ベンチャー企業の起業と教育

長谷川博和
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起業は簡単で難しい

 「アメリカでは、ビジネスを始めること自体は簡単である。誰だって始めることができる。成功する起業家とそうでない起業家の違いは、成長可能性のある事業機会を発見する能力と新しく始めた事業を繁栄する事業に発展させる能力の有無である。」
 米国バブソン大学でベンチャー企業研究の第一人者であるウィリアム・バイグレイブ名誉教授が近著『アントレプレナーシップ』(日経BP社、2009)で述べている言葉である。アカデミックな研究だけに留まらず、実際に多くのベンチャー企業の経営に係わり、また、ベンチャーキャピタルとも親密な関係を築いてきて、数多くの成功例、失敗例を見て来たバイグレイブ名誉教授の言葉だけに含蓄がある。起業活動を通じて新しく誕生した企業や既存のスモールビジネスがアメリカの多くの雇用を創出し、国内総生産のおよそ半分を生み出している。起業すること自体は簡単に出来るが、それを成功させるためには起業活動の理論と実践を学ぶ必要がある、というのがバイグレイブ名誉教授の長年の主張である。

日本の厳しいベンチャー企業の環境

 サブプライム危機以降、日本のベンチャー企業を取り巻く環境はますます厳しくなって来ている。株式市場(東証1部、2部も含む)に新規公開した社数は、2006年には188社であったのが、2007年は159社、2008年は50社。今年は6月までに9社、通年予測で20-30社と言われている。
 ベンチャーキャピタルは、投資した資金の回収が出来ないのでファンドの成績が上がらない。成績が上がらないから次のファンドを集めたくても集められない。集められないので投資資金が不足して新規投資も出来ない、という悪循環に陥っている。
 また、歴史的にみて、大きな不況、構造変革期には従来の大企業における成長限界が明確化する為に、多くのイノベーションを生み出すベンチャー企業が生まれてきている。現在の日本でも、「100年に1度」という誇張された表現が妥当かどうかは別として、10年・20年後に振り返った時に大きなトリガーとなるようなベンチャー企業がこの大きな構造変化の局面において生まれて来ることを強く期待したい。しかし、今のところ、むしろ起業しようと思っていた優秀な人々や、既に起業して助走に入っていたスタートアップ段階の経営者までもが、ベンチャー企業を取り巻く環境のあまりの厳しさに思い留まる、または大企業に戻ってゆく姿が出ており、懸念される。
 日本だけでなく、米国、アジアでもベンチャー投資をしている筆者から見ると、この大きな構造変化の時期に、米国、中国、インドなどの経営者が起業するチャンス到来とばかりに、非常に積極的に活動しているのに対し、日本の経営者が消極的であることが大きな問題である。

いまこそ起業家の理論と実践を体系化すべき

 昨今の日本で起こっている起業家、株主、従業員、株式マーケットなどの悪循環を逆回転させ、活力のある起業社会にするためには、多くの関係者がこれまで以上に活躍する必要がある。しかし、多くの利害関係者が必要以上に苦労し、大きなリスクとマイナスのリターンを個別に負担し、しかも、リスクを取って挑戦したことに対する社会的な尊敬、評価の風土がない中では、これまで以上にチャレンジしようという意欲が湧かないのも道理である。
 これに対する解決策は、「大きな成功モデルを何としても作り出すこと」以外にはないものと筆者は考える。「あの経営者のように私も大きな価値を創出したい」「あの会社が非常に羨ましい」「あのような会社で私も働いてみたい」「あのような会社に私も早い段階から出資しておきたかった」と起業家、従業員、株主が思うような成功事例、しかも、日本だけでなく世界にも通用する成功モデルを早く作り出すことであろう。
 起業家を教育で育てることは可能であるか?との問いをよくされる。筆者の答えは「経営者の教育は十分条件ではないが、必要条件である」というものである。前述したバイグレイブ名誉教授は『アントレプレナーシップ』序文のなかで、明確にイエスと答えている。日本の起業家は、あまりにも実践を重視しており、理論は勉強してもベンチャー企業の場合には意味がない、との風潮が強いように思う。事業機会の発見、評価、ビジネスモデルの構築やマーケティング、戦略、チームの編成、財務の予測、ビジネスプランの書き方と評価、そしてファイナンスの手法と実務、などはただ一つの正解がある訳ではないが、さりとて、多くの成功例、失敗例から導きだされた理論が明確にある。しかも、それらを理論とケーススタディで学ぶことは重要である。
 前述したウィリアム・バイグレイブ名誉教授、アンドリュー・ザカラキス著『アントレプレナーシップ』(日経BP社、2009)は、アントレプレナーシップ教育では、MBAコースで15年連続、学部においても12年連続で第一位にランクされているバブソン大学の教授陣で書かれた最新のテキストである。原文で600ページ、邦訳でも860ページにもおよぶ大作である。起業家だけでなく、従業員、株主、株式市場関係者など、日本における悪循環を好循環に逆回転させる役割を担っている関係者には、この夏休みに是非とも読んでいただきたい本である。

以上
長谷川博和

長谷川博和(はせがわひろかず)

グローバルベンチャーキャピタル株式会社マネージング・パートナー

グローバルベンチャーキャピタル株式会社マネージング・パートナー
学術博士(国際経営)・公認会計士・日本証券アナリスト協会検定会員
(株)野村総合研究所、(株)ジャフコを経て1996年6月にグローバルベンチャーキャピタル株式会社を設立し、代表取締役就任。スタートアップ段階の企業育成を得意としており、出資だけでなく取締役・監査役就任などベンチャー企業の経営に数多く参画している。公開投資企業には(株)インターネット総合研究所、スカイマークエアラインズ(株)、(株)ディースリー、(株)アドバンスクリエイト、(株)チップワンストップ、Hoku Scientific,Inc.などがあり、運営する投資ファンドは日本最高級の投資パフォーマンスを達成している。中央大学大学院商学研究科講師、東海学園大学大学院客員教授を経て現在、放送大学客員教授、青山学院大学エグゼクティブMBA講師、京都大学経営管理大学院講師。愛知県生まれ。中央大学商学部卒業。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士課程修了。日本ベンチャー学会第1回清成忠男賞受賞 主な著書には、「MBA国際マネジメント辞典」(中央経済社)、「決定版ベンチャーキャピタリストの実務」(東洋経済新報社)、「ベンチャーキャピタルハンドブック」(共著、中央経済社)、「ベンチャー企業論」(共著、日本放送出版協会)、「MOTアドバンスド技術ベンチャー」(共著、日本能率協会マネジメントセンター)、「中小企業のための経営革新入門」(共著、通商産業調査会)、「起業家のビジネスプラン」(翻訳、ダイヤモンド社)、「日本産業21世紀への新戦略」(共著、PHP研究所)、「ベンチャー経営革命」(共著、日経BP社)、「ベンチャービジネス&キャピタルの起業戦略」(共著、清文社)など多数。