように、住む主体を軸にして住むという機能が再構成されるとき、物質としての住宅市場の構造は抜本的に変わり、住宅ローンも従来の意味を失うはずですが、さて、そのとき金融機関はどうすべきか。 金融の脱構築
20170223 銀行は消滅、信金・信組は不滅 株式会社の銀行と信用金庫や信用組合のような協同組織金融機関とは、表面的には同じ業務を行っているようにみえて、背後の理念においては、本質的に異なるものです。なぜなら、協同組織は、設立基盤となっている構成員間の相互扶助原理に基づき、共同体としての共通価値の創造を目的にして、金融機能を提供しているからです。 金融の脱構築
20170209 銀行死す、銀行員よ、死の覚悟をもて 銀行は、ついに歴史的使命を終えつつあります。そして、もうすぐ、規模と数の縮小が始まり、いずれ遠くない将来には、消滅に向かうのです。この展望のもとで、今、銀行員はどうすべきか、どうすることで自分の未来を確かなものにすることができるのか。この未曾有の危機を転じて機会にするためには、死の覚悟をもって金融の本質を直視するほかないのではないか。 金融の脱構築