日本郵政の企業価値

日本郵政の企業価値

森本紀行
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政府は、日本郵政の株式を売却処分するために、上場へ向けた事務的準備を始めたところですが、さて、上場したときの日本郵政の時価総額は、いくらになるのか。時価総額は企業価値を示すものですから、日本郵政の企業価値が推計しにくいものである以上、その予測の幅は、かなり広いものになるのではないでしょうか。
 
 財務省の資料を見ますと、政府保有の日本郵政の株式の総額は、12兆4481億円となっています。この金額は、日本郵政公社を日本郵政株式会社に改組したときに、日本郵政の株式の会計上の価値として、政府が国有財産の目録に記帳した金額ですから、いわゆる簿価です。
 常識的な理解としては、簿価というのは、実質的に、政府が日本郵政の株式を取得するのに要した対価ということになります。従いまして、日本郵政の時価総額が12兆4481億円を下回ると、政府は、簿価よりも低い株価で売却する、つまり、損をして売ることになります。
 もちろん、重要なのは、売却によって得られる現金、すなわち売却代金ですから、会計的な売却差損益には、拘らなくてもいいのかもしれません。それでも、なんとなく、時価総額が12兆4481億円を下回ってしまうのは、いかがなものか、政府としては、そのような気持ちでいるのではないでしょうか。
 

簿価は歴史的な経緯にすぎませんから、企業価値の指標にはなりませんね。適当な指標としては、何が考えられるでしょうか。
 
 では、日本郵政の純資産を見てみましょう。会計的な意味では、資本の部の価値、即ち、株式の価値は、総資産から総負債を控除したもの、即ち、純資産に一致します。ですから、日本郵政の会計的な意味での企業価値、あくまでも会計的な意味での企業価値は、その純資産になります。
 さて、2014年6月末時点で、日本郵政の連結財務諸表上の純資産は、13兆3946億円です。おそらくは、日本郵政発足時において、そのときの連結純資産を基礎にして、政府の簿価12兆4481億円が決まったのでしょうから、二つの数字が近いのは、納得できます。
 

会計的な企業価値としての純資産を基礎にして、実質的な意味での企業価値を考えるとしたら、純資産の何倍になるか、ということですよね。
 
 そういうことですから、早速に、東京証券取引所で、実例にあたってみましょう。日本郵政は、大きな銀行と保険会社を傘下にもっていますので、類似企業として、銀行と保険からひろってみます。
 最初に、技術的なことですが、純資産に替えて、一般例に倣って、自己資本、即ち、純資産から新株予約権と少数株主持分を控除した数値を使おうと思います。念のためですが、この自己資本は、銀行の自己資本規制で使われる自己資本とは、全く別の概念です。
 現在、銀行で一番時価総額が大きいのは三菱UFJフィナンシャル・グループですが、その2014年6月末の自己資本は、12兆7623億円です。2014年10月末時点で、その時価総額は、9兆1118億円ですから、純資産倍率は、0.71倍にすぎません。
 同じ指標を、三井住友フィナンシャルグループとみずほフィナンシャルグループについてみると、それぞれ、0.86倍と0.74倍になります。実は、銀行株は、評価が低いのです。つまり、はっきりいって、安いのです。
 では、生命保険会社についても、同じ指標を見てみましょう。すると、第一生命保険では、0.95倍、T&Dホールディングスでは、0.92倍であることがわかります。実は、金融関連の企業は、傾向が同じで、自己資本以下でしか、取引されていないのです。
 さて、日本郵政の2014年6月末の自己資本は、13兆3925億円です。これの0.8倍は、10兆7140億円です。ゆうちょ銀行の自己資本とかんぽ生命の自己資本から、別々に計算して合計するとか、色々に工夫したとしても、大雑把にいって、自己資本から推計される日本郵政の時価総額は、11兆円程度ということでしょう。
 

利益面から見たらどうでしょうか。日本郵政の利益水準は、大手銀行等に比較すると、見劣りすると思うのですが。
 
 2013年度の純利益を見ますと、主要3金融グループでは、三菱UFJが9848億円、三井住友が8354億円、みずほが6884億円です。時価総額を利益で除した倍率では、三菱UFJで9.3倍、三井住友7.7倍、みずほ7.3倍です。
 保険会社の2013年度純利益では、第一生命は779億円、T&Dは790億円です。時価総額との対比では、それぞれ、26.5倍と12.4倍です。
 それに対して、日本郵政の2013年度連結純利益は4791億円、ゆうちょ銀行は3547億円、かんぽ生命は634億円、日本郵便は329億円です。
 さて、えいやと、適当に平均をとって、ゆうちょ銀行の利益を8.0倍にし、かんぽ生命の利益を16.0倍にしましょう。すると、それぞれ、2兆8373億円と、1兆149億円になります。日本郵便は、よくわかりませんが、さらに適当に、8.0と16.0の平均の12.0倍として計算すると、3949億円になります。これらの単純合計は、4兆2471億円です。かなり、低い時価総額の推計ですね。
 この4兆2471億円という数字は、4791億円という日本郵政の連結純利益の8.9倍です。ただし、日本郵政の経営計画では、減益を見込んでいますので、連結利益の中期目標である3500億円を前提にすれば、4兆円でも、予想利益の11.4倍です。まあ、そんなものかと、ここは適当に、利益面から推計される時価総額を、4兆円程度にしておきましょう。
 

まさか、4兆円では、復興財源との関係で、政府は困ってしまいますね。
 
 「復興財源確保法」(正確には、「東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法」)では、「日本郵政株式会社の経営の状況、収益の見通しその他の事情を勘案しつつ処分の在り方を検討し、その結果に基づいて、できる限り早期に処分するものとする」こととされていて、日本郵政の株式の売却収入を、復興財源化しています。
 また、2013年1月29日の復興推進会議の決定によって、「日本郵政株式の売却収入として見込まれる4兆円程度を追加する」とされ、具体的な目標金額まで、定められています。
 ところで、「郵政民営化法」上は、政府の日本郵政に対する持株比率は、三分の一を超えていなくてはなりません。故に、仮に、最大限の三分の二を売り切ったとして、その代金が4兆円以上にならないといけないのですから、政府が株式を売り切るまでの平均的時価総額は、どうしても、6兆円以上で推移していなくてはならないのです。
 もちろん、これは、政府の勝手な皮算用ですが、どのような根拠から、見積もられたのでしょうか。最大限の三分の二の売り切りは、想定されていないとすれば、10兆円程度の時価総額を、皮算用しているのでしょうか。
 

いずれにしても、4兆円から11兆円のどこかですか。適当すぎますね。ところで、日本郵政の場合、非常に規模が大きいということは、何か意味があるでしょうか。
 
 確かに、規模は大きい。2014年6月末時点で見ると、ゆうちょ銀行の総資産額は、204兆円で、主要3金融グループの総資産額と比較すれば、三菱UFJの260兆円には及ばないものの、三井住友の162兆円、みずほの182兆円を上回っています。また、かんぽ生命の総資産額の86兆円は、第一生命の39兆円の二倍以上です。そして、日本郵政全体では、292兆円の総資産を有し、三菱UFJの260兆円を凌駕します。とにかく、大きい。
 しかし、規模の大きさは、それだけでは、何も意味しないでしょう。日本郵政の場合は、逆に、規模で凌駕し、利益で劣後するのですから、規模の不経済が働いて、効率が悪いことを証明しているようなものです。故に、規模の大きさを評価して、時価総額が高くなるとは、到底、思えません、逆はあり得るとしても。
 

要は、将来性ですね。4兆円から11兆円のどこかを土台にして、その上に、どれだけ将来の企業価値をのせられるか、そこにかかるわけですね。
 
 その将来のことですが、これは、二段階に分けて考えるほかないでしょう。つまり、「郵政民営化法」の規定により、日本郵政が、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式の売却を進める期間と、その後、日本郵政のもとに、直系事業として、日本郵便だけが残された先の将来と。
 つまり、当面は、日本郵政は、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の企業価値を高める経営努力を行い、できるだけ有利に両社の株式を売却していく一方で、他方では、その後の日本郵政(というよりも、日本郵便)の事業戦略構想に基づき、売却代金の再投資を行っていかなくてはなりません。おそらくは、常識的に考えて、再投資は、主として、国内外の企業買収やIT基盤などに充てられるのでしょう。
 

その二つの戦略、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の企業価値を高める戦略と、日本郵便を中核として、新しい事業価値を、新しい事業分野で、創り出していく戦略と、この二つは、上場前に明らかになっていなくては、上場の絵が描けませんね。
 
 実は、日本郵政は、2014年2月26日に、「日本郵政グループ中期経営計画~新郵政ネットワーク創造プラン2016~」を発表しています。ここでは、「郵便局ネットワークと金融2社が有機的に結合することで、新たな郵政グループの形を創り上げる」とされていて、「トータル生活サポート企業」としての郵政グループの新しい姿が提示されているのです。
 この計画は、明らかに、上場へ向けた日本郵政の将来像として、作られたはずです。その中核部分は、金融2社との有機的な結合にあるわけで、その株式の完全売却には、否定的であるように見えます。さて、ならば、「郵政民営化法」上、金融2社の株式の全部売却が目指すべき目標とされていることとの関連は、どう理解したらいいのか。
 

この日本郵政の中期経営計画は、金融2社の株式売却に、一切、触れていませんね。
 
 日本郵政の西室社長は、この中期経営計画を発表したときの記者会見で、会見の最後の言葉として、質問に答える形で、次のように、述べています。
 「私は、今、法律的には、その金融2社についてはいつでも上場していいということになっています。それでしかも全額IPOをしてもいいと法律的には読める。そうなっておりますけれども、それを全額IPOというめちゃくちゃなことをやる気は全くありませんが、何らかの形で、金融2社のIPOというのは考えていかなければいけないと本音では思っています。」
 これは、「郵政民営化法」第七条第二項を前提にした発言でしょうが、この条文は、大変な政争のなかで紆余曲折を経た挙句、結局は、次の内容で落着しているわけです。
 「日本郵政株式会社が保有する郵便貯金銀行及び郵便保険会社の株式は、その全部を処分することを目指し、郵便貯金銀行及び郵便保険会社の経営状況、次条に規定する責務の履行への影響等を勘案しつつ、できる限り早期に、処分するものとする。」
 さて、西室社長の発言ですが、この法律の文言の解釈として、「全額IPOというめちゃくちゃなことをやる気は全くありません」と公言することは、「郵政民営化法」が完全売却を目指していることからして、いかがなものなのでしょうか。
 

引用された法文にある「次条に規定する責務の履行」というのが、いわゆるユニバーサルサービスのことですね。
 
 次条というのは、「郵政民営化法」第七条の二ですが、そこには、「日本郵政株式会社及び日本郵便株式会社は、郵便の役務、簡易な貯蓄、送金及び債権債務の決済の役務並びに簡易に利用できる生命保険の役務が利用者本位の簡便な方法により郵便局で一体的に利用できるようにするとともに将来にわたりあまねく全国において公平に利用できることが確保されるよう、郵便局ネットワークを維持するものとする」とあります。これが、いわゆるユニバーサルサービスの責務といわれるものです。
 要は、ユニバーサルサービスを、責務として、消極的にとらえると、金融2社なき後の日本郵政の企業価値の絵が描けない。故に、日本郵政は、逆に、ユニバーサルサービスを、金融2社との有機的な結合として、積極的にとらえることで、企業価値の絵を描いているわけです。ところが、そうすると、金融2社の株式売却に対して、明らかに消極的な姿勢を意味することになる。大きな矛盾ですね。
 

でも、法律の文言を、軽々しく扱うことは、できないはずですよね。
 
 金融2社の株式の完全売却を、「めちゃくちゃなこと」と表現する日本郵政社長の態度というのは、私の法律に対する理解を、はるかに超えるものです。法律の理念を無視してまで、日本郵政の企業価値の絵を描くというのは、さて、いかがなものか。それが、政府の方針なのでしょうか。
 
以上

 
 次回更新は11月13日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2014/10/30掲載「日本郵政の上場についての疑問
2014/10/02掲載「金融モニタリング基本方針の画期的な意義
2014/09/18掲載「東京電力の国有化は正しかったか
2014/08/28掲載「異端を尊ぶJR九州
2014/8/20掲載「JR貨物の株式上場はあり得るのか
2014/08/07掲載「JR九州の経営計画と経営安定基金
2014/07/31掲載「JR九州の経営安定基金
2012/12/06掲載「中央自動車道トンネル事故の政府責任

≪ アーカイブから今週のお奨めは「フィデューシャリー」≫
2014/10/23掲載「金融庁のいうフィデューシャリー・デューティーとは何か
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。