もう少し、不動産なるものについて

森本紀行
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前回(2011/02/24)コラム不動産なるものについて


前回は、不動産に対する信用の収縮が不動産価格の下落を招き、価格の下落が更なる信用の収縮を生むという、恐ろしい負の連鎖の可能性のところで終わったのでしたね。

 不動産の場合、価格の下落と、賃料収入の減少は、同じことです。空室率の上昇や賃料水準の下落(この二つも同じことですね。空室率が上昇するから賃料水準が下落する)によって賃料収入が減少するから、価格が下落する。
 つまり、不動産向け融資の場合、債権の不良化は、二重に生じやすくなっています。第一に、価格の下落による担保価値の低下、第二に、賃料収入減少による元利金弁済余力の低下(DSC比率の悪化)です。当然ですが、債権の不良化は阻止しなければならないから、銀行等の貸し手は、融資政策を大きく変更してくる。それが信用の収縮です。


信用の収縮ということは、新規の融資が抑制されると同時に、既存の融資の回収を急ぐということでしょうが、借り手としては、早期の弁済には応じ得ないのではないでしょうか。

 金融の解き得ない矛盾です。少し古いコラムなのですが、「風邪をひいたら、もっと働くのか、食事も減らすのか」の中で、この構造矛盾を論じています。別のいい方では、「雨が降ったら傘を取り上げる」というのもあります。要は、債務者が融資を必要とするときには、債権者の立場からは、融資しにくい場合が多い、という矛盾です。


でも、それは金融の本質だから、仕方ないですよね。

 金融の、というよりも、融資の本質だから、仕方ないのですね。仕方ないから、政府なども、「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律(通称「中小企業金融円滑化法」)」などを制定して、矛盾の緩和に努めているのです。
 また、私の一貫した立場というのは、金融は投資を含む幅広い機能だから、融資で対応できないときにこそ、投資の世界の工夫で、金融の社会的機能の維持拡大を目指すべきだ、というものです。しかし、そこまで論じると、不動産からは、大分、脱線しすぎるようですね。


要は、一般的な傾きとして、不動産市況が悪化してくれば、融資総量の削減の力が働く。そうなると、不動産投資にとって、何が具体的な問題として生起してくるのでしょうか。

 投資家の立場からは、債務にかかわる期限の利益を失わなければ、特に問題はないはずですよね。債権者の立場からは、債権の劣化によって、不良債権の定義に触れてくる可能性があるにしても、債務者の立場からいえば、予定通りに元利金の弁済が行われている限り、問題はないはずです。
 つまり、多少の賃料収入の減少があっても、予定通りに元利金の弁済が行われ得る範囲に留まるならば、債務者としては、期限の利益を失わないのだから、期前弁済をする必要もない。債権者としては、債権の劣化を心配しなければならないでしょうが、債務者としては、少しも問題ではない。


では、期限の利益を失うかどうかが鍵ということですね。元利金の弁済が滞らなくても、期限の利益を失う場合があり得るかどうかですね。

 一つには、期日がきたら、終りですよね。個人向けの住宅ローンのように、長期的(融資としては異例に超長期ですね)に元金の分割償還を行う仕組みだったら、残元金の一括弁済の義務がないのだから、大きな問題にはならないですよね。
 ところが、不動産向けの融資は、短期間で期日をきる場合が多い。ただし、期日がきても、不動産を売却でもしない限り弁済できない場合が多いでしょうから、通常は、債権者は借り換えに応じる。そうすることで、実質的に長期の融資にしているのです。
 このような連続的な借り換えの仕組みをとるのは、もちろん、債権者の利益を守るためです。環境変化に応じて、借り換え時に対応を工夫する自由度を確保しているのです。理論的に、その分、債務者側は不利なのです。
 借り換えのときに、不動産市況が悪化していて、債権者が満額の借り換えを渋ったらどうなるでしょうか。例えば、何割か融資額を削減してくるとか。このとき、一般に、ある銀行が貸さないときに、他の銀行が容易に貸すということはない。だから、不足額を別な貸し手から調達するのは難しいでしょうね。
 こうなると、最悪は不動産を売って弁済する方法しかないかもしれない。この場合は、買値より安く売ることになるので、債権者のほうは、満額の弁済を受けられる可能性が高いでしょうが、エクイティの投資家は、大きな損失を被ります。
 売るのを避けるためには、エクイティ(あるいは、劣後融資)を増やすことになりますが、この場合でも、既存のエクイティの投資家は、最悪を回避するだけで、希薄化の損失は避け得ません。
 借り換えの問題のほかに、もう一つの場合は、いわゆるコベナンツの抵触です。コベナンツ(コブナンツかしら)は、covenants で、契約のことですけれども、融資契約では、財務制限条項のことをいいます。つまり、融資条件についての特約ですね。
 例えば、コベナンツに、担保価値の維持条項をいれておくと、担保不動産の価格が下がれば、追加担保が必要になるか、そうでなければ、債務の一部弁済が生じますよね。このような場合も、先ほどの借り換えができないときと同様な効果をもちます。


なるほど、レバレッジをつけたから、不利な条件での強制売却の可能性が発生して、損失が顕在化するのですね。レバレッジなどなければ、ずっと不動産を保有し続ければいいのですものね。どうせ、市況は循環性があるのだし、いずれは回復することも期待できるのでしょう。

 よほど賃料収入の減少が長期化しない限り、不動産投資が長期的に損失に帰することは稀でしょう。単に不動産を投資対象とする限り、つまり、レバレッジを用いない限り、別のいい方をすれば、100%エクイティで投資する限り、自己資金100%で投資する限り、十分に稼動している不動産投資は、収益を生み続ける。収益を生み続けるからこそ、市況の循環を乗り越えて長期に保有できる。これが、本来の不動産投資でしょう。
 レバレッジを使うから、市況変動の波の中で、投資家にとって不利な状況で、投資が強制的に終了させられてしまうような最悪の可能性を生じ、その最悪を避けようとしても、何らかの損失は発生し易くなってしまうのです。
 そこで、レバレッジを使うことによる損失の可能性と、レバレッジを使うことによる追加的収益との関係において、レバレッジの妥当性が問題になるのですが、私は、レバレッジによる損失の可能性を、より重視すべきだとの考え方をもっています。


レバレッジが全くいけないということではないのですね。

 もちろん、保守的なレバレッジは、何ら問題ないのです。不動産は安定的なキャッシュフローを生む仕組みなのですから、融資を組み易いのです。だから、適切なレバレッジを排除する理由はありません。要は節度でしょう。節度を規定するのは、収益率は高ければ高いほうがいいという発想ではなく、安定的にキャッシュフローを長期的に享受することを目的とする保守的哲学です。
 その保守主義が運用の長期継続性をもたらし、長期継続する中で、不動産価格上昇の機会をも適切に捉えることができるようになるのです。保守主義は、低い収益率に満足することではありません。保守主義は、収益率の高さではなく、収益率の安定性、収益率の質を求めることが、結果的に収益率の高さにつながるという信念のことです。


不動産投資においては、ことさらに、その意味での保守主義が重要だということですね。

 そうです。はっきりと、わかり易くいいきってしまうなら、なにしろ不動産はバブルにはまり易いから気をつけないと、とまあ、そういうことでしょう。


もうこれで、不動産の話は一段落でしょうか。それとも、まだ続きがあるのでしょうか。

 まだありますが、不動産投資そのものとは、少しずつ離れてゆきますね。一つが、不良債権化した不動産担保の融資に対する投資機会から、一般に不良債権の投資機会について、もう一つは、不動産というアセット(資産)を使った資金調達という方向から、アセットファイナンス(資産を使った資金調達)にかかわる投資機会について、です。

 では、また、次回以降よろしく、お願いします。

以上


次回更新は、3月10日(木)になります。

森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。