投資信託や保険なんてプッシュしなきゃ売れないだろう

投資信託や保険なんてプッシュしなきゃ売れないだろう

森本紀行
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金融庁は、金融機関が様々に営業話法を凝らし、顧客を口説き落とすようにして投資信託等の販売を行なっているとの疑念のもとで、それをプッシュ型の営業と呼んで批判的姿勢を示しています。プッシュ型といわれると、押し売り紛いの感じがして、強引で強欲な金融機関の姿を彷彿させますが、現実には、顧客の側に多少は背中を押してもらいたい心情の傾きがあるのも事実でしょう。さて、押し売りのプッシュと、顧客の立場で優しく背中をプッシュすることとは、どこが本質的に違うのか。
 
 2017年11月に公表された金融庁の行政方針には、金融機関による投資信託や保険の販売に関連して、「多くの金融機関は多数の営業担当者を擁し、必ずしも顧客本位ではなく収益を優先して需要を掘り起こすプッシュ型のビジネスモデルとなっているとの指摘がある」との記述があります。
 ここには、第三者の観測という中立を装った記述ながら、金融庁の認識として、プッシュ型の営業に対する否定的見解と、それが広く金融界に行われていることへの懸念が表明されていることは間違いなく、また、このプッシュ型という表現は、英語の原義の通りに解して、押すこと、即ち、押し売り、押し付け販売等の日本語を柔らかくしたものであることも間違いないでしょう。
 
金融機関の「収益を優先して需要を掘り起こす」ということの意味、特に「掘り起こす」とは、どう解すべきでしょうか。
 
 極めて難解です。金融機関が自己の収益を優先しているとの指摘に関連させて金融機関の悪意を推定するならば、顧客の意思に反してでも強引に押し付け販売をするということですが、そのような乱暴なことが可能であるためには、金融機関の優越的地位を濫用したり、詐欺紛いの話法を用いたりしなければならないでしょうから、今日、少なくとも表層的には法令遵守の驚くべき徹底がなされている金融界において、全く考え得ないことです。
 そうしますと、顧客の意思の確認がなされたうえで販売されているということですから、それをプッシュ型として否定されても、金融界としては、当惑するほかありません。この点が極めて難解なのです。そこで、金融庁の意図を想像してみますと、顧客の意思の形成過程において、金融機関の利益を優先させた誘導があるというほかないでしょう。「掘り起こす」とは、その誘導のことではないでしょうか。
 
普通の商売では、顧客の潜在需要を「掘り起こす」ことは営業の基本中の基本だと思われますが、なぜ、金融では、それが否定されるのでしょうか。
 
 更に難解です。金融庁は、顧客の需要について、「顧客のニーズ」と、「顧客の真のニーズ」という二つを厳格に区別しているわけで、「顧客のニーズ」を「掘り起こす」ことは、「顧客の真のニーズ」に反する可能性があるといっているのです。
 つまり、金融とて商売には違いなく、商業の基本原理は貫徹しているわけであって、当然至極のことながら、顧客のニーズのないものは売れないのです。故に、金融機関はニーズを掘り起こすわけですが、それが真のニーズに反するときは、顧客の利益保護の観点から、金融庁として看過し得ないということです。
 
真のニーズとは何でしょうか。どこがニーズと違うのでしょうか。
 
 老後生活の不安をいわれれば資産形成に励まないといけないと思い、教育資金のことをいわれるとローンも考えなければと思い、住宅のことをいわれれば住宅ローンを組んで購入しようかなと思い、相続のことをいわれれば節税対策を考え、万が一のことをいわれると死亡保険の必要性に思い至り、病気のことをいわれると医療保険が必要だと感じる、こうして顧客の心が揺れ動くたびにニーズが掘り起こされるわけですが、はたして、それらのニーズは真のニーズといえるでしょうか。
 例えば、複数の異なる保険を、それぞれに異なる状況において、それぞれに固有な話法のもとに提案された結果として、過剰に保険に加入している人がいるとしたら、確かに個々にはニーズに適合しているかもしれませんが、全体としては真のニーズに反していないでしょうか。こうした結果になるのは、個々の商品の提案が金融機関の立場からなされていて、顧客の立場からなされていないからではないでしょうか。金融庁が問題にしているのは、まさに、この点なのです。
 つまり、金融機関は、顧客本位を貫徹するときは、もはや個々の商品の営業を行うことはできず、顧客の家計の合理化を提案することによって、いわば顧客を賢くすることに努めなければならないわけです。その結果、無駄が省かれれば、金融機関全体としての収益は低下するかもしれませんが、それこそ真の顧客の利益であるといわざるを得ません。
 
そうしますと、金融機関は商品の営業にならない営業を工夫するということでしょうか。
 
 顧客本位に顧客の需要を掘り起こすことは、プッシュ型ではなくて、コンサルティング型の営業として、別のいい方をすれば、真の需要を引き出すプル型の営業として、推奨されているのです。しかしながら、プッシュ型とプル型のどこが本質的に違うのかは、そう簡単には理解できるものではありません。なぜなら、コンサルティングとはいっても、要は、最終的には何らかの助言等になるわけで、顧客の判断を誘導するという意味では、プッシュ型の変形にすぎないとも思われるからです。要は、プル型とはいっても、顧客を思いやって背中を優しく丁寧に推すだけのことで、プッシュしていることに変わりはないのです。
 もちろん、二つの違いは、観念的には明瞭で、顧客の判断について、それを金融機関の利益の方向で誘導するのがプッシュ型、顧客の利益の方向で誘導するのがプル型なのですが、その差は金融機関の主観的な意図に帰着するだけのことで、客観的判定は極めて困難だといわざるを得ません。
 
少なくとも主観的な意図の差が明らかであれば、それで十分ではないでしょうか。
 
 それが十分ではないのであって、金融庁は主観的な意図の差を「見える化」すべきだと考えているのです。つまり、真に顧客の利益のために提案し、それに顧客が従ったときは、結果として顧客の利益になったことを何らかの指標により測定評価できるはずだというのが金融庁の仮説なのです。ちなみに、この指標を金融庁はKPI(Key Performance Indicator)と呼んでいます。
 
皮肉な見方をすれば、KPIというのは、顧客本位の徹底によって金融機関が儲からなくなったことを証明するものになりそうですね。
 
 金融庁の要求水準は著しく高いのであって、顧客本位の徹底は顧客との共通価値の創造につながるはずだから、KPIは、顧客の利益の創造を測定するだけではなく、共通価値の創造を通じて金融機関自身の利益創造になっていることをも測定できなくてはならないのです。
 金融庁が使うわかりやすい譬えでは、顧客との共通価値の創造というのは近江商人の「三方よし」なのですが、金融庁が金融機関に要求していることは、「三方よし」の実践だけではなく、「三方よし」になる事業構造の解析も精緻に行えということです。
 こうした高度な要求を突き付けているのは、事業構造の科学的な解析なくしては収益構造の改革ができないからです。現下の劇的な環境変化のもとで、伝統的な金融の仕組みは崩壊寸前になっています。根本的な構造改革を断行しない限り、金融機関に未来はありません。金融庁にとって、行政の目的は金融機能の高度化を通じた国民の経済的厚生の増大なのですから、その高度化の担い手である金融機関の経営改革を促すことは決定的に重要なのです。
 
その経営改革の方向性を規定するものが顧客本位だということですか。
 
 改革の原点が顧客の視点にあることは、金融に限らず、どの商売でも同じことでしょう。特に金融の場合、高度に規制されていることは、その反対効果として高度に保護されていることをも意味するわけですから、戦後に現秩序が確立してから長時間が経過した今日、多くの領域において顧客の視点が失われているとしても、驚くべきことではありません。
 わかりやすい例が決済でしょう。預金は銀行等の預金取扱金融機関の特権業務ですが、その預金に決済が結合している現状は、情報技術の高度化のなかで、むしろ、顧客の利益に反している可能性があります。そこを顧客の利益の視点で抜本的に改革しようとする動きが急速に進展しているのは当然のことですが、その結果として、銀行等の社会的地位が大きく揺らぐことは不可避です。
 預金を通じて国民生活に深く密着してきたことの延長として、銀行等の投資信託や保険の販売があるわけで、そこに優越的地位の意図的な濫用があるとまではいわないにしても、顧客に対して意図しない自然な影響力が行使されていることは否定できないでしょう。金融庁のいうプッシュ型の営業というのは、意図的なプッシュもないことはないでしょうが、より多く、自然なプッシュになっているのだと思われます。その自然な影響力を行使してきた基盤が崩壊し始めた今、営業のあり方を顧客本位なものに変えないといけないのは当然のことです。
 
さて、話を戻すと、KPIの見通しといいますか、プッシュ型とプル型を区別する客観基準とは、どのようなものになるでしょうか。
 
 それは、金融機関の真摯な実践活動のなかから様々な試行錯誤を経て、各金融機関に固有のものとして自然に形成されてくるのであり、その固有性が顧客の目に明らかになり、金融機関の競争力の源泉になること、それが金融庁のいう「見える化」の主旨でしょう。
 もはや、現にある金融機関の全てが存続できるわけではなく、金融庁の言葉を用いれば、少なからざるものが淘汰されてしまうと予想されるなか、確実にいえることは、プッシュ型とプル型を区別する客観基準を職員の体感知の次元で確立したものは淘汰されることはない、淘汰されないどころか、日本の金融の中核的担い手として成長していくということです。
 
何か決定的な要素になりそうなものを例示できないでしょうか。
 
 究極の到達点を見据えることが肝要だろうと思われます。つまり、プル型を超えた理想の境地を考えることです。それは、顧客がコンサルティングも助言も推奨も求めることなく全て自分の力で考えて決定することです。そのとき、いわば賢くなった顧客に対して、金融機関として、どのような付加価値を創造できるのか、顧客を賢くすることが金融機関自身の利益になるために、金融機関として何をなすべきか、この点を考え抜かなくては、真の顧客本位にはならないでしょう。
 そして、この理想の境地の対極にプッシュ型があり、その中間にプル型があるわけですから、KPIはプル型が理想の境地に近づいていく経路を測定するものとなるはずです。もしも、理想の境地に向かって進むことは自己の利益にならないとして、プッシュ型に留まらざるを得ないと考える金融機関があるとしたら、それこそ確実に淘汰されなくてはなりません。
 投資信託や保険なんてプッシュしなきゃ売れないだろうと開き直る金融機関は淘汰され、逆に顧客にプッシュされて真に顧客本位な投資信託や保険のあり方を考える金融機関が成長すればいいのです。
 
以上

 
 次回更新は、3月22日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2018/01/11掲載「必要な保険と不必要な保険会社
2017/06/29掲載「顧客に甘える金融機関は淘汰される
2016/12/01掲載「投資運用業者の質の「見える化」
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。