投資信託と預金・保険のアンバンドリング

森本紀行
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保険は、多くの場合、貯蓄と保障との二つのサービスがバンドル(bundle束にすること)された金融サービスです。

預金もまた、貯蓄と決済機能がバンドルされた金融サービスです。バンドルされたものは、アンバンドル(unbundle)できる理屈です。保険をアンバンドルして純粋に保障機能に絞り、預金をアンバンドルして純粋に決済機能に絞ると、両方から純粋に貯蓄が切り出されてきて、投資信託が生まれる、これが、「貯蓄から投資」ということの、一つの理論的背景なのでしょう。
 もともと、個人金融サービスの仕組みは、銀行業においては、決済サービスを中核として、資産側(=貯蓄としての預金)と債務側(住宅ローンを含む個人ローン)の両面をカバーし、保険業においては、保障を中核として、両面に貯蓄としての満期保険金と契約者貸付を配する形をとっていたのだと思います。そこに、証券業の分野であった投資信託の取り扱いが入ってきて、冒頭に書いたように、預金と保障から貯蓄要素の一部が切り出されて、投資信託の窓販が始まった、ということなのでしょう。しかし、理屈はともかく、個人金融サービスの現実は、それほど単純ではないようです。

私は、投資信託とは、「本質的に」、何なのだ、ということを、長いこと考え続けてきましたが、実は、未だによくわかりません。

そもそも、どういう実需の必要に対して存在する金融サービスなのかは、必ずしも、明確ではないのです。このことを、前回コラム「個人投資家は投資信託に何を求めるのか」で論じたのです。もっとも、「論じた」というほどのものではないですね。自明じゃないぞ、という問題提起をしただけです。
 住宅ローンは、住宅の取得という実需に対して機能している金融サービスです。この実需から乖離して金融サービスを抽象化したり、逆に、金融サービス先にありきで実需を創出したりすると、昨年のようなサブプライム的問題をきたすわけであります。実需に裏打ちされない金融サービスは、あり得ないし、あり得てはならないのです。
 預金は、給与振込、各種料金の自動引落とし、クレジットカード決済など、多種多様な決済機能という生活の必要に立脚しています。保険も、保障という重要な社会機能を演じています。貯蓄は、長いこと、決済と保障の二つの機能にバンドルされた形で存在してきました。それが、アンバンドルされて独立するためには、独自の社会的必要に裏打ちされなければならない。では、その社会的必要は何なのか。前回コラムで論じましたように、老後生活資金の財務的基盤形成が重要な役割であることはわかります。でも、それだけではないでしょう。
 また、老後生活資金の持ちようとしては、実は、年金保険のほうが効率的です。理論的には、死亡率を織り込んだ相互扶助型の保険のほうが、必要資金は少なくて済みます。なぜなら、被保険者集団としては、平均余命を前提に資産を持てばよいのですが、各個人レベルでは、最長の余命を前提にせざるをえない、つまり、長生きのリスクを資産の保有でヘッジするしかないからです。ですから、少なくとも、老後生活のための貯蓄という面では、保障と貯蓄をバンドルしておいたほうがよい、ともいえるのです。実際、従来型の年金保険をアンバンドルして保障を取り出し、それを投資信託にバンドルしたものが変額年金保険ですから、投資信託を独立させない方向へ、現実は動いているわけです。何のことはなくて、貯蓄が保障にバンドルされていること自体は変わらずに、単に、貯蓄の形態が、元本保証型から、そうでないものに変わっただけではないでしょうか。保障にバンドルされた貯蓄は、強みがあるのです。
 一方、預金ですが、これは、意外と難しいですね。決済機能というのは、非常に広範にわたり、しかも、預金とは分離できない機能なので、決済機能の維持のためには、それなりの金額が預金に滞留せざるを得ないからです。決済機能をアンバンドリングによって純粋に切り出すことは難しくて、同時にまた、決済機能を他の金融サービスにバンドルすることも、難しいということのようです。私個人の実例を取り上げましょう。

数えてみましたら、私、5個の銀行口座を持っていました。

それぞれに、理由があるのです。一番大きな口座は、外貨預金を行うためにあります。貯蓄性の口座なのですが、一部、決済にも使います。次の口座は、給与振込、自動引落としなどの、ほぼ全ての日常の資金決済が集中する口座で、歴史的には最も長く使っている口座です。次は、大分以前、住宅ローンを借りたときに、作った(というよりも、作らされた)口座です。この住宅ローン自体を整理したらいいのでしょうが、面倒だから(私は、他人の資産管理を職業としている割には、あるいはしているが故に、自分の資産管理は、全然できていません)、そのままにしてあります。年に一回(面倒だから年に一回)、一年分の返済額を口座に移すので、無駄なお金が滞留しています。第四口座は、ある銀行で投資信託を購入したときに作った(くどいようですが、これも作らされた)口座です。一旦口座に入った現金は、すぐに投資信託に化けたので、たぶん、今は、空に近いのでしょう。最後の口座は、私の住んでいる地域(実は、茨城県です)の金融機関にある口座です。地方で暮らす以上、その地域の金融機関でなくては、決済できないものもあるのです。だから、これも、銀行に作らされたわけではありませんが、生活の必要で作らざるを得なかった、とはいえます。
 要は、預金口座がいくつあっても、どの口座も、それぞれの必要性に基づいているのです。この必要に裏打ちされていることが、預金という金融サービスの強みなのだと思います。その強みの中にバンドルされている貯蓄機能というのは、やはり強いのだと思います。実は、私は、日本の銀行、特に信用金庫等も含めた地域金融機関というのは、強い預金基盤を持つが故に、強いのだと思っているのです。その強みを活かすことこそが、真の金融改革ではないのかとの主張を、3月12日と19日のコラム「金融危機にみる日本型金融モデルの理念と小泉改革の功罪」で、展開しています。ご参照ください。

しかし、そうはいっても、もう少し工夫があっていいのではないか、とは誰しも思うでしょう。

預金の強さの一面は、住宅ローンも投資信託販売も、何でもかんでも、預金とバンドルしなければ利用できないようになっていること、見ようによっては、銀行側の都合による押し付けとも取れる側面にあるのではないでしょうか。また、定期預金という貯蓄サービスは、貸越しの機能によって、決済サービスと効率的に融合しています。その貯蓄部分を投資信託に置き換えると、決済とは完全に分離してしまう。投資信託を担保にした当座の融資というのは、少なくとも普通預金との結合では、提供されていないサービスでしょう。預金は、貯蓄手段としては、多様性を欠きます。預金とバンドルされているから強いという貯蓄機能は、その強さに限界があるのだと思います。
 決済機能と貯蓄機能が強くバンドルされている現在の預金については、明らかに、貯蓄部分のアンバンドリングと、預金以外の多様な貯蓄機能との再バンドリングの余地があると思われます。先ほど、個人年金保険の例を出しました。まず年金保険から貯蓄(元本保証型)をアンバンドリングして、次に貯蓄の中身を投資信託に置き換えて、再バンドリングし、変額年金保険に再構成しています。同様なことが、預金の決済機能と投資信託との間にも、成り立つと思うのですが、いかがでしょうか。実際、投資信託に決済機能をつけるというのも、証券担保金融というのも、新しいアイディアではありません。
 さて、ここまできて、改めて、貯蓄のアンバンドリングと投資信託の必要性を考え直すとどうなるのか。投資信託は、決済機能や保障機能と新たな仕組みの中に再バンドルされることで、付加価値を発揮するのではないか。前回コラムで触れた確定拠出年金における投資信託の利用も、企業福利制度にバンドルされたものです。こうしたバンドリングの仕組みを超え、完全にアンバンドルされたものとして独立した純粋な貯蓄機能として、投資信託の固有の付加価値を主張できるものなのか。その辺を、今後、もっと検討してみたいと思います。

以上

次回更新は8/27(木)になります。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。